王子の断罪
ゼルマルは牢にいた。
アルベリアの王城、その半地下にある石牢である。
ひんやりとして、じめついた石に三方を囲まれた小部屋だ。
廊下に面した部分は、全面が鉄格子となっており、プライバシーなどあったものではない。
ぽちゃん、ぽちゃんとどこかで水滴が落ちる音がする。
明かり取りの窓が壁の高いところに開いている以外は、空気の流れもない。
宿でのんびりしていたところ、兵士がやって来て、何の説明もなしに捕縛されたのは三日ほど前のことだ。そのままここに放り込まれて、何がどうなっているのかもわからない。
粥のような食事は与えられるが、それ以外は着替えも許されず、用を足すのも部屋の中という屈辱だ。
(なんで俺が──)
ゼルマルは武断の国、ブレイダムの第三王子だ。ブレイダムの国王は、父親もその前も、力を示すことで王となってきた。
当然、次の代では最も勇敢で、才能にあふれた王子である自分が王位に就くべきだろう。
自分より下の弟王子たちや、姉妹たちはものの数にもならない。
邪魔と言えるのは上の二人の兄たちだったが……。
(どっちも、周りの国と仲良しこよしをしようってふぬけ野郎だ。ライバルになんざなりゃしねえ)
己の王位は確実だ。
ただ、母親の実家など、支援してくれている貴族の爺どもが、何か手柄を立てろとうるさかった。
そこで、まずはと出かけてみた国の王宮で、あの鼻持ちならない夫婦と出会ったのである。
(クソッ、今思い出してもムカつく! 身の程をわきまえない田舎もんどもめ……!)
フルーセル侯爵夫妻のすました顔が脳裏にちらつき、ゼルマルは腹を立ててガン、と目の前の鉄格子を殴りつけた。
がんっと音がして、すぐに看守の叱声が飛ぶ。
「うるさいぞ!」
カッとなって怒鳴り返した。
「貴様らこそ! 俺を誰だと思っている!!」
しかし、看守は取り合うことなく、ゼルマルの叫び声の残響だけがむなしく石畳の通路に消えていった。
再び石牢はじめっとした空気に包まれる。
(クソッ、クソ……! ここから出たら、まずはあの生意気な看守を斬首してやる!)
*
王太子の襲撃事件から一週間後。
捜査があらかた進んだとして、この日はついに、容疑者であるブレイダムからの来訪者を直接取り調べ、罪状を言い渡すこととなった。
王宮の一室に集まったのは、この件の処理を一任された王太子ジュリアン、そして、アルベリアの重鎮と言える公爵、侯爵などの高位貴族たち。
証人としてリヒャルトも呼び出され、室内には衛兵の他、文官や女官も控えていた。
「まっすぐ歩け! こら!」
小突かれながら連れてこられたのは、牢にいた男である。
腰と両手首を縄でしっかりと縛られ、屈強な衛兵三人に囲まれ、逃げだそうにもできない格好だ。
風呂にも入れずそのまま来たので、その姿はみすぼらしく汚れている。
「クソッ! 貴様ら、俺をこんな目に遭わせて、すぐに後悔することになるぞ!!」
さらには、この期に及んで口汚くののしる様子に、貴族の何人かはあからさまに顔を背けた。
男は部屋の中央に置かれた椅子に座らされる。
その間も罵声をあげていたが、王太子ジュリアンはそれを気にした風にもなく、一段高くなった上座から声をかけた。
「さて。そなた、ここに引っ立てられた理由は理解しておるか?」
「ざけんな、てめえ……! こんなことをしてただじゃ済まさねえぞ!!」
すぐに返ってきた怒鳴り声に、ジュリアンはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「それはこちらの台詞だ。……そなた、たかがブレイダムの一貴族が、アルベリアの王太子の一行に狼藉を働いて、ただで済むと思っていたのか?」
「ハアァ!?」
男は嘲笑した。
