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【二部完結】どうも、当て馬令嬢です。過保護な従者が邪魔するせいで、お見合いの相手だけが幸せになっていくのですが。  作者: 紫嶋桜花
こちら、当て馬従者です。

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当て馬令嬢、肝いりの作戦

 オルガはオークス商会の娘である。オークス商会はドレスメーカー向けの布の卸売から始まり、服飾関係の小物や内装にも手を広げて、商売の規模を大きくしてきた商会だ。

 中心となって働いているのは父と兄で、半ば引退した祖父のほか、母、弟、妹も家業を手伝っている。

 今まで貴族の血など混じったことのない生粋の平民だが、どういうわけか、男爵家の嫡男からの縁談が舞い込んだのは半年前のこと。


 婚約者、ニールは、貴族との繋がりがあれば商売にも有利に働くだろうなどと豪語するが、どっこい、オークス商会は卸売である。

 貴族に顔を売ることのメリットは皆無ではないが、それよりも業者相手のコネクションのほうが重視されるのだが……。


 出入りするようになってすぐわかったが、男爵家は火の車である。

 その立て直しのために、裕福な平民向けの女学校でも成績がよく、また実家の援助を当てにできるオルガに白羽の矢を立てたのは明らかだ。

 ニールの両親はよく言えばおっとりしていて、純粋に男爵家と息子の未来を案じての縁談だったのだろう。

 だが、平民には容易に断れない提案をしてきたことには変わりない。


 それをどう勘違いしたのか、ニールは平民娘が金の力で取り入ってきたなどと友人に吹聴してオルガを蔑んでいる。

 今日の下級貴族たちが集まるガーデンパーティーも、同じ馬車で連れてこられたはいいが、彼はさっさといつものお仲間と一緒にどこかに消えてしまった。

 こうなるとオルガにはなすすべもない。

 歓談する貴族たちの輪から離れ、ぽつんと飲み物を片手にたたずんでいた。


──横でエスコートして馴染めるようにするのが婚約者の努めじゃない?


