隣国からの男
「本日は、お時間を取っていただき、ありがとうございます」
数日後、王都のバラ園のカフェにて。
コンスタンスを出迎えたリヒャルトは、そう言って右手を差し出した。
「いえ、こちらこそ。はるばる足をお運びいただき、恐れ入りますわ」
指先だけの握手を交わして、コンスタンスはにっこりと笑ってみせた。
わざわざ来ることなかったのに、という本音の貴族的言い回しである。
このぐらいの牽制は許してもらいたい。
リヒャルトはいえ、と笑って受け流すと、椅子を引いてくれた。ありがたく座らせてもらう。
コンスタンスは令嬢のマナーとしてアンナを伴ってきていたが、リヒャルト側は一人のようだ。
何を注文するか尋ねられ、
「こちらのお茶は、バラの香りが付けられているんですのよ」
とお勧めを教えると、ではそれを、と素直に頼んでいた。
ふうん。
「それにしても、いい陽気ですね」
当たり障りなく天候の話題が振られる。コンスタンスもそれに応じた。
「ええ、風がちょうどよくて」
「この時季のアルベリアは、穏やかな気候なんですか?」
「そうですわね。もう少々すると、雨が多くなってくるのですけれど」
「なるほど……。まあ、雨も時には必要ですね」
「ええ」
話題が途切れたところで、頼んだものが運ばれてきた。
給仕がポットからカップに紅茶を注ぐと、ふわりとバラの香りが広がる。
ふと空気が和んだところで、リヒャルトが居ずまいを正し、口を開いた。
「改めて、自己紹介をいたしましょう。リヒャルト・リーデルシュタインと申します。リーデルシュタイン伯爵家の長男です」
コンスタンスも背筋を伸ばす。
「ご丁寧に、ありがとう存じますわ。フルーセル侯爵家が一女、コンスタンス・ガードナーと申します」
「どうぞ、よろしく」
「ええ、どうぞよしなに」
この日の顔合わせは、先日のパーティーのあと、王太子ジュリアンを通じてリヒャルト側から打診のあったものである。
場所の指定も彼によるものであった。なので、聞いてみる。
「バラがお好きなんですの?」
彼はすぐに意図を察したらしい。
「そうですね、それなりに、と申し上げておきましょう。……今日、こちらにお誘いしたのは、王太子殿下におすすめの場所をとおうかがいしてなんですよ」
そう言って笑うので、コンスタンスも笑って返す。
「まあ。手の内を明かしてしまって、よろしかったんですの?」
「ははは、隠すようなことでもありません」
なるほど。それなら少し、探りを入れてみようか。
「……ご趣味など、お尋ねした方がよろしいのかしら」
「大した趣味もない、無骨者ですよ。剣を振るうばかりが能です。……貴女のご趣味は?」
「乗馬を少々」
用意していた答えを返してみる。
「へえ、そうなんですか。いいですね」
少し意外そうにはしていたが、からっと笑っている。
剣についてはビアンカも口にしていた。突っ込んで聞いてみたくもあったが、それは一般的な令嬢の興味の範疇を超えているだろう。
別のことにする。
「リーデルシュタイン伯爵家は、ご領地はどのあたりに?」
「ああ、ブレイダムの南西の方になります。とても小さな領地で、これといった特産品もなく……」
ガードナー家があらかじめ調べたとおりのことが返ってきた。
「……とてもではありませんが、侯爵家のご令嬢をお迎えできるような家ではございません」
そう続けて、にっこり笑う。……おや?
これは……。そのままとってもいいのだろうか?
