ふたりの贈り物
パーティーの喧噪が風に乗って届いてくる。
コンスタンスは窓を開けた自室で、それに耳を傾けていた。
未成年の身なので、ダンスが始まった頃に会場からは引き上げてきたのだ。
湯浴みも済ませてあとは寝るだけである。本当はそろそろ寝台に入らなければならないのだが。
でも、今日は、誕生日なのだ。
コンスタンスは待っている。
……今日は、荒事の後始末もあっただろうから、みんな忙しいだろうけど。
でも、たぶん、来てくれる……。
やがて、部屋に控えめなノックの音が響いた。コンスタンスは窓辺を離れて、自らドアを開けに向かう。
「どうぞ」
廊下にいたのは、果たして、待っていた相手だった。
いつもと変わらない従者服のオリヴァーは、こちらを見ると眉をひそめて一言、
「まだ起きてたんですか」
コンスタンスは呆れた。
「ノックしといて、何言ってるの?」
「それは……まあ。念のため、と申しますか……」
オリヴァーは目を泳がせる。許してあげることにした。
コンスタンスは心が広いし、今日は、誕生日なので。
部屋に招き入れて、まずは、と卓の上に用意しておいたものを手に取る。
「はい、それじゃ、私からね。おめでとう!」
オリヴァーの誕生日はしばらく後である。が、先に来るコンスタンスの誕生日に合わせてプレゼント交換をするのが、二人の習慣になっていた。
「ありがとうございます。開けても?」
「うん」
オリヴァーは神妙に、包みに手をかけた。
一冊の本が現れる。
「『シャルル・ド・サマー卿の冒険』……?」
部屋のランプに照らされたタイトルを読み上げたオリヴァーに、コンスタンスは解説してやった。
「若い男性に人気の冒険活劇なんですって。……もちろん、オリヴァーならそのへんの本の登場人物よりよっぽど冒険してると思うけど」
「それは、まあ、はい」
何しろ王国の影なので。
「でも、逆に気を抜いて楽しめそうじゃない? 最近忙しそうだし、余暇もちゃんととってね、っていうことで」
「お気遣い痛み入ります。……ええと、こちらは?」
気付かれてしまった。いや、別に気付かれたってどうってことはないんだけど……。
オリヴァーが引っ張り出したのは、本の中ほどに挟んでおいた布製のしおりである。
「……刺繍……お嬢様のお手製ですか?」
「……そうだけど……。本だけっていうのも、味気ないかなって……あんまり見ないでね、上手くはないから」
「いえいえ。大変上達されたと思いますよ」
言ったそばからしげしげと手に持ったしおりを眺められ、気恥ずかしくなる。
文句を言おうと思ったが、オリヴァーの顔を見たら引っ込んでしまった。
珍しく、含むところのない、自然な笑みを浮かべていたので。
「……ふふ。じゃ、オリヴァーの番だよ」
「ああ……はい」
オリヴァーは打って変わってやや投げやりに応じると、持参したものを差し出した。薄い、冊子か何かを包んだもののようである。
「ありがと。開けるね」
「ええ」
封を切ると、白い紙の束が入っていた。うっすら罫線と、エンボスで花の模様が入っている──便箋だ。
コンスタンスは無言でオリヴァーを見た。
何も言っていないのに、従者は目をそらす。
「お茶以外をご所望だとうかがいましたので」
──ぷっ。
「あははっ! ……うん、たしかに、お茶以外ではあるよね」
オーダー通りではある。ただちょっと、あとに残るものを勝手に期待していた、というだけで……。
がっかりする筋合いではないよね、と思いながら、コンスタンスは便箋をもう一度眺めた。
デザインはエレガントで大人っぽい。もう、子供扱いされているわけではない。
「ありがと、さっそく、使わせてもらうね」
そう伝えたが、笑ってしまったことにへそを曲げたのか、従者はあらぬ方を見てむっつりと黙っている。
さっきから何なんだこの態度。いつもはこっちがやり込められているのに。
……なので、悪戯心が顔を覗かせた。
「賭けは誰の勝ちになるんだろうね?」
「────は?」
ぐりん、と音がしそうな勢いでオリヴァーがこちらに向き直る。
「賭けって、まさか、賭けてらしたんですか?」
「私は賭けてないよ」
少し溜飲が下がったので、笑って教えてやる。
「ただね、ちょっと──楽しみにしてただけ」
それを伝えた瞬間、オリヴァーははっとした。
言葉はなかったが、それで察してしまった。
オリヴァーがコンスタンスのことを何でもわかるように、コンスタンスもオリヴァーのことは大体わかるのだ。
「……もしかして、用意してた? 別のも」
「…………!」
そわり、とかすかに身じろぎされる。ああ、手に取るように、わかる。
「今、持ってるんでしょ? ね!」
ぐい、と詰め寄ると、オリヴァーは大きなため息を吐いた。
「……はあ……」
逡巡したのは一瞬で、諦めたように上着の内ポケットから手のひらほどの包みを取り出し、差し出してきた。
「これ──?」
「どうぞ」
受け取って開けると、薄く丸いものが現れた。全面に銀メッキがされており、精緻な花の模様があしらわれている。
片側に蝶番がついており、開けられるようになっている。
「……鏡?」
「ええ」
……満面の笑みが浮かび上がってくる。
「ありがと。大切にする!」
申し分のない十五歳のプレゼントだった。掛け値なしに、今年もらった様々な贈り物の中で、一番嬉しかった。
なのに、オリヴァーはまた憎まれ口を叩く。
「ぜひお役立てください。これがあれば、また髪に何かくっつけてきても簡単に取れるでしょう?」
「今それ言う!?」
反発しながらも、にやにやは止められなかった。
それに、オリヴァーもあの一件を覚えていたなんて、ちょっと面映ゆい気もする。
開け放したままの窓から、遠くパーティーの音楽が聞こえる。
二人のいる部屋は、ランプの明かりにあたたかく照らされていた。
コンスタンス・ガードナー、十五歳。
何か素敵なことが待っているような、そんな予感がする。
誕生パーティーの陰謀編、これにて幕!
さて次回のコンスタンスさんは?
「断れない縁談の襲来」
「友人Bの活躍」
「黒幕、登場」
お楽しみに!




