第11話 突然の襲撃です
「っ……!?」
タマキは咄嗟に立ち上がり、シータとトヨを庇うような姿勢で周囲を確認する。
ヒビだらけの天井からパラパラと落ちてくるコンクリートの破片。さらに数秒遅れて、食堂のほうからけたたましい悲鳴が聞こえてきた。
「うわあぁああ!」
「きゃああああああ!」
「た、助けっ……!」
とんでもない出来事が起きていることを察したトヨは年齢を感じさせない機敏さで立ち上がると、食堂へと通じるドアを開け放った。
「アンタたち、何がっ……!」
その瞬間、タマキたちの視界に飛び込んできたのは、黒くて巨大な物体が市民たちを蹂躙している姿だった。
それは、生物と形容するにはあまりに異様な物体だった。核となっているのは、タールで作り上げたスライムのごとき質感の球体。その全身からは鞭のような刃が無数に生え、周囲の動くもの全てに襲いかかっている。
あれだけ活気に満ちていた食堂は、一瞬にして血の海と化していた。
「この匂い、事件の犯人か……!」
押し寄せてくる焼けたゴムのような匂いに、タマキは目の前の物体が一連の事件の犯人だと悟る。だが、それが分かったところで易々と手出しが出来る相手ではなかった。
「きゃあああ!」
「ひぃいいぃい!」
「くそっ、近づけない……!」
市民を助けようとタマキは接近を試みたが、怪物の放つ刃はさながらミキサーの内側のように荒れ狂い、攻撃はおろか目の前の市民を助けることもできない。
「どうすれば……!」
隙をうかがっている間にも被害者は増え続け、あれだけ響いていた悲鳴が徐々に少なくなっていく。
その時、いつの間にか店の奥へと引っ込んでいたトヨが、ショットガンを腰に構えて戻ってきた。
「……失せな化け物!!」
甲高い銃声とともに、破裂した弾丸が怪物に直撃する。だがそれが怪物にダメージを与えることはなく、ただトヨの存在をそれに認知させる結果しか呼ばなかった。
怪物は機械のような精密さでトヨへと狙いを定めると、細い槍じみた刃で彼女の胴体を鋭く貫いた。
「がはっ……!」
「トヨさん!」
その勢いで吹き飛ばされたトヨは、まるで昆虫の標本のように壁に縫い付けられる。彼女を串刺しにした刃は、数秒かけてじっくりとトヨの体に空いた穴を広げると、格納ボタンを押された巻き尺のような勢いで怪物本体のほうへと戻っていった。
ドサッと音を立てて床に落ちたトヨに、タマキは駆け寄って肩を揺さぶる。
「トヨさん、しっかりしてください! 俺の声が聞こえますか!」
「ああ、くそ……これが報いかね……」
口から血が混じった泡を吐きながら、トヨはうつろな目で呟く。
腹の傷からはとめどなく血が溢れ続け、即死でこそないが、致命傷であることは明らかだった。
「絶対に助けは来ます。だから、どうか持ちこたえてください」
気休めにしかならない言葉をかけ、タマキは立ち上がって怪物と正面から向かい合う。トヨのことは心配だが、目の前の怪物をなんとかしないことには助かるものも助からない。
そんなタマキの隣に、メガホンのスイッチを入れながらシータは並んだ。
「タマキ後輩。何か策はありますか」
「……いいえ、シータさんは?」
「あれに耳があって、言語を理解してくれるのなら希望はありますね」
「つまり、なすすべはないということですね」
軽口を叩きながらも、タマキは慎重に怪物を観察する。
見れば見るほど、怪物からは自我や意思を感じなかった。感覚器らしきものは一切なく、付近のものを手当たり次第に破壊する物体。生命体というよりも、ただそこに置かれているだけの凶悪な武器という印象を受ける。
だが、そんな怪物の前にシータは歩み出た。
「とにかく、やってみないことには分かりません。最大出力でいくので、耳を塞いでください」
返事を聞かないうちに大きく息を吸い込んだシータを見て、タマキは咄嗟に耳を塞ぐ。
次の瞬間、スタングレネードめいた高音が室内に響き渡り、しっかりと耳を塞いでいたというのにタマキはその場に膝を突いてしまった。
室内にいる全ての生命体がその音の衝撃を食らい、ほとんどのものは意識を失う。
そして直撃を受けた黒色の怪物は――まるでスイッチが切れたホログラフのように突如跡形もなく姿を消した。
あまりにあっさりとした幕切れに、タマキは耳から手を離しながら呆然と辺りを見回す。
「いなくなった、のか……?」
姿が見えなくなっただけなのではと注意深く周囲を伺ったが、自分とシータ以外にこの建物の中に動くものは見つからない。
たっぷりと数十秒かけて安全を確認し、タマキは警戒の姿勢を解こうとする。だがその時、普段通りの淡々としたシータの声が、タマキへとかけられた。
「タマキ後輩、大変です」
「……どうかしましたか」
緊張を新たにしながら振り向くと、シータはきょろきょろと店内を見回していた。
「僕たちが保護した、あの小さな『客人』の姿がどこにもありません」




