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どうも、腹黒従者です。お嬢様には結婚なんて、まだまだ早すぎます。

オリヴァー視点です。ちょっと長め。


「アデルさんの従兄の方を紹介していただけることになったの」

 何度縁談を阻止してもめげないお嬢様から、そのような言葉を賜ったのは、秋に入った頃の話である。

 得意顔でそのようなことを言うのがおかしくて、はあ、そうですかとか気のない返事をしてしまったような覚えがある。まあ、お嬢様には、日頃の態度とさほど変わらないものだと認識されたようで、ご丁寧にも念を押されてしまったのだが。

 

「今回ばかりはあなたの暗躍する隙はないってこと。アデルさんの顔もあるんだから、絶対によけいなことはしないでよね」

「然様でございますか」

 ──承知しました、とは言わなかった。

 言えなかったのではない。言わなかったのだ。



 *



 アデル嬢の従兄ぎみ、グレゴリー・オルブライト。

 エイムズ侯爵家の分家の次男で、我がフルーセル侯爵家に婿入りするにも支障はない家格である。

 その人柄に関しても、──アデル嬢とお嬢様が親しくなるにあたって、六親等までは調査済みであったので──取り立てて瑕疵はないように見受けられた。


 それはオリヴァーにとっても喜ばしいことである。ここで曰く付きの殿方を紹介するような為人(ひととなり)であれば、お嬢様の周囲からアデル嬢を排除しなければならない。そのようなことにはならなくて、心からよかった。

 ……しかし、それはグレゴリー氏をお嬢様の婿がねとして認めることを意味しない。

 

 ちょうどお嬢様と彼が顔合わせを行った日、グレゴリー氏の最低限の身辺調査を終えた。

 ──接触をするとすれば、ここだな。

 毎週土曜の夜、彼は若い貴族男性が集うクラブに足を運ぶらしい。


 オリヴァーはこれでも子爵の跡継ぎである。当然このクラブの参加資格も保有していたのだが、ことはどう転ぶか分からない。

『仕事』の時に使う仮の身分の一つを今回も用意した。姿も、茶色の髪で人畜無害そうな、印象に残りづらい顔つきに変装する。


 まずは既にほろ酔いになっている、グレゴリー氏の友人にそれとなく近づいて警戒を解く。

 軽いゲームになど参加し、杯を重ねて──オリヴァーにとっては酩酊にほど遠い酒量だったが──いるうちに、目的の相手が現れた。

「グレゴリー! こっちに来いよ! 奢らせろ」

 都合のいいことに、友人氏が声を上げて彼を呼んだ。


「よう、おめでとさん」

「なんだ、祝い事か?」

 友人の声を聞きつけて、グレゴリーのみならず周りの知人とおぼしき青年貴族たちが寄ってくる。

「ああ、こいつ。縁談が決まりそうなんだってさ」

「いやいや、耳が早いな」


 ここで思わず、ぴりっとした本心を覗かせてしまうような下手は踏まない。

「へえ! それはめでたいですね。俺からも奢らせてくださいよ」

 にこやかにボトルを注文する。そつなく周囲の青年たちにも注いで回ると、グレゴリーは質問攻めに遭っていた。

「どこのお嬢さんなんだい?」

「それはまだ、俺の口からはちょっと……。本決まりってわけでもないし」

 グレゴリーは苦笑しながら(かわ)している。ふむ、堅実な男という評判に(たが)わない素振りだ。

「相変わらず堅いやつだな。どんな子か、ぐらいは言えるだろ」

「……まあ、かわいらしい方だよ」


 当たり前である。うちのお嬢様はいずれ、絶世の美女になるに違いない美少女なのだ。

 というか、当たり障りがないにも程があるだろう。

 それは周囲も思ったらしく、次々に絡まれている。

「かわいいって何だよー、そりゃかわいいに越したことはないけどさ」

「もっとなんかないのか? というか、どこで知り合ったんだよ」

「ああ、それは従妹の紹介で──」


 その時、したたかに酔っているとみえる一人の男が口を挟んだ。

「従妹って、アデル嬢? ──お前はアデル嬢とくっつくもんだとばかり思ってたんだけどな」

 

