コンスタンスの誕生会
花の季節の訪れとともに、ガードナー家は活気づく。
一人娘のコンスタンスお嬢様が、誕生日を迎えるのだ。
特別なパーティーの日まではあと二週間、家中は今から準備に忙しない。
「お嬢様、こちらが招待客のリストです。今年からはお嬢様にも目を通していただくことになりました」
「ありがとう」
コンスタンスは、執事のジェームスに差し出された一覧を受け取った。十五歳ともなれば、パーティーの主役として祝われるばかりでなく、招待客をおもてなしするホストの一員としても働かなければならない。
「エリックとデイジーさんをパートナーとしてお招きするんだね」
ふと目に止まったのは、先日婚約を果たした友人たちの名前である。
「ええ、エリック殿がめでたく一族に加わったことですし、この機会にお披露目を兼ねましょう、ということで」
「いいと思う。……あ、デイジーさんに一曲ご披露お願いできないかな」
デイジーは御前で演奏するほどのピアノの名手である。
「よろしいかと。お嬢様からお手紙で打診されてみては」
「そうしてみる」
その他にもこまごまと打ち合わせをしていると、侍女がお茶用のワゴンを押して現れた。
「アンナ、それ何? いいにおい」
「さすがお嬢様。パーティーに出すデザートの試作だそうですよ。ご休憩はいかがですか?」
「休憩する! 綺麗だね、これコンフィチュール? 宝石みたい」
「ええ。お茶のお支度をいたしますね。味の感想をと厨房の者たちが申しておりましたよ」
「ふふ、任せて。ジェームスもここでお茶していかない?」
「では、ご相伴に預かりましょう」
裏の稼業のこともあり、若干使用人と主人一家の距離が近いガードナー家である。特にジェームスは分家の当主ということもあり、使用人としての顔と家族の一員としての顔を器用に行ったり来たりしていた。
「ふむ、美味ですな」
「私はこの赤いのが一番好きかな。あのお茶に合いそう……えっと、去年の誕生日にオリヴァーがくれたやつ」
「ああ、あれでございますね。厨房に伝えておきましょう」
「よろしく。……オリヴァー、今年もお茶くれるかな?」
コンスタンスは思い出してにやりとした。というのも、オリヴァーからの誕生日プレゼントは、ここのところいつも茶葉だったからだ。
「そうかもしれませんわね。……へたれたことで」
「ん?」
アンナがボソッと言った後半がよく聞き取れなかったが、すかさずジェームスが咳払いをしたので、何か淑女っぽくない言い回しだったんだろう。
「いえ。もう何回目になるでしょうね、と思いまして」
アンナがしれっと続けるので、コンスタンスも思い返してみる。
「確か……私の十歳の誕生日からだったから、今年もなら六回目だね」
「さようでございましたか」
「うん。九歳のときにクッキーもらって、そんなに子供じゃないもんって抗議してからずっとだからね」
今ならもうちょっと広い心で受け取れるかもしれないが、あの頃はクッキーを受け取るのがものすごく子供扱いされた気になって、気に食わなかったのだ。
「それでお茶っていうのも、なんか違う気がするんだけど……」
「安直ではございますわね」
「……アンナ、手厳しいね?」
「いえいえ」
しかし、もらうお茶はことごとくコンスタンスの好みを踏まえていて、美味しいのだった。悔しいことに。
「でもそろそろ、お茶以外のものも見たいかなあ……もらう方が注文つけるのも淑女としてはどうかなって、わかってはいるんだけどね……」
「ふっ」
そこで我慢できなかったとばかりに吹き出したのはジェームスである。
「……くくっ、失礼。そうですね、倅には私からそれとなく伝えておきますよ」
「いや、笑うとこあった? そういうとこほんとオリヴァーとそっくりだよね!」
よくわからない笑いのツボがあるとか、主に対する扱いが微妙に軽いとか。
とは言え、お茶ではないプレゼントがもらえるかもしれないとなれば、俄然楽しみになってきた。何がもらえるんだろうか。