「てめえ、俺様をその辺の木っ端貴族だと思ってたのか!? こりゃ笑いぐさだぜ」
「……ほう。ではそなたは何者なのか、申してみよ」
「聞いて驚けよ! 俺こそはブレイダムの第三王子、ゼルマルだ!」
ざわめきが貴族たちの間から起こった。
「あの粗暴な男が……!?」
「ブレイダムのゼルマル殿下は、いろいろと噂の絶えない方ではあるが……」
「仮にご本人だとして、なぜ我が国に?」
……ひそひそ声を交わしているおじさまたちを横目で見ながら、コンスタンスは息をついた。
今日は女官の格好をして、部屋に紛れ込んでいる。
もともと、コンスタンスを名指しされて始まった話だということで、父と陛下の許可を得て、見届けさせてもらっているのだ。
ここまでは父や王太子の読み通りだが、さて、どうなるだろうか。
ジュリアンは冷静に、かたわらのリヒャルトを振り返る。
「と、申しておるが。リヒャルト卿、これは確かなことか?」
リヒャルトは深々と一礼する。
「は。相違ございません。……本来ならば王族の来訪は、貴国のしかるべき筋に打診の上されるべきところを、正式な手順をとらずに身分を隠した入国となってしまったこと、幾重にもお詫びいたします」
「なるほど」
ジュリアンはゼルマルに向き直った。
「ならば、一貴族ではなく、王族として遇することにするが……」
「そうだ! さっさとこの縄を解け! ただじゃ済まさねえぞ!」
「貴殿はそればかりだな。……では問うが、ブレイダムの王族がアルベリアの王太子を狙ったとすれば、これは国としてブレイダムの意図を確かめねばならん事態になるが?」
「……あ?」
ゼルマルは間抜け面をさらす。ジュリアンは斬り込んだ。
「これはブレイダムからアルベリアへの、宣戦布告か?」
「……? 何だと!?」
シンプルな言い方でようやく理解したのだろう、ゼルマルは椅子の上でもがいた。
さっと左右の衛兵に押さえつけられる。
「てめっ、何しやが……! そ、そうだ、証拠!! 証拠は、あんのかよっ!? 俺がやったって証拠はよ……!!」
周回遅れの悪あがきに、ジュリアンはため息をついた。
「当然だ。賊から証言が取れている。『仕事』を依頼した男の人相が貴殿と一致していたとな。前金として与えられた金貨も、ブレイダムのものだった」
「そんな底辺野郎どもの言うことを信じるのかよ!!」
「リヒャルト卿からの証言もある。……貴殿が我が国の聖女候補に、よからぬ考えを抱いていたとな」
ゼルマルの注意がリヒャルトに向く。
「そ、そうだ! その男! なんでそっち側にいる!!」
「言うまでもないだろう。貴殿の下劣な企みを憂えて、捜査に協力してくれたのだ。襲撃の折には、近衛騎士に加勢してならず者どもの撃退にも一役買った」
ほう、それは……と、貴族たちの間からささやき声が上がる。
ゼルマルはひときわ大きく叫んだ。
「そ……そいつの罠だ! 昔から俺に反抗的だった! この茶番は全部そいつが俺をはめるために!!」
「動機がないな」
ジュリアンはばっさりと切り捨てた。
「聞けばリヒャルト卿の母君は貴殿の乳母とのこと。貴殿が罰されれば、母子ともども連座は免れぬだろう。……それに、わざわざ貴殿の身分を偽って、我が国に伴う理由がどこに?」
ゼルマルは激高した。
「てめえら! ふざけんな!! ド田舎の小国の分際で俺を裁こうってのか! 宣戦布告でも何でもやってやろうじゃねえか、ブレイダムの軍に掛かりゃこんな国なんて一ひねりだぞ……!!」
「見苦しい」
凜とした女性の声が響いた。
部屋の奥の扉から、侍女たちを引き連れ、高貴な女性が現れる。
「……姉上!? なんでここに!」
「ジークリンデ殿下。ご機嫌麗しゅう」
ゼルマルが愕然とし、外交官であるフルーセル侯爵は真っ先に膝を折った。呼んだ名は、ブレイダムの第一王女のものである。
