第12話 パパとして子供を守ります
奥にある建物には『ウブメドリ幼稚園』の看板が掲げられ、手前にある園庭には背の低い遊具が並んでいる。
スモック姿の子供たちがはしゃぎまわっているが、その種族は様々だ。
それを見守る保育士たちの視線は優しいが、子供たちが危険なことをしないように注意を払っているのが分かる。
子供たちもそんな保育士たちを慕っているようで、おもちゃ片手に「遊んで遊んで」と彼女たちにじゃれている。
どこからどう見ても、ごくごく普通の平和な幼稚園だ。
保育士を担当しているのが、最低でも二メートルはありそうな鳥人たちであることを除くのであればだが。
「……シータさん、俺たちはミハネさんのお宅に向かっていたのでは?」
「はい。この幼稚園の奥に、ウブメドリたちの巣はありますので。ここは一族全員が持ち回りで運営しているんです」
シータが指さす先には、幼稚園の後ろにそびえ立つ大樹があった。大樹のあちこちにはツリーハウスが作られており、たまに鳥人が出入りしている。恐らく、あそこがウブメドリの巣なのだろう。
「ウブメドリは本能的に子供を可愛がる種族ですから。ひとりぼっちの子供を見ると、人間も厄獣も区別なく拾ってきてしまうんです。昔は親がいたとしても本能的に攫ってしまっていましたが、トコヨ市に居を構えると決めてからは丸くなったらしいです」
「ま、丸く……?」
「お母さんは怒ると怖いので。そういうことです」
珍しく脅すように声を潜めてシータは言う。何か物騒な事件があったのだろうと想像でき、タマキはごくりと唾を飲み込んだ。
シータは平常の顔に戻ると、タマキの腕の中の少年を覗き込んだ。
「それより少年さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
言われて初めてタマキは異変に気づき、腕に抱いている少年を見下ろした。
少年は目を閉じて体を縮こまらせ、額に冷や汗を垂らしながら細かく震えていた。尋常ではないその様子に、タマキは心配の色を濃く滲ませた声で問いかける。
「……どうした? 頭でも痛いのか?」
タマキに呼びかけられ、少年は薄く目を開くとか細い声で主張した。
「あの人たち、とても強くて、まぶしくて、消えてしまいそう、です……」
「それは……君の存在が不安定だから、強い力を持った厄獣たちの中に入っていくのは辛い、ということか?」
自分の言葉をかみ砕いてくれたタマキに、少年はこくこくと頷く。タマキはそんな少年を楽な体勢になるように抱き直した後、シータに提案した。
「シータさん、俺はここでこの子と待っていますから、先に行ってミハネさんを呼んできてくれませんか?」
「任せてください。大船に乗ったつもりで待っているといいでしょう。僕はおつかいマイスターマスターランク保持者ですので」
よく分からないことを言いながら、シータはとことこと幼稚園に入っていった。その途端に園児たちに取り囲まれ、「遊んで」コールで足止めをされたが、すぐに保育士によって引き剥がされ、シータは無事に建物の奥へと消えていった。
そんな様子をハラハラと見守っていると、ふとタマキの真上から黒い影が落ちた。
「あら?」
鈴を転がすような美しい声が頭上から降ってきて、タマキはやや遅れてそちらを見上げる。そこにいたのは――身長三メートルはありそうな見知らぬウブメドリの集団だった。
彼女たちはタマキを押しつぶしそうな勢いで取り囲むと、彼の頭や体を無遠慮になで始めた。
「あらあら」
「こんにちは、可愛い子」
「子供かしら? 大人かしら?」
「分からないわぁ」
「撫でてあげるわね」
突然の出来事に停止してしまいながら、タマキは必死に考える。
ウブメドリたちから害意は一切感じられない。彼女たちはただ、自宅に迷い込んできた犬猫を可愛がっているようなつもりなのだろう。
であれば、ここは諦めてここは嵐が過ぎ去るのを待つのが得策だ。
そう判断したタマキはされるがままに、ウブメドリたちにもみくちゃにされる。すると、彼女たちの話は予想外の方向に転がり始めた。
「大人しくて良い子ねぇ」
「うちで育てようかしら」
「でも規制があるわよ」
「自分でここに来たなら育ててしまってもいいのではなくて?」
「そうねぇ」
「その通りね」
「名案だわ」
自分を取り囲んで行われる不穏な井戸端会議に、タマキは顔を引きつらせる。少年もタマキの腕の中でがたがたと震えていた。
それに気づいたタマキは、少年をきつく抱きしめると力強く言った。
「……大丈夫だ。パパが守ってやるからな」
少年がそれに答えるよりも前に、タマキは覚悟に満ちた表情で、上位存在の女性たちに声を張り上げた。
「すみません、ご婦人方! 俺たちはあなたがたの子供にはなれないんです!」
ウブメドリたちはきょとんと目を丸くして、話を止めた。
もしかして話が通じない相手だったのか? されるがままになっていたほうが安全だったのでは……?