我ながら現金だなあ、と思いながらコンスタンスが新しいお菓子に手を伸ばした時、部屋のドアがノックされた。
「失礼します、お嬢様。こちらにジェームスさんがいると聞いたのですが」
廊下から、若い男の声がした。従者の一人、ベンである。
「いるよ、どうぞ。どうかした?」
許可を与えると、ベンは入室してジェームスに何かをささやいた。コンスタンスも読唇術は修めているが、一応礼儀として目を逸らしておく。必要だと判断したらジェームスが言うだろう。
その判断通り、執事はふむ、と頷いてこちらに向き直った。
「お嬢様。ここのところ、お一人でのお忍びはされておりませんな?」
念の為の確認、といった体だったので、コンスタンスも身構えずに返事する。
「うん。オルガさんの件で何回か出かけたけど、いつもオリヴァーが一緒だったよ」
「それであれば、我々も把握しております。ということは……」
「……えっ、どうしたの」
「簡潔に申し上げますと。お嬢様とフィリップ様のお忍びデートが、街で噂になっているようです」
フィリップ。誰だっけ。一瞬考えてしまった。
「……あ! ペイトン侯爵家の?」
「そちらのフィリップ様です」
合ってた。
ペイトン侯爵プライス家は、同じ侯爵家の誼で交流がある貴族家である。
長男のフィリップは確かコンスタンスの二つ上、──で。
「え、婚約者おられるじゃない」
「そちらですか」
アンナから突っ込まれた。
「え!? 大事じゃないそこ!?」
「普通は先に、ご自分の評判を気にされるものですよ」
「たしかに」
いやでも、自分の噂が立ってるなんてあんまり現実味なかったし。それに。
「……害がありそうな噂なら、なんとかしてくれるんでしょ?」
「…………」
アンナ、ジェームス、ベンの三人は、お嬢様からの信頼あふれる一言に、互いに目を見交わして苦笑した。
総意を代表して執事が答える。
「ま、そうですな」
*
二週間後。フルーセル侯爵令嬢、コンスタンス・ガードナーの誕生会が華々しく行われた。
会場となる王都の侯爵邸は色とりどりの季節の花で飾り立てられ、並ぶ料理もお抱えの一流料理人たちがここぞとばかりに腕をふるったものである。
招待客たちも、格式に見合ったきらびやかな衣装で華を添え、楽団が美しい曲を奏でる中をある者はそぞろ歩き、ある者は噂話に興じていた。
王太子とその婚約者も招待されており、引っ切りなしに挨拶に訪れる貴族たちを右に左にさばいていた。
今も、どこぞの伯爵に捕まっているところである。
「こうやって、コンスタンス嬢のパーティーにお見えになっているということは、あの噂の信憑性も増しますな」
「ほう、噂とは。ぜひ私にも聞かせてくれないか」
「はは、お人が悪い。先ごろ、神殿と侯爵家が保護したというご令嬢の件ですよ。なんでも、殿下も一枚噛んでおられると……」
王太子がこの鬱陶しい、仕事のできなそうな爺さんをどうあしらうか、笑顔の下で思案していたその時。
ホールに若い男の声が響き渡った。
「パトリシア! パトリシア・クィントン! 言い渡すことがある!!」
ざっと周囲の人々が距離を取り、ぽっかりと会場の中央に空間ができる。
そこに立っているのは、金髪の優男といった風情の青年貴族だ。
瞬く間にホールはひそひそ声で満ちる。
「あれは……ペイトン侯爵家のフィリップ様?」
「あのように声を張り上げられて、はしたない」
「女性を呼び捨てになさったわ」
「パトリシアと言えば、婚約のお相手ではないの?」
「えっ……では、まさか、婚約破棄!?」
パーティーでの婚約破棄。
この国では演劇での題材でしかなかったが、実際にやるとすれば主催者の面目を潰し、本人の未来を閉ざす大醜聞である。
若気の至りでは済まされないその悪習に、よもや乗っかろうという貴族が我が国にも?
と、上座からフィリップのもとに少女が近寄ってくる。このパーティーの主役、コンスタンスだ。
「コンスタンス様? まさか……」
貴族たちの目の前で、少女は美しい微笑を浮かべ、フィリップに寄り添った──




