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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第二幕【01】迷子を見かけたら、手を差し伸べましょう
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第5話 マニュアルは読み込みましょう

 厄獣対策室のオンボロ公用車に、タマキたち厄対一行は詰め込まれていた。


 運転するのは安穏、助手席にはココ、後部座席に並んでいるのはタマキとシータだ。


「――というわけで、以後二人とも発言と態度には気をつけるように!」


「はい……」


「分かりました」


 ミーティングの一件のお小言を神妙な顔でタマキは受け止める。対する隣のシータは、言葉でこそ謝ったが反省の色は全く見えなかった。


 まったくこの子はどうしたものかとため息を吐く安穏を横目に、助手席のココはバックミラー越しにタマキに目を向ける。


「ところでタマキくん、あと10分ぐらいで目的地に着くけど、今からマニュアルに目を通せそう?」


「は、はい! 目を通してみせます!」


「お! 気合いたっぷりだね~。到着したら、理解度クイズを出すから頑張ってね?」


「うっ……」


 軽い言い方ではあるが、読み飛ばさずにちゃんと理解しなければダメだと暗に示され、タマキは思わず小さく唸る。


 すると、隣のシータが何故かやる気に満ちた目を向けてきた。


「大丈夫ですよ、タマキ後輩。分からないところは僕が教えます。何しろ僕は、トコヨ市生まれトコヨ市育ちの、ネイティブ栄誉トコヨ市民ですから」


 どやっと胸を張るシータに、苦言を呈したのはハンドルを握る安穏だ。


「いや、シータくんも一緒に読み込んでね? 期間中、『托卵』としての仕事のほうが多いとはいえ、毎年のようにトラブルを起こしてるんだから」


「むっ。去年は去年。今年は今年です。僕は未来に期待してほしいです」


「そうしてあげたいのは山々だけど、君には残念な実績しかないからね……」


「むぅ……」


 唇を尖らせて遺憾の意を表明するシータに、タマキは少し考えた後、資料のバインダーを広げてシータと一緒に見る姿勢を取った。


「シータさん、一緒に読んで僕に教えてくれませんか。分からないことだらけなので」


「! 任せてください。僕は完璧に教えます」


 めんどくさくて幼いところのある先輩の機嫌を見事に乗りこなしたタマキに、安穏とココは感嘆の声を上げた。


「おお……」


「タマキくんやるぅ。今度からシータくんのお世話は、全面的に君に任せるね?」


「止めてください。胃がいくつあっても足りません」


 ココの提案をやんわりと否定し、タマキはマニュアルを読み込み始める。


 そのまま舗装が行き届いていない車道を走ること10分ほど。どこにでもある地方都市の様相だった景色は、いつの間にか神社仏閣が建ち並ぶ歴史ある町のような、厳粛な雰囲気へと変わっていた。


 見ようによっては観光地のようにも見えるその景色に、タマキはマニュアルを見ていた視線を上げ、そわそわと物珍しげな目を向ける。それに気づいた安穏は頭痛を堪えるような渋い顔をし、隣に座るココは微笑ましそうにクスクスと笑った。


「ここがトコヨ市の西区だよ。純血の厄獣が多く住んでいて、ヤト様をはじめとした神様に庇護される形で共同体を維持してるんだ」


 前方を向いたまま説明する安穏の話を、車窓から見える景色を示しながらココが引き継ぐ。


「で、神様が力を増すには祀られるための社が必要でしょ? だから、この30年で神様たちのための神社仏閣を新しく建てたのが、この西区ってわけ」


「なるほど……」


 言われてみれば、道行く市民たちのほとんどは厄獣で、人間は滅多にいない。たまにいる人間の姿をしている市民も、よくよく見ると角や鱗といった厄獣の特徴を持っている。


 この厄獣指定都市に住み始めて半月は経つが、普段の行動範囲では厄獣よりも人間の方が多数派だ。ここまで厄獣ばかりが暮らしている場所というのは今まで見たことがない。


 そんなある意味では非日常的な光景に、タマキは場違いにも興味津々の面持ちになる。だが安穏はいつになく真剣な顔を作って、バックミラー越しにタマキに厳しい目を向けた。


「今から行くのは、この区の神様の中でも一番偉い方のところだからね。失礼なことや余計なことはしないように! 下手に単独行動したら、気まぐれで神隠しされるかもしれないよ!」


