公爵家の養子と義妹の初恋
ウェルトン公爵家の分家から入った養子、エリオット・フォーサイス。年はコンスタンスの二つ上の十六歳。
家格はあちらが上ながら、物腰はやわらかで折り目正しく、こちらを立てる気遣いも忘れない。
容姿はコンスタンスには及ばなくともそれなり。会話の端々に垣間見える見識からは、公爵家の教育の成果も感じられる。
およそ女侯爵の婿として理想的ではある。
「なぜ、私との縁をお望みになりましたの?」
デートコースとしてセッティングされた、気鋭の画家の展覧会。一通り鑑賞し終わった後、美術館に併設のカフェで、コンスタンスは率直に切り出した。
両家の従者は壁際に控えさせており、テーブルにはお互いだけがついている。
エリオットはそれは、と言いかけて緑の目を細め、苦笑する。……これは、知られているな、例の『二つ名』とやら。
仕方ない、こちらから水を向けてやるとしましょう。
「エリオット様はお話ししていて気持ちがよく、またエスコートも完璧。絵画や芸術に対する姿勢からは、ほどよい好奇心もお持ちのようで、そちらも好ましく感じましたわ。パートナーを立てつつ時流に目を配ることも怠らない、まるで女当主を支えるために生まれてこられた方のよう」
にっこり。
顔の前で夢見るように両手を合わせ、とどめに笑ってみせれば、参ったな、と少年は頭をかいた。
そして始まったのは身の上話である。
「……もともと僕はね、長年子のできなかった公爵夫妻に、養子にとられる予定だっただけの男ですよ」
「ええ」
知っている。彼はウェルトン公爵家の分家筋の子爵の次男坊だ。
子爵夫人は健康で男の子ばかり三人産み、実の父である子爵も有能な官僚として名高い。
それらの資質を見込まれて養子縁組がされたことは明白だった。
「それがね、五歳になったら公爵家に行くんですよ、と言い含められて生家で過ごしているうちに、公爵家の義母上がご懐妊されて」
そこで効果的に言葉を切り、紅茶に口を付ける。
何とも絵になるとわかってやってるな、とコンスタンスは自分をそれはそれは高い棚に上げて思った。
「でも、義母も高齢出産でしたので。スペアも必要、ということで、約束通りに五つの年から公爵家でお世話になることになったのです」
「……つまり?」
「ええ、つまり、世間で言われているような、公爵家の姫と娶せるために養子にとられたのではありません。義妹もお陰様で公爵家の跡取りとして健やかに育っておりまして、スペアとしての僕もそろそろお役御免でしょうし」
それも、当然知っている。わからないのはエリオットが今日、ここにいる理由だ。
「では、なぜ私と?」
コンスタンスは重ねて微笑んだ。……何となくこの男は、ことここに於いては策を弄さないような気がしていた。
……憎っくき誰かさんとは違って。
案の定、エリオットは静かに口を開いた。
「……義妹が、……最近、恋をしたようだと。義母と使用人が話しているのを聞いてしまって」
「まあ」
「僕に聞かせるつもりはなかったようなのですけれどね。……まあそれで、もしこの身がかわいい義妹とお世話になった公爵家の邪魔になるようならば、さっさと片付けてしまうに限る、と」
「嫌ですわ、片付ける、だなんて」
「これは失礼。……でも僕はお役に立てそうなのでしょう? でしたら、適材適所ではありませんか」
うふふ。
ふふふ。
午後の光の射し込むカフェで、美少女とそれなりの容姿の少年が微笑みを交わし合う。
──それで、なぜ私と?
三度目は聞かなかった。必要がなかったからだ。