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【二部完結】どうも、当て馬令嬢です。過保護な従者が邪魔するせいで、お見合いの相手だけが幸せになっていくのですが。  作者: 紫嶋桜花
せっかくですが、そのお話はもったいのう存じます。

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嵐の予感

 コンスタンスの誕生パーティーから、しばらく経った初夏。

 それは突然もたらされた。


「ブレイダム貴族からの、縁談……!?」

 コンスタンスは、母からお茶の時間にそれを告げられ、うっかり大声を上げてしまった。

 はしたなかったかな、と口をつぐんで母の顔をうかがう。

 侯爵夫人は、仕方ないわねといった様子で苦笑した。

「ええ。我が家に今朝届いたの。あちらの国王陛下の御璽が捺してある、正式な書類よ」

 そして詳しい内容を教えてくれる。


 縁談の相手は、ブレイダムの伯爵家の長男。

 コンスタンスが嫁入りすること。

 一週間後に、縁談相手がアルベリアに来て顔合わせとなること。


 どれも、受け入れがたい話である。これらの条項を高圧的に書いた手紙だったらしいが、コンスタンスが一番引っかかったのは……。

「……国王陛下の印の捺された、正式な書類が、いきなり……?」

 縁談というのは、まずは互いの釣書を取り交わし、両家の間で条件や本人たちの相性を確かめながら話をすり合わせるものだ。

 国への届け出は、それがまとまってからになる。

 なのに、はじめから最高権力をちらつかせてくるなんて。


 ……もしかして。

「春の一件の仕返し……、あちらの国からの嫌がらせですか?」

 コンスタンスの誕生日の頃、ガードナー家はブレイダムがアルベリアに仕掛けてきたちょっかいを撃退している。

 そのせいで、にらまれていてもおかしくない。


「その可能性は高いと思うわ」

「やっぱり……」

 コンスタンスは渋い気分になって顔をしかめる。しかし、母はぽんと手を打って明るい声を出した。

「でもね、朗報でもあるのよ」

「朗報?」

「ええ。これで、あちらのどの勢力がうちにちょっかいをかけてきているのか、わかったわ」


「えっ」

 手紙一つで?

 身内でも驚く、さすがのガードナー家である。

「今回、相手として名前を出されているのは、リーデルシュタイン伯の嫡男、リヒャルト卿。リーデルシュタイン伯爵家は、第三王子ゼルマルの側近よ」

「ゼルマル王子……」

 コンスタンスは、その名前を口の中で転がす。


「確か、あちらにはたくさんの王子、王女殿下がいらっしゃるのですよね?」

「そうよ。王子殿下だけで六人。王女殿下は九人いらっしゃるわ」

「しかも、後継も決まっていないと……」

「そのようね。……とはいえ、王位を狙えるのは、第一王子殿下か第二王子殿下くらいでしょうね」

 後ろ盾や国民人気を考えるとそうなってしまうわ、と母は言い添えた。


「……あら? では、第三王子は……?」

「後ろ盾は二流。国民人気は、壊滅的ね」

「かいめつてき……」

 思わず口をあんぐりと開けてしまいそうになり、いけないいけないと慌てて閉じた。

 続く人物評は確かに壊滅的である。

「粗暴、短慮、好戦的の三拍子。王族として軍隊の一つを任せられているのだけど、部下や取り巻きすら大事にしないという話だし、ことあるごとに武力をひけらかそうとしているようね」

「うわあ……」


 確かにブレイダムは、周囲の国々を打ち倒して国土を広げた歴史を持つ国だった。

 しかし、それが通用したのは数十年以上も昔の話である。

「今の安定した情勢の中で、隣国に喧嘩を売るのがどんなに危険か、知恵ある者なら誰でも知っているわ。それがわからない、という時点で……お察しね」

 母は優雅に肩をすくめた。なるほど、とコンスタンスはうなずく。

「それで、アルベリアにちょっかいをかけてきたのですか?」

「ええ。……その中でも我が家を特に標的にしてきたのには、以前の因縁もあるのでしょうね」

「因縁?」


「しばらく前のことなのだけれど、ある国でね。他国からの賓客を招いた夜会で鉢合わせたことがあって。彼がホストにあまりにもひどい言いがかりを付けていたものだから……」