「り、了解です!」


 強い口調で告げられた安穏の脅しに、タマキは緩みかけていた気を引き締める。それまで黙っていたシータは何を思ったのか、二人の間にずいっと割り込んできた。


「大丈夫です。タマキ後輩は先輩の僕が責任を持って守りますので」


「え……ははは、そうですね……」


 むしろ守られる側なのはそちらではないか、という言葉を飲み込み、タマキは曖昧に笑う。シータは肯定されたと思ったのか、誇らしげに鼻を鳴らすばかりだ。


 そんな緩い会話をしているうちに、一同を乗せた車はとある神社の近くにたどり着いた。


 駐車場として設けられた砂利が敷き詰められた土地に、がたがたと車体を揺らしながら車は乗り入れ、紐と車止めで示されたスペースにぎこちなく停車する。


 サイドブレーキを引いた安穏は、後部座席のタマキに目を向けた。


「じゃあ、さっきココちゃんが言った通り、理解度テストをするね。僕たちが担当する仕事――『客人まれびと』の名簿管理は、一言で言うとどんな仕事?」


「は、はい! 大穴の内側に住む『客人まれびと』と、ヤト様をはじめとする西区の神々は、ある程度の交流を持っています。我々、トコヨ市役所は、そのパイプを用いて手に入れた名簿を頼りに、不法侵入している『客人まれびと』がいないか摘発して回るのですが……」


 タマキは付け焼き刃の知識しかない不安から、ちらりとマニュアルを持つシータを見る。シータは深く頷きながら応援した。


「合ってますよ、タマキ後輩。頑張ってください」


「……ありがとうございます」


 タマキはシータにこくりと頷き返し、話を続ける。


「市役所が摘発に回ることを見越した不法侵入者は、摘発をくぐり抜けるために名簿を狙って襲撃してきます。名簿管理の仕事はそれに対して臨機応変に対応すること……で、合っていますか……?」


 いまいち自信がないという表情で尋ねるタマキに、安穏は優しく頷いた。


「うん、完璧だね」


「やるじゃん、タマキくん!」


「先輩として誇らしいです」


 想像以上に手放しで褒められ、タマキは照れ臭さから赤面する。そんなタマキにココは声をひそめて告げた。


「ほら、直近の比較対象がシータくんだから……」


「ああ……なるほど……」


 深く納得し、タマキは苦笑した。


 シータほどの問題児と比較すれば、どれだけ普通のことでも賞賛に値するということだろう。


 その意味に、当の本人が全く気づいていないのはある意味さすがといったところだが。


 やっぱりまだまだ彼のことを素直に「先輩」と呼べる日は遠そうだ。


 無論、尊敬すべきところもあるのだが、無条件に信頼を置くには少々危うすぎる。


 こちらがどんな内緒話をしているか見当もついていない顔で、不思議そうに見つめてくるシータに、タマキは誤魔化すような笑顔を向けた。


「あはは、何でもないですよ……」


「むっ、内緒話はずるいです。僕もタマキ後輩と内緒話したいです」


 ズレた主張を始めたシータを、安穏は慣れた様子で受け流す。


「はいはい、また今度ね。じゃあ、さっそく中に入ろうか。神様を待たせるわけにはいかないし」


「はい!」


 四人は車から降り、安穏がカギを閉める。そんなことをしても助手席の窓が破壊されているので車上荒らしに遭い放題ではとタマキは思ったが、周囲が平然しているのでそれに従った。

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