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城下町マーケットにて

 侯爵邸に帰ったコンスタンスは、さっそく礼状を書いて送った。

 ほどなく届いた返事には、王都の賑わいを見るのにちょうどいい場所はないか、と質問があった。

 ならば、とコンスタンスは、この時期に開かれる城下名物のマーケットにレオナルドを案内することにした。王都に住まう民のための催しではあるが、若い貴族がお忍びで楽しんでいたりもするからちょうどよさそうだ。


 当日、コンスタンスはいつもより身軽な、商家のお嬢さんのようないでたちで城下に繰り出した。アンナと護衛のオリヴァーも連れている。

 思った通り、マーケットが開かれている中央通りに近づくほど人出が増えていく。

待ち合わせは広場に面したカジュアルなレストランである。街の雰囲気を味わおうと、少し離れた場所で馬車を帰して、そこからは徒歩で向かうことになった。

 露店の軒や街灯の柱は、ジグタフの花をかたどった紙飾りで彩られ、目を楽しませてくれる。店先には、日持ちするお菓子や焼き物などの工芸品、装飾品などが並べられていた。


 その中の一つ、果物の形をした飴の屋台に目が止まった。

「なつかしい! これ、よくお父さまが買ってきてくださったお菓子じゃない」

 コンスタンスが思わず歓声を上げると、応じたのはオリヴァーである。

「ええ、そうですね。……ふっ」


「えっ何? 今笑うとこあった!?」

 オリヴァーは含み笑いを隠そうともせず、逆に問い返してきた。

「……旦那様が、なぜ頻繁にこれをお土産になさっていらしたのか、お嬢様は覚えておいでですか?」

「……いいえ」

「その昔、飴をお食べになったお嬢様がですね。『あめ、ないなった!』と大泣きされまして」

「へっ!?」


「ございましたわねえ」

 あっさりとアンナにも肯定されて、頬が熱くなるコンスタンスである。食べた飴がなくなるなど、道理じゃないか。

「待って!? いつの話!!」

「お嬢様がまだ言葉を話されるようになってすぐでしたね」

「そんな昔のこと……!!」


 覚えているわけがない。というか、しつこく覚えているオリヴァーのほうがどうかと思う。

 内心むくれるコンスタンスだが、アンナとオリヴァーは楽しそうだ。大いに結構だが、仮にも主人への態度としてはどうなのか。オリヴァーについては今に始まったことではないが……。


 と。

「……あら?」

 三人ほぼ同時に、ある人物に目が留まった。



     *



 その頃、レオナルドの部下、カティアは屋台の並ぶ通りの一角にいた。

 カラン、と硬い音が響いて、反射的にそちらを振り向く。人並みの向こうに、膝をついている人影があった。地味な身なりの老人のようだ。


 カティアは数瞬、ためらった。自分は異国からの旅行者である。

 ……だが、意を決して駆け寄る。


「あの! 大丈夫ですか?」

 老人は目を上げた。

「ああ、すまないねえ。杖を落としてしまって……」

 石畳の少し先に、老人がよく使っているような杖が落ちている。先ほどの音は、彼の手から杖が離れ、転がったときのものだったようだ。

 拾って渡す。

「どうぞ、立てますか? どこか痛いところはありませんか」

 老人は杖を受け取ってそれを握ると、もう片方の手で膝をさすって、しかめ面をした。

「……いや、面目ない。少し足を痛めたようだ。休んでいれば治まるだろうが……」

 やや粗末な身なりに反して、声はしっかりしていたが、ここは凍てつく石畳の上である。


 カティアは周囲を見回した。すると、こちらを窺っていた、串焼き屋の店員らしき壮年の男性と目が合う。これ幸い、と声を張り上げた。

「すみません、そちらの方! このあたりで、休憩できる場所はありませんか?」

 店員は店の奥に何か言うと、通りまで出てきてくれた。

「じいさん、歩けねえのかい」

「そうみたいです」

「ちょっと先に酒を出す店がある。ベンチもあるから、座らせてもらったらいい。そこまで肩を貸してやるよ」


 男は軽々と老人を引っ張り上げた。

「かたじけない、ここにいても邪魔になるだろうし、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 カティアも杖を預かって、二人に付き添う。

「連れとはぐれてしまってね……。老人の冷や水だと叱られてしまうな」

 老人は苦笑した。ほどなく、飲み屋が軒先にパラソルを広げて、ベンチを並べている場所にたどり着いた。

 串焼き屋の店員が飲み屋のおかみに声をかけると、おかみは二つ返事で席を貸してくれた。


 戻っていく男に礼を伝え、カティアは財布を出す。

「あの、なにか体が温まるものを、あのおじいさんにいただけませんか」

「それならホットワインだね! サービスで菓子も付けたげるよ」

「ありがとうございます!」

 あとで串焼きも買わせてもらおう、と思いながら、ワインを出してくれたおかみにもう一つ尋ねる。

「このあたりに、詰め所はありますか? お連れの方がいらっしゃるというお話でしたので、もしかしたらそちらに言付けがあるかもしれません」

 それなら、とおかみが口を開いたとき、若い男が店先に飛び込んできた。


「あーっ! 旦那様!!」

 よほど焦っていたのか、顔は真っ赤だ。

 老人は面目なさそうに、いや、すまないね……などと言って顎をさすっている。

「よかった……」

 ほっと息をついたカティアの耳に、つい先日聞いたばかりの声が飛び込んできた。

「……カティアさん? おじいさんを助けた勇気あるお嬢さんというのは、あなたでしたのね?」



     *



 マーケットを散策していたコンスタンスたちが遭遇したのは、老人を探していた連れの男だった。

 アンナを言付け役としてレオナルドとの待ち合わせ場所に向かわせ、コンスタンスとオリヴァーはこういった場に紛れ込んでいるその道の人間を当たった。

 すぐに、特徴の合う老人が一人で歩いていた、という目撃情報が手に入る。そちらの方に向かってみれば、それらしき老人が転倒していて……、と、足取りを追うのは簡単だった。


「カティアさんは、レオナルド様とご一緒にいらしたんですの?」

 串焼き屋に寄って店員にお礼を伝えながら買い物をしているカティアに、コンスタンスは聞いてみる。

「はい、途中までは。ですが、私は商人ですし、下町の活気ある様子をこの目で見ておきたいな、と」

「まあ、いくらでもご案内いたしますわよ。これでもお忍びには慣れている方ですの」

 同年代の貴族子女ではだんとつに慣れている方だと自負している。

「そうなんですか、ふふ」


 笑ってくれたカティアだが、今回はいわば、コンスタンスとレオナルドのデートだ。気を使って席を外してくれたらしいのはコンスタンスにもわかる。……こちらは不測の事態のせいで、護衛のオリヴァーと二人になってしまっているが。

 連れ立って、レオナルドとの待ち合わせ場所に向かう。

 三人の姿を見た彼は、最初目を見開いて驚いたようだったが──すぐにそれが、ほっとしたような笑顔に変わる。

 ……ほうほう。


「お待たせしましたわ、レオナルド様。カティアさんが串焼きをお買い上げになってますの。わたくしも飲み物を調達してまいりましたから、まずはそれで腹ごしらえをいたしましょう?」




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