きらめく季節
明るい草原を、二騎の人馬が駆け抜けていく。
やがて速度を緩めると、先に走っていた方の馬から一人が飛び降りる。乗馬服姿のコンスタンスだ。
「ふふっ……あー! 気持ちよかった!」
両手を広げて空を仰ぎ、腹の底から声を出す。淑女らしくない振る舞いだが、同行者からは特に咎められることはなかった。
「ようございました」
今日のお供はオリヴァーである。こちらもぽんと地面に降りて、コンスタンスの隣に立った。
二人は、訓練の一環として、王都の外まで馬を駆けさせて来たのだった。
「お天気も晴れ、風もちょうどよくて、鳥の声に木の花、草の緑! 春が来る! って感じね! 私このぐらいの季節が一番好き」
「お嬢様のお誕生日ももうそろそろでございますしね」
「そう、それ!」
コンスタンスは満面の笑みを浮かべる。それを見たオリヴァーは、何かに気づいたように目を細めた。
「どうかした?」
「……髪に、葉っぱがついていらっしゃいますよ。どこでつけてきたのやら」
「えっ」
慌てて頭に手をやって探るが、オリヴァーの半眼は戻らない。取れていないのだろう。
「ちょっ、ねえ、とってよ」
「……は? 嫌です」
思わぬ返事にコンスタンスはぽかんとした。嫌ってなんだ。嫌って。
「……へ?」
「ご自分でおとりなさい」
「ええ! どこについてるか見えないもん、とってくれたっていいでしょ!?」
オリヴァーの手を掴んで訴えると、彼は一瞬びくっとした。が、やがて大きなため息をつく。
「…………仕方ないですね」
葉っぱ一つに大げさだなあ。
と、思ったはずだったのに。
「…………」
すっとその手がこちらの頭に伸びる。
大きい。……記憶にあったよりも成長しているオリヴァーの手は、そっと髪に触れた。
そこについてたんだ。ありがとう。
と言おうとしてオリヴァーの顔を見たコンスタンスは、は、と息を呑んでしまった。
視線が合っている。
その緑がかった瞳は、まっすぐに自分を見ていた。
なぜか、そらすことができない。
この前こんなふうに目を見交わしたのは、いつだっただろうか……。そんな無関係なことが頭をよぎる。
オリヴァーの手は、風で乱れた髪を耳にかける。触れられた耳が熱い。
そして軽く撫でつけてから離された。
「とれましたよ」
「……えっ! あっ、ありがとう……?」
「……どういたしまして……?」
コンスタンスの疑問符のついたお礼に、オリヴァーも釈然としない様子で返してくれる。
いやでも、なんだこれ。一瞬のはずが、やたらと長く感じたし。私こそ、葉っぱ一つに、大げさな……。
ち、小さい頃は、もっと気軽に触れたり触れられたりしてたはずなんだけど……。
「……どうかされました?」
「う、ううん、なんでもない! さ、帰ろ、帰りは競争ね!」
訝しむオリヴァーを振り払うように、コンスタンスは馬に飛び乗った。
よくわからないけど、なんとなく気恥ずかしかったので。
☆
「あれ、どうしたのかな……?」
その帰り道。コンスタンスは、前方の道端に若い女性が座り込んでいるのを見つけた。
農民ではなく、ちょっとしたおしゃれな服を着ているようなのが気にかかる。
「王都の民のようですね。話しかけてみましょうか」
「うん」
オリヴァーがこう言うのなら、なにかの罠の可能性は低いだろう。馬を降りて近づく。
「こんにちは、なにかお困りですか?」
近くに寄ると、彼女は倒れた木に腰掛けていた。脱いだ靴を横において裸足になっている。
「えっと、足をくじいてしまって……」
「わ、大変! ちょっと見せてもらってもいい?」
そばにひざまずいてハンカチを取り出し、足の様子を見ながら応急処置をする。
二頭の馬の手綱を持ったオリヴァーも尋ねる。
「その服装で、歩いて来られたのですか?」
彼女が身につけているのは、大人しめではあるが、立派な昼用のドレスと歩くには華奢な靴だ。
「はい……お恥ずかしながら、馬車が先に帰ってしまって……」
「どういうこと?」
女性はオルガと名乗った。王都の商家の娘だという。
婚約者の男爵家の長男と一緒に、下級貴族の若者たちの集まる郊外のピクニックに来たが、彼は他の友人、あるいは他の女性と先に帰ってしまい、オルガは徒歩で帰らざるを得なくなったらしい。
「ひどい! 何考えてるの!?」
「すみません。でもいつものことなので……」
「あなたが謝ることじゃない! っていうか何? いつものこと!?」
オルガは羽振りがいいと言えど平民の娘、男爵家の婚約者に連れられていく先は下級でも貴族ばかりで話せる相手もいないそうだ。
「私のためだとおっしゃるので、お断りもできなくて……」
「そりゃまあ……結婚したらあなたも貴族になるんだし。でもそれなら、横でエスコートして馴染めるようにするのが婚約者の努めじゃない?」
ぷりぷりしたコンスタンスの指摘に、オルガは力なく笑った。それで、ここで怒っていてもしかたないな、とコンスタンスも矛を収める。
「はい、これで立てるようになったかな? どう?」
「すみません、ありがとうございます……」
「でも、その足で王都の中まで歩いて帰るのは無謀だと思う。ね、馬は乗れる?」
人の後ろに乗せてもらったことはあるが、自信はないという。
「それで大丈夫。私の馬に乗って、で、私が前に乗るから」
「そんな、悪いです」
「ここに置いてくほうが気になって眠れなくなっちゃうから、送らせて。……で、オリヴァーは先に街まで戻って、うちに遅くなるって伝言届けてくれない?」
「護衛はどうされるんですか?」
コンスタンスはしれっと返した。
「手の者がそのへんにいるでしょ?」
オリヴァーは呆れたような声を出す。
「でしたら、手の者に伝言させたらよろしいでしょう」
「あ、確かに」
コンスタンスの身の回りについている者で、一番腕が立つのがオリヴァーである。
はあ、とため息を付いてオリヴァーは低く声を発する。
「……だそうだ。聞いていたな」
はっ、承知しました、とどこからともなく現れた旅装の男が返した。
オルガはずっと目を白黒させていた。