慎重に、次の一手を考える。
……ここは、踏み込んでみるべきところかもしれない。
「まあ、ご謙遜を。領地の広さだけが、お家の価値ではございませんでしょう?」
そちらの家が第三王子に重用されていることぐらい、知っているぞ──と言ってみた。
リヒャルトは神妙にうなずく。
「……そうですね。とはいえ、一家の中で大事なお役目を頂戴しているのは母だけです」
ガードナー家の調査によれば、彼の母親が王子の乳母であるという。
「私などはしがらみばかりで、大した仕事のあるわけでもなく」
自嘲する様子にぴんときた。これはもしや──
こんな時のためにと考えていたプランがある。
「お話は変わりますけれど。リヒャルト卿は、お酒はたしなまれますの?」
「……酒、ですか?」
リヒャルトは虚を突かれたように繰り返した。
「ええ」
「ああ、まあ……、人並みには」
よし。コンスタンスは笑顔で手を打ち合わせ、うきうきと続ける。
「それはよろしゅうございました。実は、殿方におすすめのパブがございますの」
リヒャルトは戸惑っている。それはそうだ。お見合い相手の、それも成人前の少女が『おすすめの飲み屋』などを持ち出してきたのだから。
誤解を与えないよう、言葉を続ける。
「私が馴染みのお店、というわけではございませんわよ」
「ああ、それはさすがに。はい」
「ふふ、家の者の行きつけのお店ですの。当国での思い出作りに、いかが?」
──リヒャルトは小さく息を呑んだ。
*
「ふう」
「お疲れ様でございます」
帰りの馬車に乗り込み、思わず息をつくと、すかさずアンナがねぎらってくれた。
「うん、さすがに気疲れした……。とはいえ、ほとんど想定内、だったよね?」
「はい」
この会合に向けて、ガードナー家はあらかじめ何通りもの状況を想定してきていた。
これまでの情報と共に、ブレイダムの一行の様子も考慮に入れられている。
パーティーで見た、王子をいさめるリヒャルトの様子も重要な手がかりだ。
「でも、あんなふうに『この縁談は不本意です』って伝えてくるなんてね」
大歓迎はしていないだろうなとは予想していたが、あれはちょっと意外だった。
──とはいえ、リヒャルトの立場にしてみれば、王族からの無茶な命令とでも言うべき縁談なのだろう。自分からは嫌でも断れない。
何とか穏便に、こちら側から破談にしてほしいと賭けに出たのかもしれない。
「パブには今日から交代で詰めてくれるんでしょ?」
リヒャルトに教えたのは、ガードナー家が間接的に運営している店の一つだ。
二階には密談用の部屋もあり、外には漏らせない話をするにはうってつけである。
「はい。オリヴァーさんやベンさんたちが、日替わりで張るそうです」
いつリヒャルトが来てもつなぎをつけられるよう、万全の態勢だ。
「うん。うまく話ができるといいね」
*
帰宅すると、屋敷がどことなくざわついていた。
客用の馬車置き場に、見たことのある紋章の一台が駐められている。
「ヒギンズ家?」
ヘレナの家の紋章だ。
「そのようですわね」
アンナもうなずく。訪問の予定はなかったと思うが……。
玄関で、オリヴァーに出迎えられた。
「お嬢様。ヘレナ様がお見えです」
「やっぱり。どうかなさった?」
「王宮からの帰り道、怪しい騎馬の男につけられたそうです。とっさに我が家へ行き先を変えられたとか」
「うわあ。ご無事なの?」
「一応は。詳しいお話は、お嬢様のほうから聞き出していただいてもよろしいですか?」
「わかった」
客間に行くと、ヘレナには茶が出され、一息ついたところのようだった。
「ヘレナさん、大丈夫?」
見たところ怪我や衣服の乱れなどはないことにほっとしながら、声をかける。
「あっ、コンスタンス様。すみません、ご迷惑を……」
「迷惑だなんて、とんでもないわ。母から聞いてます。何かあったらすぐ我が家を頼るよう、お約束なさっているのでしょう?」
「あ、はい……」
コンスタンスは、ヘレナの向かいに腰掛けた。
「怖い思いをされたところ、申し訳ないのだけれど……。何があったのか、お聞かせくださることはできる?」
「大丈夫です。……妙な男がついてくると、御者が申しまして」
王宮を出てしばらくした頃、御者がその男に気付いたという。
そろそろ暑くなる時期だというのに、外套をしっかり着込み、フードを目深に被っていた。
いくつかの角を曲がっても距離を保ってついてくるので、つけられていると思ったという。
「それで、こちらのお屋敷が近かったものですから……」
「いい判断だわ。御者も無事?」
「はい、おかげさまで」
「よかった」
あからさまな不審者である。
ガードナー家に着くまでつけてきていたなら、今頃は使用人の誰かが追跡しているだろう。後で誰かに確かめてみよう。
それから。
「ヘレナさん、今日から我が家の護衛をつけるわ。ご安心なさって」
「えっ」
ヘレナはうろたえた。
「そんな、これ以上ご迷惑をおかけするわけには」
「いいえ」
コンスタンスは首を横に振ると、じっとその目を見て諭す。
「さっきも言ったでしょう? 迷惑なんてことはないのよ。それに、ヘレナさんの御身は、我が国の将来に関わる大事なもの、と王族方や教師の方からお聞きになってない?」
「それは……はい」
ためらいながらもしっかりとうなずくので、安心してにっこり笑った。
「ね。だから遠慮なく、頼ってちょうだい」