「あらまあ」

 本当に子供じみている。

「わたくしとお父さまが間に入って、その場は丸く収めたのよ。……言いがかりだけでなく、彼が密かに潜ませていた配下のことも暴いてね」


「ええっ……! それって、ほとんど国際問題ですよね?」

 とんでもない話が出てきた。

「そうよ。未然に防いだ、と言っていいのでしょうけど。でもそのことで顔を潰された、と思っていても不思議じゃないわ」

「そんな。感謝するところでしょう、そこは」

「ふふ、本来ならまあ、そうなるわよね」

 母は優雅に笑うが、どう見ても目が笑っていない。


 ……ともかく、これで第三王子がどういう人物なのかはわかった。

 粗暴、短慮、好戦的とばっさり斬られるのも当然だ。


「お父さまは、取り急ぎ登城して、陛下や重臣の方々と話し合っているわ。いろいろと慌ただしくなるでしょうけど、あなたはどっしりと構えていてね」

「はい、お母さま」


 コンスタンス・ガードナー、十五歳。

 夏の幕開けは波乱含みのようである。



     *



 父は夜遅くに帰宅した。

 さっそく、ガードナー家の主立った面々を集めて作戦会議が開かれる。

 コーヒーをたしなんで眠気を退治していたコンスタンスも、自分のことなのだからと参加させてもらった。


 父はさすがにげっそりしている。

「王宮も、誰もが寝耳に水でね……」

 それはそうだ。アルベリアの外交官のトップが、フルーセル侯爵その人である。

 フルーセル侯爵ガードナー家が表でも裏でも知らないことを、他の面々が知っているわけがない。


「陛下も交えて話し合ったんだが、御璽が捺されている以上、どれだけ外交儀礼を何重にも無視されているとしても無下にはできない。コンスタンスには申し訳ないが、いったん顔合わせ程度のことはしてもらう」

「それは構いませんが、そのままお話を進めるわけにはいきませんよね?」

 コンスタンスはガードナー家の唯一の跡継ぎであるからして、嫁入りは不可能である。

「もちろんだ」

 侯爵は重々しくうなずく。


 続いて夫人が、リヒャルト卿や第三王子について、昼間コンスタンスが聞かせてもらったことをかいつまんで話す。

 使用人たちはもともとある程度は把握していたようで、神妙にうなずいている。

 さらに、執事のジェームスが、ブレイダムへ潜入済みの影へ伝令を飛ばしたこと、あちらが指定してきた顔合わせに向けて厳戒態勢となることを告げた。


 そして、侯爵が続ける。

「本件について、王宮ではジュリアン殿下が中心となって対応されることとなった。御璽を持ち出された以上、こちらも国を挙げてあたるというのは不自然ではないからな。……まず、来週のリヒャルト卿の来訪だが、ジュリアン殿下の名で歓迎のパーティーを開かれる」

 夫人がうなずく。

「なるほど。あくまでも我が家とではなく、国同士のやりとりという形で進めますのね」

「ああ。縁談については表に押し出さず、同年代の貴族子女との交流会という名目だ。この会に、……コンスタンス」

「はい」

「他に、アンナ、オリヴァー。この三人は招待客として参加してもらう」

「かしこまりました」

「……えっ」


 歯切れのいいアンナの返事とは違い、オリヴァーが珍しく戸惑ったような声を上げたので、一同の視線は彼に集まった。

「どうした、オリヴァー?」

「……いえ、俺もですか?」

「貴族子女として参加できるのは、アンナとお前だけだろう」

 侯爵は半ば呆れた様子である。

 確かに、フルーセル子爵家の嫡子であるオリヴァーと、別の子爵家令嬢であるアンナをおいて他に参加できそうな使用人はいない。


「それはそうですが……、はい」

「気後れしてるんですよ。王宮のパーティーに出るような機会、あんまりありませんからね」

 横に立っていたベンがオリヴァーの肩に手を回して代弁してやる。他の同僚も続いた。

「天井裏ならしょっちゅう出入りしてるんだけどな、王宮も」

「……まあ、そうですね」

 オリヴァーが苦い顔で肯定するので、コンスタンスはついくすっと笑ってしまった。

「そうか。いい機会だ、慣れなさい」

「……はい」

 侯爵がさらりと流して、その話は終わりになった。


 夫人がまとめにかかる。

「リヒャルト卿とおっしゃる方の為人は不明ですけれど、主のゼルマル王子は我が家に私怨をお持ちでしょう。皆、気を引き締めてかかってくださいね」

「はっ」

 返事がきれいに揃ったところで、解散となった。



「……? なにあれ」

 男性使用人たちが、一人残らず部屋を出るときにオリヴァーを小突いている。にやにや笑っている者までいて、オリヴァーは苦虫を噛みつぶしたかのようだ。

 コンスタンスは、最後に部屋を出て行った彼を追いかけ、廊下で追いついて聞いてみた。

「何だったの、今の?」

「いえ……」

 オリヴァーは目を泳がせている。今日はいろいろと、珍しい顔を見るものだ。


 まあいっか、と話題を変える。

「大舞台だね。どきどきする」

「……はは。楽しみ、って顔に書いてありますよ」

「ふふ、わかっちゃう? だって、私が標的にされてるんだもん」

 皆、気を遣っているのか指摘しないが、そういうことなのだ。


「相手には、しっかり後悔してもらわなくちゃね!」

「その意気ですよ」

「オリヴァーにも、力を借りることになるけど、よろしくね?」

「ええ。縁談は絶対に阻止いたしますから、ご安心を」

 コンスタンスは、満面の笑みが内側からこみ上げてくるのを感じた。

「うん。『お嬢様に結婚はまだ早い』、だものね?」

 オリヴァーの口癖を真似すると、本人も笑ってくれた。

「その通り」


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