ありがたいお話
「ずっといっしょにいて」
緑あふれる庭園のガゼボで。
見上げてくる彼女のその小さな手を、ためらいなく取れたのは。
ただ、自分たちが幼かった、それだけだ。
自分は大人にならなければならなかった。家族のため、彼女のためにも。
──それが、二人を遠ざけることになろうとも。
いや、遠ざけるとは。
知らなかったのだ。
*
王都にある貴族街の一角、エイムズ侯爵家、令嬢の応接間にて。
コンスタンスは部屋の主であるアデルのもてなしを受けていた。
「最近はいかがお過ごしかしら? その……婚活、のほうは」
「あー…………」
アデルはコンスタンスの友人の中でも、もっともゴシップ……つまり、恋バナに興味があるたちだ。
侯爵令嬢同士で遠慮が要らないということもあって、今日も腰を落ち着けて早々にざっくり切り込まれた。
「ここのところ、『当て馬令嬢』のおかげで結ばれた、なんてお話は特に聞かないけれど、活動はされてたのでしょ?」
「──私が当て馬活動を目的にお見合いしているみたいな言い方、やめてちょうだい!?」
「あら、失礼」
アデルはころころと笑う。あまり堪えていなそうである。まったくもう。
……まあ実際最近も、貴族の継承問題に関わるから表沙汰になっていないだけで、立派に当て馬縁結び活動を遂行してしまったのだから、あまり否定はできないのだが。
「別に、縁結びをしたくてしてるわけじゃないんだけどね。その名前が広まったせいで、家に来るお話は圧倒的に訳ありが増えてるみたいだし……悪循環だわ」
「まあ、そんなことに?」
最近のお見合い話を思い出してコンスタンスがぼやいてみせれば、アデルは目を丸くする。
「でも、コンスタンスさんにふさわしくないお相手は、おうちの方がはねてしまわれるのでしょ?」
「ええ、うちの者というか……我が家の場合は使用人まで厳しく審査しているようです」
主に従者のオリヴァーがなのだが、どうやら彼に協力している者もいるようである。
「ま。過保護でいらっしゃるのね。なかなかの関門だわ」
「……ええ。まったくそう」
自然と、渋面になった。
「私だってそろそろ一人前なのだから、もう少し自立というか……信頼してほしいものだと常々思っているんですけど」
「そうでしたの。……じゃあ、こんなのはどうかしら」
アデルは気分を変えよう、と言うふうに明るい声を出す。コンスタンスは何が始まるのか、と瞬いた。
「前にもお話ししましたかしら。私の従兄の、グレゴリーのことなんですけれど」
コンスタンスは記憶を探る。
「ええと、父方の叔父様のご次男でしたわね。伯爵家の」
「ええ、その従兄が婿入り先を探している、というようなことを申しておりまして」
あ。そういうことか。
「なるほど。その方を?」
「ご紹介できれば、と思ったんですの」
アデルはにっこりした。
なるほど。……なるほど。
ありかもしれない。アデルからの紹介であれば、オリヴァーの審査が入る余地もない。
あとは、従兄自身がコンスタンスの身分と仕事に相応しい人間であるか次第だ。
それは、これまでに比べれば、とてもフェアな条件に思えた。
コンスタンスはうなずく。
「ありがたいお話ですわ。ぜひ一度お会いしたいですわね」
「ふふ、では従兄に話を通しておきますわ」
アデルは楽しげに、顔の前で手を合わせた。
*
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
フルーセル侯爵邸に戻ると、ちょうど玄関近くでオリヴァーとすれ違った。
「あ、そうだ」
例の話を伝えておこう。釘も刺さねば、と思い当たる。従者は立ち止まって振り返った。
「何でございましょう?」
「アデルさんの従兄の方を紹介していただけることになったの。まあ詳しいことは、お父様を通してになると思うけど」
張り切って言い渡したが、オリヴァーはぴんときていないようである。はあ、そうですかと気のない返事をされた。
もう。
指を突きつけて念を押す。
「あのね。今回ばかりはあなたの暗躍する隙はないってこと。アデルさんの顔もあるんだから、絶対によけいなことはしないでよね」
「然様でございますか」
ようやく神妙な言葉が返ってきたが、いまいち反応が薄く、コンスタンスとしてはなんだかすっきりしない。
……まあいっか。お見合いをするのはこいつではなく、自分なのだ。
とりあえず顔合わせまで、気分を上げていこう。
そう決心してオリヴァーと別れ、自室に向かった。