アルベリアの貴族たちがそれにならう。
ジークリンデは苦笑した。
「機嫌は、麗しいとは言えんな。弟の無様な姿をこう見せられては」
「はは、それは。失礼しました」
姿勢を戻しながらフルーセル侯爵は苦笑した。
「いや。……貴公からの知らせ、助かった。弟がこれ以上の醜態をさらす前に始末をつけることができるのだからな」
「は? 姉上、何を……」
顔を半笑いの形に歪ませるゼルマルに、ジークリンデは一段上、ジュリアンの隣から言い渡す。
「わたくしはブレイダムの国王陛下、ならびに執務代行の第一王子、ジメオン殿下よりの全権の委任を受けて参った。ゆえに、わたくしの言葉は陛下の言葉と思い、心して聞くように」
その表情は険しい。
左右に控えるアルベリアの貴族たちは、それぞれ居ずまいを正した。
垂れ込めた重い空気を察することができないのは、ゼルマル王子本人だけだっただろう。
「何だって言うんだよ!」
「ゼルマル。そなたには、御璽の偽造の疑いがかかっておる」
「はあ!?」
「ゆえに、このまま身柄を引き取り、ブレイダム国内で詮議する。……御璽の偽造、その罪の重さは、さすがにわかっておろうな?」
御璽の偽造。
その言葉に、コンスタンスは息を呑んだ。
おそらく、フルーセル侯爵家に届けられたあの書類だろう。
「ああっ!? ふっざけんな、そんなことしてねえよ! あれは、本物の──」
「いや」
ジークリンデは一言の元に否定する。立ち上がろうとするゼルマルを、衛兵たちがさらに強い力で押さえつけた。
「御璽は偽造されたのだ」
「…………!」
そういうことになったのだ。
王太子の襲撃であれば、アルベリアに捜査権がある。アルベリアとしてどう裁くか、ブレイダムには口が出せないが、不満を抱く者も出るだろう。
そうすればアルベリアとブレイダム、国家間の火種になる。
しかし、御璽の偽造となれば、ゼルマルはブレイダム国内で処罰されることになる。
御璽の偽造は、王太子の襲撃に並ぶ重罪だ。王族でなければ処刑、それしかない。
ゼルマルは王族であるので、即座の処刑は免れるだろうが、おそらく、身分や権利を剥奪され、一生どこかに幽閉されて出てこられない。
派閥の貴族たちにも処罰があるだろう。
だが、ゼルマルの自業自得ではあるので、アルベリアに不満が向く可能性は薄くなる。
ブレイダム側、その国王や第一王子、第一王女は、ゼルマルを切り捨て、アルベリアとの関係を保つことを選んだのだ。
これが、国が動くということ。
……コンスタンスは、両足でしっかり絨毯を踏みしめた。
平然と、ジュリアンが言葉を繋ぐ。
「そういうことであれば、容疑者の身柄を貴国にお引き渡ししないわけにはいきませんな」
「感謝します」
ジークリンデは厳しい表情のまま、あごを引いた。
聞き苦しい言葉をわめくので、猿ぐつわを噛ませられたゼルマルは部屋の外へ引っ立てられていった。
「此度のこと、非公式ではありますが、ジュリアン王太子殿下、および一緒におられたご令嬢方には、ささやかながらお見舞いの品を用意しました。後ほど受け取られますよう」
「お気遣いありがたく。貴国での詮議についてや、様々な調整についてはまた追って席を設けましょう」
「ぜひに」
ジークリンデとジュリアンも、貴族たちの前でそんな言葉を交わし、部屋の奥に消えていく。
コンスタンスはふう、と息をついて体の力を抜いた。
ふと、はけていくジークリンデのお付きの侍女たちを目に留めると。
その中の一人が、コンスタンスと視線を合わせて小首をかしげるようにし、唇の端を持ち上げた。
(あっ。あれ……!)
すぐに、王女を追って、侍女たちも扉の向こうに消えてしまったのだが。




