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可もなく不可もない



「ごきげんよう、グレゴリー様でいらっしゃいますわね」

「コンスタンス様ですね。本日はよろしくお願いします」

 約束の日。コンスタンスは貴族御用達のカフェのテラス席で、グレゴリーと対面していた。

 グレゴリーは、本人の階級に相応しい、体に合わせたよい仕立ての衣装に身を包んでいる。特に秀でたセンスを感じさせるものではないが、初デートの装いとしては及第点である。

 どことなく微笑みにアデルの面影があるところなどは、こちらの気を和ませる。


「アデルさんとは、幼い頃によくお会いになっていたと聞いてますわ。どんなふうでしたの?」

 開口一番、共通の話題のふりをして、コンスタンスは切り込んだ。今までのパターンだったら、彼はアデルに想いがある。だったとして、ぼろを出させるならここだと思って。

 青年ははにかんでみせた。

「なんと、いや、恥ずかしいな。他愛のない子供の遊びをしてましたよ。庭でかくれんぼとか、絵本を読むとか」

「まあ、ふふ。アデルさんのお屋敷のお庭でしたら、隠れがいがありそうね」

 他愛のない……ね。コンスタンスは白寄りの保留、と心の中でメモをする。


 グレゴリーも質問を返してきた。

「コンスタンス様は? 幼い頃はどのような遊びをされていましたか?」

 おっと。すぐにコンスタンスに関心を向けるのは、今までの殿方にはなかった手応えだ。

「そうですわね、かくれんぼは私もいたしましたわ。あとは、ふふ、下々の遊びですけど、縄跳びとか」

「なわとび……?」

 グレゴリーは縄跳びを知らなかったようだ。王国では庶民の遊びであるが、フルーセル侯爵家には体力づくりの一環である。

「ええ。案外楽しいんですのよ」

「そうなんですか」

 あら、そこは食いついてこないのね。返事も態度も、あっさりしたものだった。


 終始そんな調子で、当たり障りなく、といったふうにその日の会合は進んだ。

 いや、当たり障りのある顔合わせなどそうそうあっては困るのだから、これが貴族の付き合いの標準なのだが。

 やがて程よい頃合いに解散となる。

「今日は楽しかったです、コンスタンス様。よろしければまたお誘いのお手紙をお送りしても?」

「ええ、ぜひ。お待ちしてますわ」

 コンスタンスは手を差し出す。グレゴリーがそれを軽く握って握手とした。

「(また、お誘い、ね)」

 そんなことを言われるのは稀である。特に、『当て馬令嬢』の名が広まってからは。

 新鮮な気分だ。


 コンスタンスは小さな達成感のようなものを抱えながら屋敷に戻る。

「お帰りなさいませ」

 いつも通り、近くにいた使用人が玄関に並んで出迎えてくれる。しかし、その中にオリヴァーはいなかった。残念。

「(残念?)」

 何についてそう思ったのか引っかかりながらも、まぁいっか、とすぐに忘れた。



     *



 半月後。本日はフルーセル侯爵家にアデルを招いていた。

 コンスタンスの報告に、アデルは目をぱちぱちさせる。

「……まあ、では、グレゴリーとはもう二回会ったの?」

「ええ。最近では同じ方と何度もお会いすることは珍しくって」

 新鮮なことはもう一つあった。グレゴリーと話すのは、二回目のデートでも、すべて当たり障りのないことだったのだ。

 最近のお相手とは、探りを入れたり入れられたりといったやりとりの多かったコンスタンスは、何も構えずにする会話がこんなに気楽なものとは忘れていたような気までしていた。


「……そうでしたの! それではもしかすると……?」

 アデルは身を乗り出す。侯爵令嬢らしからぬ素振りだが、ここには二人と使用人しかいないのだから、まあいいだろう。

「ふふ、気がお早いですわよ」

 とコンスタンスは返したが、家中(かちゅう)の者、特に父などはやはりもしかするともしかするのでは、などと考えているようだ。昨日もちょうど「最近……どうだね?」などとあからさまな探りを入れられたところである。