 本当にそうですね、コンスタンス様。

 オルガは数日前に助けてくれた女の子が、自分の境遇に憤ってくれたことを思い出し、ふっと笑った。

 なんと、侯爵家のお嬢様だという。

 自分の馬に乗せてくれたあとも、いろいろと話をして、従者ともども、オルガのこれからについて一緒に考えてくれた……。


「お一人ですか?」

 若い男性の声が、オルガの思考を中断させた。

「あ、ええ」

 そちらを振り返って驚く。立っていたのは、今まさに思い描いていたお嬢様の従者だったからである。


 なんだか、だいぶ雰囲気が違うような……。それはそうか、先日は乗馬服だったけれど、今日はガーデンパーティーにふさわしい格好をしていらっしゃる。

 でも、それだけでもないような。

「ごきげんよう、ええと……」

「失礼、自己紹介をしておりませんでしたね。オリヴァー・ソーンフィールド、フルーセル子爵家の一男です」

 オルガの挨拶に、彼はにこやかに応じた。あ、これだ。

「フルーセル、とおっしゃいますと……」

「ええ。侯爵家からは分家に当たります」

 先日はもっと皮肉げというか、斜に構えた感じだったのに。今日は社交的である。パーティー仕様なのだろうか。


「足のお加減はいかがですか?」

「おかげさまで、まだ全快とはいきませんが、ゆっくり歩く程度でしたら支障はありません」

「よかった」

「応急処置がよかったからだとお医者様がおっしゃってました。お嬢様にお礼をお伝えいただけますでしょうか」

「ええ、伝えておきますよ。……本当は今日も来たがったのですが、さすがにこの格式のパーティーに参加するには、年齢は低すぎますし、ご身分も高すぎて、ちょっと」

 と、オリヴァーは苦笑する。その時だけ、先日のような表情がちらりと見えた。


「……あの」

「なんでしょう?」

 オリヴァーはあくまでもにこやかで、そして誠実そうである。

「本当にやるんですか? 例の……」

「ああ……『当て馬作戦』」


 馬上でコンスタンスに提案されたのが、ずばりこれである。


「やっぱり『当て馬令嬢』としては、これしかないと思うの!」

「お嬢様、さすがに自称なさるのはどうかと」

 などといった二人の会話のほとんどは意味がわからなかったが、要するに。

 ニールはオルガの目の前で彼女を悪しざまに言ったり、これ見よがしに他の令嬢とどこかに消えたりしている。

 そんな行為を選ぶ男なら、逆に同じことをされたらどうなるのか──というのがコンスタンスの考えだ。


 同じこと。つまり、オルガに男性が近づいたら……。

「(それを命じられたのが……この方)」

 彼女の従者、オリヴァーである。

 いや、オルガとしても突然知らない人を連れてこられるよりは安心なのだが……。


「まあ、なるようになるでしょう。……あの場では立場上、諸手を上げて賛成とは言えませんでしたが、実はいいところを突いているのではないかと私も思っていますし」

「いいところ?」

「ええ。……振り向かないでくださいね」

 オリヴァーはわざとらしいほどにっこりした。

「彼、柱の向こうからこちらを見ていますよ」

「えっ」

 持っていたグラスを取り落としそうになった。


「ああ、気にすることはありません。こちらに来なければ放っておけばよいのです」

 平然と言ってのけるオリヴァーだが、オルガは気が気ではない。しかし。

「大丈夫ですよ。しばらくお話していましょう。……先日、お宅にお邪魔したときに出てこられた男性は、兄君ですか?」

「……あ、ええ、はい……」

 そのまま、いつの間にかオリヴァーの話術に乗せられ、すっかりリラックスしてしまうのだった。


 気づけばここ数日の悩みについても打ち明けていた。

「……それで、先日のハンカチをお嬢様にお返ししたいのですが、大変申し訳ないことに、シミが抜けきらなくて……」

「そうでしたか。そのハンカチは差し上げたものですから……いえ、そうですね。シミが気になるなら、その上から刺繍をされてはいかがですか?」

 さらりと提案され、オルガは驚く。

「えっ、あの、私が刺繍をすると、どうしてご存知なのですか?」

「ただの当てずっぽうですよ」


 当然、ここ数日で行われた入念な調査の成果だったが、オルガはそれに気づくことなく、ありがたくアドバイスを受け入れた。

 そしてこの日も、婚約者が先に帰ったのを確認してから、オリヴァーがオークス商会に入れてくれた一報のおかげで、兄に迎えに来てもらうことができたのだった。



     *



 それから数日。オルガはここ半年にはなかったくらい、のんびりと羽を伸ばして過ごしていた。

 ニールは外出がない日でも、男爵家のちょっとした用事を手伝わせたり、オークス商会からあれこれと品を持ってくるよう言いつけてきていた。

 当然この週もそれは続いていたのだが、「足のことを理由に断ってもいいんじゃない?」というコンスタンスのアドバイスに従った形だ。


 すごい。空気ってこんなにおいしかったっけ。

 と、よくわからない感想を抱くほど、半年間の仕打ちに疲れ切っていたのだなあ、としみじみしたオルガである。

 それに……。

 パーティーでのオリヴァーとの話は本当に楽しかった。今までは思いもよらなかったが、貴族の人でもこちらと対等に会話をしてくれる人はいるんだ。

 ますます、ニールとそのお仲間たちの振る舞いがありえないと、腑に落ちてきた。


 その日、オルガはカフェに向かった。下級貴族の子息や、平民の富裕階級が使うような小洒落た店である。

「あ! オルガさん。お久しぶり。元気そうでよかった」

 テラス席から手を振ってきたのはコンスタンスである。隣にはオリヴァーもいた。

 今日の彼女は簡素なドレスを身につけていて、いつもはもっと高級なものをお召しなのだろうけど、これはこれでよく似合っている。


「コンスタンス様、このようなところにおいでになられて、大丈夫なのですか?」

 それでも心配になって聞いてみると、彼女は口を尖らせた。かわいい。

「もう! 今日はオリヴァーお兄様の従妹のコニーなの。野暮なことは言わないで」

 オリヴァーのほうを窺うと、無言で肩をすくめられた。今日はその設定で仕方なく行くらしい。

「(あ、でもやっぱりオリヴァーさん、こっちのほうがしっくりくるな)」


 注文を済ませると、さっそく持参したハンカチをお返しした。

「わ、これオルガさんが刺繍されたの? すごい、綺麗……」

「そんな、私の作れるものなんて大したことありません。お二人ともお目が肥えてらっしゃるでしょう?」

「それはそうだけど。いえ、……ううん。これだけのものを、オルガさんぐらいの年齢で作れる人、私は見たことない」


「……ええと」

 どう返していいかわからなくなったオルガに、オリヴァーも重ねて言う。

「私も同意見です。専門のデザイナーに師事されてはいないのですよね?」

「は、はい」

「もし可能でしたら、その道の勉強をなさってみてはいかがでしょうか。……そうですね、商売風に言うと、じゅうぶんお客がつく腕だと思います」

「えっ……」


 すかさず、コンスタンスに提案される。

「とりあえず、同じようなものをもう一枚作っていただけない? 材料費は私が持ちます。あのね、母にプレゼントしたいの」

「えっ、お母様というと、こうしゃ──」

 いや、お忍びだった。オルガは慌てて口をつぐむ。

「そういうことで、よろしくね」

 コンスタンスは楽しそうだ。……仕方ないかと、引き受けることにした。



 注文した飲み物が届いて、話はオルガの近況報告に移る。

「ご家族と話された? どうだった?」

「婚約をとりやめにしたい、と言ったら家族も賛成してくれました。力がなくて、こちらからお断りできないのが申し訳ないと」

「……確かに、それは難しいよね……。うん、じゃあこっちの作戦で頑張ろう。オリヴァーから聞いたけど、効いてそうなんでしょ?」

 コンスタンスはにやにやと悪い笑顔を浮かべた。そんな顔もかわいい。

「はい、まあ、私からすると効いているかどうかもよくわからないのですが……」


「大丈夫大丈夫。今日だって、ちゃんと考えてこのお店にしてるんだもん。ね?」

 そういえば、ここはニールやそのお仲間の行きつけのカフェである。

 そして、大変口の軽いウェイトレスがいることをオルガも知っていた。

 なるほど……。




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