パブでの密談
その夜、ふたたびガードナー家の作戦会議が開かれた。
「ヘレナ様をつけていた不審な男ですが、案の定でした。ブレイダムからの一行の泊まっている高級宿に入っていきましたよ」
と、ベンが報告する。
「ご苦労」
ねぎらったジェームスは、続けてブレイダムに潜入させている腕利きの諜報員からの報告を読み上げる。
「リーデルシュタイン伯爵家は、夫人が第三王子の乳母というので長男のリヒャルト卿がその側近として数えられています。が、実際のところ王子がリヒャルト卿を優遇するなどといったことはまったくみられないようです」
それどころか、過去に諫言をしたとかでやや距離があるくらいなのだそうだ。
「それから、これは以前より報告がありましたが、ブレイダムの国王陛下は今年に入ってから体調を崩されがちだそうで」
「第一王子殿下や第一王女殿下が執務を肩代わりされることもある、とのことだったな」 侯爵が補足する。
「ええ。危篤というほどまではいかないものの、ご病状は依然一進一退とのことです」
「第三王子の挙動に目が配れなくなっている、ということだな」
「その第三王子ですが……、どうやら与えられている宮がもぬけの殻だそうで」
「まあ。では裏付けが取れたわね?」
侯爵夫人が言っているのは、ブレイダムからの一行に第三王子とみられる人物が混じっていたという、その件だ。
「然様で。……それに、病床から国王陛下が我が国との無理な縁談を進められるとも思えませんな」
「そうねえ。あちらの陛下はアルベリアに対抗意識を燃やしていらっしゃるけれど、分の悪い手は打たれない方だわ」
そうなのか。コンスタンスは部屋の隅で納得していた。
「ジュリアン殿下は、可能ならばブレイダムの王族方と連絡を取りたい、と仰せだった」
侯爵が王宮の意向を口にすると、ジェームスがうなずく。
「では、第一王子殿下、または第一王女殿下につけさせている影を通じてつなぎをつけましょう」
「そうだな、頼んだ。……あとはリヒャルト卿が何を言ってくるかだな」
*
そのリヒャルト卿は、翌日、コンスタンスが教えたパブに現れた。
当番はオリヴァーである。
「こんばんは。よろしければ二階で飲みませんか?」
そう声をかけると、二つ返事で誘いに乗ってきた。
「さて……」
二階のあらかじめ用意しておいた部屋に食べ物と酒を持ち込み、扉を閉める。
と、リヒャルトがやや緊張した様子で口を開いた。
「パーティーで、お目にかかりましたね?」
「……ああ、覚えておいででしたか」
「もちろん。あの節は、連れが大変なご無礼を」
オリヴァーは苦笑した。
「いえ、こちらこそ、もてなしが行き届かず」
「そのようなことは決してありません」
語気強く言い切ったリヒャルトは、すぐにはっと我に返った。
「……失礼。リヒャルト・リーデルシュタインです。貴方は?」
「これは申し遅れました。オリヴァー・ソーンフィールドと申す者です。フルーセル子爵家の小せがれです」
「ああ……」
リヒャルトはフルーセルの名を聞いて思い当たったのだろう。納得したような声を出した。
軽く握手を交わして席を勧める。酒で少し口を湿らせて、オリヴァーの方から切り出した。
「それで、本日こちらに来られたのは、我々に何かお伝えになりたいことがおありで?」
「……ええ。このたびの縁談、その裏に陰謀があることをお耳に入れようと思いまして」
ふむ。ここはカードを切ってもいいかもしれない。
「陰謀、ですか。そうですね、おおよその首謀者は既につかんでいると申し上げましょうか。その居場所も」
「……何と!」
リヒャルトは大いに驚いた様子だが、フルーセルの名を舐めてもらっては困る。オリヴァーは余裕たっぷりに笑ってみせた。
「リヒャルト卿がその情報を我々にお伝えくださるのには、何か事情がおありですか? たとえば……主との軋轢、とか」
「……敵いませんね。全面降伏です」
リヒャルトは苦笑して手元の酒をあおった。口元を乱暴に手の甲でぬぐって、続ける。
「お察しの通りです。私は主から疎まれており、今回の縁談も半ばは私個人への嫌がらせのようなものです」
「嫌がらせにしては大それたものですね。半ばというのは?」
「まあ、そうですね。……ご存知かもしれませんが、主が執着しているのがアルベリアとフルーセル侯爵家でして」
「ええ」
リヒャルトは目を伏せて続ける。
「あのような主ですが、担ぎ上げる者どももいるのですよ。その者たちがささやいたのです。アルベリアと戦端を開き、その戦で手柄をあげれば、王位も夢ではないと」
「それに乗った、と」
「主としては、自らの王位とアルベリア、フルーセル侯爵家への意趣返しを一度にできる、またとない案だったのでしょう」
意趣返しと言っても、そもそもが完全な逆恨みである。
そのことはリヒャルトもよく理解しているのか、皮肉げに口元をゆがめていた。
「なるほど。動機と言いますか……、発端はわかりました。リヒャルト卿としては、今回の縁談が無事なくなって、陰謀も潰れることをお望みですか?」
「ええ、最低でもそのあたりはなんとかしたいところです」
最低、ね……。
それ以上があるということだ。こっちとしては願ったりだが。
「……ご家族はよろしいのですか?」
第三王子の陰謀を潰すだけでなく、今後アルベリアにちょっかいをかけてくるのを防ぐためには、それを表沙汰にして断罪しなければならない。
そうすれば、派閥であるリーベルシュタイン家も処罰を免れないだろう。
リヒャルトは顔を伏せて苦笑した。
「……参ったな……」
そして揚げた芋を少しつまんで、静かに言葉を選んでいるようだ。
しばらくして。
空になったジョッキをコトンと卓上に置くと、口を開いた。
「……伯爵位の剥奪、程度は覚悟しております。母──、主の乳母で今でも侍女をやっておるのですが、それと私は連座があるでしょう。父と弟は下級役人としてでも食っていければ御の字です」
「……そこまでお覚悟の上でしたか」
オリヴァーはうなずいた。
「承知しました。私の立場で、いま確約できることは何もありませんが、今回の件に関してはできる限り便宜を図るよう上に伝えましょう」
「ありがとうございます」
リヒャルトがほっとした様子を見せたので、オリヴァーは酒のおかわりを注いでやった。
「さて、では、陰謀とやらの詳細をおうかがいしても?」
「喜んで」
*
そんな会合があった、さらに数日後。
初夏の日差しが降り注ぐ、王都の郊外である。
林に囲まれた小高い丘に、王太子の紋章をつけた馬車があった。
王太子ジュリアンによる、ブレイダムからの客人と聖女見習いを招いてのピクニックである。
丘には組み立て式のテーブルが出され、リヒャルトと聖女見習い、そして彼女の友人として同席したビアンカは、王宮の厨房による料理と楽しいお喋りをたっぷり堪能した。
一同の気が緩んだかにみえた、その時。
ザッ、と砂埃が上がった。
一瞬ののち、丘はぐるりと武器を持った男たちに囲まれていた。




