襲撃の丘
近衛騎士たちは即座に、主を守る陣形を組む。
その数は十名程度だ。それに対して、ならず者たちは二、三倍はいるだろう。
「こっちのほうが数が多いぜ! すり潰せ!」
どこからか野太い声が上がる。すぐに、剣のぶつかる音がそこかしこから響き始めた。
王太子の横で状況を見定めていたビアンカがつぶやいた。
「寄せ集めに見えるが、どこかに目端の利く頭目がいるようだな」
リヒャルトは剣の柄に手を添えて、近衛騎士の向こうに迫る敵を見据える。
「殿下。加勢の許可を」
「許す」
「は」
王太子がうなずくと、さっと前に出た。
「不埒者どもめ! 数を集めれば勝てると侮ったか!」
一喝し、手近なならず者を一刀のもとに斬り捨てた。
「見事!」
思わず称賛した騎士とうなずき合うと、呼吸を合わせ、次の敵に向かっていく。
「ふむ……やはり、よい太刀筋だ」
じっと観察しているのはビアンカだ。
「私も加わりたいところだが、さすがに剣は持ってきていない。残念だな」
言葉通り、大変無念そうにするので、王太子は苦笑して腰の剣を外した。
「これを」
「おお。ありがたく拝領しよう」
ビアンカは華やかに笑うと、剣を鞘から抜き放った。
乗馬服姿で戦場へ躍り出ていく。
「──さあ! 私と一曲お相手してくれる者はいるかな!?」
*
数日前、パブでリヒャルトが口にしたのは、聖女見習いのことだった。
「先ほども申し上げました通り、主がフルーセル侯爵ご夫妻に並々ならぬ執念を持っているのはご存じでしたね。……ヘレナ嬢は王宮で、侯爵夫人と一緒においでのところをたびたび目撃されているとか」
「ええ」
聖女見習いの背後にフルーセル侯爵家、ひいては帝国の支援があるということを示すため、シルヴィア夫人は意図的にヘレナと交流しているところを見せるようにしていた。
「それで、ヘレナ嬢の周囲を洗わせたようなのですよ」
あんな主でも手足となって働く者はまだおりますので、とリヒャルトは残念そうだ。
「なるほど……、彼女の名誉回復の必要もあり、聖女修行については特に隠しておりませんでしたからね」
「そうでしたか。……それで、都合のよい解釈をしたようで」
「へえ?」
「……やんごとなき方々に近づければ、足を引っ張ることができるのではないか、と」
「ああ……」
つまり、貴公子の目をくらませたヘレナを、ブレイダムの第一王子や第二王子に近づけ、誘惑させようというのだ。
稚拙きわまりない策だが、ヘレナが付きまとわれた理由がこれで判明した。
オリヴァーは考える。
「では、そうですね……隙を見せれば、好機ととらえられる可能性はおありですか? そう……たとえばですが、一見すると手薄な環境で、聖女見習いがのんきにピクニックなどしている、とか」
*
わっ、と丘の外側から喊声が上がった。
あらかじめ潜ませておいた兵が、ならず者たちを取り囲んで襲いかかったのだ。
コンスタンスはドレスの袖をまくり上げると、仕込んでいた投石器から敵の一人を打ち抜いた。
「ふがっ!」
「……そんなものを隠していたんですか」
苦笑するのはオリヴァーである。
二人は今、ヘレナとジュリアンの姿に変装して、影武者を務めていた。
今日のピクニックは、あくまでも第三王子ゼルマルが、王太子の一行に手を出したという既成事実を作るための罠だった。
守備は万全だし、守られる者も実際はオリヴァー、コンスタンス、ビアンカ、リヒャルトという戦える面々しかいない。
「聖女見習いは、そんなことしないでしょうに」
「いいじゃない、別に」
ビアンカの背後を狙う敵や、飛び道具を持っている相手を選んで次々と無力化させていく。
「楽しそうですね」
こちらは徒手のオリヴァーがからかう。
「そう見える?」
ドレスの隠しから次の弾を取り出しながら、コンスタンスは考えた。
「うーん、いつもとは逆で、新鮮なのかも」
「逆?」
「いつもはオリヴァーが、私のことを守ってくれているでしょう。……たまには、その逆もいいかも、って」
「…………」
無言になるオリヴァーだったが、コンスタンスは気にせず次の敵に狙いを定めていた。
やがて、リヒャルトとビアンカが、崩れだしたならず者どもの間を縫って頭目と見える男に接近、無力化し、丘には平和が戻るのであった。
──断罪の準備は、整った。
きりがいいので、少し短くなっています。
次回、断罪編。