そんな嫌な予感にタマキが硬直していると、彼女たちは不思議そうに口を開いた。
「俺たち?」
「ここにはあなた一人しかいないわよ?」
「……え?」
言い放たれたその言葉に、タマキは間抜けな顔で停止した後、慌てて自分が抱いているはずの少年を見下ろした。
「っ……、うぅ……」
苦しそうにうめく少年の体は徐々に透けていき、このままでは消滅してしまうと一目で理解する。
しまった。【舌禍】の認知によって存在を確立できるなら、逆に存在を消してしまうのだって簡単だ。
いると言われて、いることになるのなら、いないと言われたら、いないことになってしまう。
タマキは深く考える余裕すらなく、必死にウブメドリたちに主張した。
「いる! ここにいるんです! 俺のことを父親と呼ぶ子が……!」
しかしいくら主張しても、彼女たちは不思議そうな顔をするばかりだ。
どう言えば伝わるんだ。それともここを離れればいいのか? でも、離れても状況が変わらなかったらどうすればいい?
すぐに判断を下すことができず、タマキはただ彼女たちに事情を伝えようと口を動かす。
「お願いです! この子を認知してあげてください! ここには俺の息子がいるんです!」
「認知?」
「息子さん?」
要領を得ない説明しかできないでいるタマキの腕の中で、少年の姿はどんどん薄くなっていく。
そんな状況を打破したのは、静かな羽音とともに舞い降りてきた女性だった。
「あらあら、タマキくん来てくれたのねぇ」
「ミハネさん……!」
急いできてくれたらしいミハネは、子供のように抱き上げていたシータを地面に下ろし、慌てふためくタマキのもとへと近づいていく。タマキを取り囲んでいた鳥人たちは、慌てて道を譲ると、恭しく首を垂れた。
「まさかタマキくんとシータの子供ができるとは思ってなかったわぁ。わたくしにもよく顔を見せてちょうだいな」
「は、はい!」
タマキは素直に、腕の中の少年をミハネに差し出す。
よかった。間に合った。このまま彼女に存在を認知してもらえれば、この少年が消えることはなくなるはずだ。
タマキはホッと胸を撫で下ろし、少年を受け取ったミハネの様子を伺う。
しかしミハネは聖母のような微笑みで少年を見下ろした後、ふっと表情を曇らせた。
「……ああ、なんてこと」
ミハネは嘆きに満ちた息を吐き出し、それに気づいた少年は恐怖で震え出す。
「本当に、ごめんなさい。――【私の腕の中に、シータそっくりの少年はいないわ】」
そう宣言した途端、ミハネに抱かれていた少年の姿は、幻のようにふっとかき消えた。
数秒経って、彼女が少年の存在を消してしまったのだと気づき、タマキは絶望の表情でミハネを見上げる。
「な、なんで……」
困惑と絶望のままにタマキは問いかける。シータも動揺の眼差しを、ミハネの顔と少年がいたはずの腕の中に交互に向けている。
ミハネはそんなタマキとシータをすくい上げるように優しく抱き上げると、この世のあらゆる嘆きを詰めたような声色で囁いた。
「事情は中で話すわ。……とっても悲しいお話になるでしょうけれど」