「お前、バカッ」

 すかさず連れに叱られているが、こちらとしては、大変ありがたい手助けだった。

 待っていましたとはこのことである。

「……ははは。面白いこと言うね……」

 グレゴリーは苦笑いだが、酔っぱらいは止まらない。 

「や、お前、結婚の口約束したって言ってたじゃん? あれ? 違う令嬢だっけ?」

「……いや、合ってるよ。……でも、互いにこれくらいの、子供の戯れ言だ」

 これくらい、と言いながら手のひらで腰から膝あたりをさす。

「やっぱ、合ってんじゃんー」

「ああ。──だけどね」

 すっ、と息を吸って、グレゴリーは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

「今回の話はアデルから持ってきたんだよ。だから、脈なしってやつ?」

 直前まで気まずげにしていた青年たちが、どっと笑う。


 ふむ。胆力もある男らしい。

「なんだ、そっかあ」

 酔っぱらいの男はにへら、と笑ってさらに酒を口に運ぶ。

 周りは酔っぱらいを小突いたり、グレゴリーの肩を叩いたりして囃している。

 オリヴァーはその喧噪がやんで、グレゴリーへの注目が薄れるまで、じっと待った。

 やがて、その時が訪れ、そっと標的に近づいて、ささやく。


「さっきのお話ですが」

「ん?」

 グレゴリーは警戒心もなさそうに応じる。

「意中のご令嬢以外に、口約束をされたお相手がいたという」

 そう切り込めば、さすがに苦笑された。

「……ああ。だけど言っただろ、子供の戯れ言だって。ここしばらくは顔を合わせても、ろくに会話もないんだよ。急に友人を紹介されて面食らったくらいで」

 なるほど。情報を頭に入れつつ、こちらも微笑で返す。

「はい。ですが、男の方からはそうだとしても、案外ご令嬢の方は重く感じているかもしれませんよ。……縁談を進められる前に、精算されたほうがよろしいのでは?」

「精算? そんな大したものじゃないって」

「ご結婚された後にでも何かの節に露見して、しこりとなってしまうかもしれないでしょう? ご婦人はこちらの思いもよらない些細なことを恨みに思われたりしますからね」

「はは、確かに、そういうことはあるね」

「でしょう。──近いうちに従妹ぎみとお話をされることをお勧めしますよ」



     *



 糸口は見つけた。いくつか他にも探りを入れたり種を蒔いたりはしてみたのだが、今回はこの芽が大きく育ちそうである。

 そう確信したのは、アデル嬢が当家に訪れて、お嬢様からの報告を聞き出していたときの様子からだった。

 いつもは見せない、会話の微妙な間。

 お嬢様の顔から逸らされ、彷徨う視線。

 それでいて、唐突に前のめりになるその語調。

 ──ビンゴ。


 いつもより上の空と見えたアデル嬢の小物入れから、ハンカチを()るのなど朝飯前だ。

 お嬢様が走り書きされたカードとハンカチを携えて馬車を出させ、エイムズ侯爵家へ向かう。

 身軽な馬車を選んだので、門前でアデル嬢が屋敷に入るのに間に合った。

「……あら。あなたはコンスタンスさんのところの従者ね?」

「お見知りおきくださり、恐縮にございます。こちら、お嬢様から言付かりの品でございます」

「まあ! わたくしったらハンカチーフを忘れてしまうなんて……うっかりしていたわ。手間をかけさせてごめんなさいね。お時間はある? そちらの御者も、お茶を飲んでいって」

 お嬢様の友人に相応しい、お気遣いである。


 アデルの侍女に案内されながら、御者ともども屋内に招かれる。

「ではありがたく、頂戴いたします。──ときに、アデル様」

 彼女が離れる前に、と声を低める。

「ええ、何かしら」

「何かお気懸かりのことがあるのではございませんか? 主も心配しておりました」


 ちょっと盛ったが、どうせ我らがお嬢様なのだ。

 友人の不調など、お見通しに決まっている。

 アデル嬢は一瞬、ひるんだように見えた。


「っ……そんなことはないわ。どうしてそう思ったの?」

 かかった。

「なぜ、というのを言葉にするのは難しゅうございますが……。もしグレゴリー様との縁談が成れば、アデル様はお嬢様とは近しいご親戚にもなられます。ここはやはり、アデル様にも、最も近いお立場で、心から祝福していただきたいなあと、使用人の身で差し出がましいことではございますが」