「とはいえ、次は私の方からお誘いする頃合いかな、とは考えてます。三回目ですから、もう少しお互いのことを知る時期かな、なんてことも考えまして」

「ええ、そうね」

 アデルが頷いたので、コンスタンスは本日の二つ目の目的を果たすことにする。

「それで、アデルさんにお教えいただこうと思ったんですわ。グレゴリー様の好みそうな場所や催しなど、あるかしら」

「……」

 アデルはコンスタンスから視線を外して、考え込むようだ。


 しばらくして、口を開く。

「……ええと……グレゴリーの好みのもの、演劇とか朗読会、かしら」

「なるほど?」

 そういえば本人も、幼い頃から絵本を好んでいた、みたいなことを言っていた。アデルはテーブルの上、茶器のあたりに目をやりながら、ぽつぽつと続ける。

「……子供の頃から、外で遊ぶより本を読むのが性に合っているみたいでしたの。今でも、流行のものから古典までいろいろ読んでいて……だからお話も、面白くって」

「……なるほど」

 話が、面白い? ……ほう。

「参考になりましたわ。ちょうど来月、王妃殿下ご主催の朗読会がございますわね」

 コンスタンスが感謝すると、アデルはぱっと顔を上げた。グレゴリーによく似た微笑を浮かべる。

「そうですわね! ぜひ誘ってみられませ」

「ええ」



     *



「お嬢様」

 アデルを送り出した直後、自室に戻ろうとしていたコンスタンスにオリヴァーが声を掛けた。

「……あ、ええと、何?」

「アデル様がお席にハンカチーフをお忘れです。すぐにお届けにあがりましょうか?」

 その手には、確かに見覚えのあるハンカチがある。

「え、ほんと。じゃあ一言、カードをつけるから届けてくれる?」

「かしこまりました」



     *



 ハンカチの件と今日のお礼、またすぐにお会いしましょうねといった内容の走り書きをオリヴァーに持たせて、コンスタンスは自室でぼんやり考えに沈んでいた。


 確かに、グレゴリーは絵本に親しんでいたとは言っていた。

 だが、今でも本が好きだという話は聞かされていない。

 互いを深く知る前だから、と言ってしまえばそれまでだ。だが。


「(お話が面白いと感じたことも、ないのよね……)」


 彼との会話は当たり障りなく、気楽なものである。だが、それだけだ。

 言うなれば、可もなく不可もない。そんな形容がしっくりする。


 この違和感は、コンスタンスにとっては見逃してはならないことのように思える。

 話が面白いのは、聞き手がアデルだからこそ、なのではないか。

 アデルとグレゴリーの波長が合っているか。

 ……あるいは、アデルだからこそグレゴリーは愉快な話を披露していたのか。


 そして、他に気になることもある。

「(アデルさんの様子、不自然なんだよね……)」

 いつもより言い淀むことが多い、気がする。かと思えば身を乗り出したり声を張り上げたり。

 極めつけはグレゴリーとそっくりな、あの微笑だ。

 あれはアデルがよそ行きのときに浮かべる笑みで、初対面のグレゴリーならともかく、親交を深めたアデルがコンスタンス相手にするのはちょっと不自然だ。


 正直、最初から「そうかもしれない」と思っていたところはある。だから、何でも疑いの目で見てしまっているのかもしれない。

 でも、コンスタンスもそれなりにアデルを見てきた自負はある。


「……誰かに相談、してみようか……」


 だいぶ考え込んでしまった。そろそろ、オリヴァーがおつかいを終えて戻ってきている頃である。

 こんな時、一番頼りになるのは、結局彼だ。

 悔しいけど。

 心を決めて、コンスタンスは自室のドアを開けた。


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