「祝福……しているわ。お二人を引き合わせたのはわたくしですもの」

「ええ。ですが、このようなことを耳にしてしまったもので……オルブライト家のアデル様とグレゴリー様は、結婚のお約束をされていたと」

「!!」


 アデルが息を呑むのと同時、先導していた侍女が振り返り、眉を吊り上げた。

「何を言いますか! 無礼ですよ!」

 オリヴァーはこれは失礼、と慇懃に頭を下げてみせる。

「いえ、いいのよ、マギー。……どこでそんなお話を聞かれたかは存じませんが、子供の戯れ言、ただの口約束です。……と言っても、コンスタンスさんの忠実な従者であるあなたは納得しないのでしょうね」

「それをお察しなのであれば、お話が早いです」

 アデルは両腕で己を抱えるような仕草を見せ、はあと息をついた。

「……先にお茶をいただきましょう、わたくしにも頂戴」



     *



「確かに、グレゴリーおにいさまとはそのような約束をしたことがありました。わたくしが五歳、お兄様は七歳の頃だったと思います」


 簡単な応接にも使われるような小部屋で、全員に茶が出されてから、アデルはそんなふうに口火を切った。

「その頃のおにいさまは、外遊びよりも読書を好む方で──これはコンスタンスさんにも申しましたわね──女で同じく家の中で遊ぶわたくしと一番仲良くしておりましたの。ずっと一緒にいようね、そのためには結婚というものがあるのだ、そんなことを言ったのがどちらかなんて……もう記憶にありませんわ」

「なるほど。けれどそのお約束だけはずっと覚えてらっしゃった?」

「……ええ。わたくしは愚かにも、大人になったらおにいさまが申し込みに来てくださると夢見ていたのです。でも十四の時に、聞いてしまったの──『あれは子供の頃の、ただの戯れ言だよ』というおにいさまの言葉を」

 そこまで語ると、アデルは紅茶を優雅な仕草で口に運んだ。


「なるほど、そのようなご事情がおありだったのですね」

 ──ここしばらくは顔を合わせても、ろくに会話もないんだよ。

 グレゴリーが言っていたこととも合致する。


「ええ。……でも、十八になってもおにいさまは婚約者を作らないものだから。叔父も心配しているようなことを申してましたし……コンスタンスさんとご縁があればよろしいのでは、と思ったのは偽りのない気持ちです」

「ええ。そこを疑うなど、滅相もございませんよ」

 強く力づけるように言うと、アデルはほっとしたように笑顔を覗かせる。

 だが──オリヴァーは、すかさず言葉の刃をひらめかせた。

 

「……ですが、お嬢様が『当て馬令嬢』と呼ばれていることはご存じでしたね?」


 はっと、アデルの微笑がこわばった。

 これ以上は、何も申し上げない。その気持ちをこめて、じっと見つめる。そろそろまた、侍女からの叱責がまた飛ぶかもしれない。

 しかしその前に、アデルは白旗を上げた。

「……降参ですわ」


「おにいさまとコンスタンスさんがうまくいくことを望む気持ち、それもわたくしの真実です。……でも、ほんの少し、思ってしまったの──コンスタンスさんが『当て馬令嬢』ならば、わたくしにも……望みが出るのではと」


「なるほど」

 主の吐露におろおろとしている侍女を後目(しりめ)に、オリヴァーは頭を巡らせる。

 ここが正念場である。

 アデルの背中を押してグレゴリーと結びつけることは、難しくないように見える。しかし、それでは、お嬢様との間がぎくしゃくしてしまうだろう。

 それに懲りて婚活をやめてくれる、という目もあるが──却下である。お嬢様の心を傷つけてまでとる道ではない。

 ならば、……こうだろうか。


「アデル様、そのことは、私の胸一つに収めておきましょう。……ですが」

「ええ……」

「アデル様が心に抱えるものがおありなのは、お嬢様も察しておられます。ですから、早いうちに、抱えておられるものを解消された方がよろしいかとは存じます」 

「……というと?」

「さあ。……それは私めなどには、考えも及ばぬことでございます」

 ここぞとばかりに、オリヴァーは笑顔をつくった。



     *



「オリヴァー、ちょっといい?」

 フルーセル侯爵邸に戻るなり、待ちかまえていたようなコンスタンスに声をかけられた。

 実際待ちかまえていたのだろう。その様子から、大体の用件が察せられた。

「アデルさんのことなんだけど」

 ほら、やっぱりね。

 お嬢様が気付かないわけがないのである。


「伺いましょう」

 そしてオリヴァーは、コンスタンスの懸念を聞き取って、そして提案するのである。

「お嬢様、では、このような企みはいかがでしょう? ……大丈夫、アデル様を傷つけるようなことにはなりません。もどかしいお二人の背中をそっと押すだけですよ」



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