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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【04】トコヨ市は皆さんのための厄獣指定都市です
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第37話 トコヨ市役所は、市民の皆さんの味方です

 声を潜めて宣言するタマキに、シータは一瞬瞠目した後、こくりと頷いた。


「分かりました。タマキ後輩も一人前の市役所職員の顔になってきましたね。先輩として鼻が高いです」


 褒められたことを素直に喜べばいいのか、それとも先輩面をされたことを冗談ととらえて笑えばいいのかわからず、タマキは変な顔になる。シータはさらに付け加えた。


「とはいえ、まずはその子の安全を確保しましょう。お母様を探すのはそれからです」


「はい、もちろんです」


 タマキは重々しくうなずき、シータもそれに首を縦にふる。そして、シータの先導で二人は施設からの脱出を試み始めた。


 施設内には警備員も何人か配置されていたようだが、そのほとんどが気絶させられて廊下の隅に転がされていた。


「ココさんの活躍はすごかったですよ。映画のエージェントのように、警備の方々をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」


「はは……」


 その様子が容易に想像でき、タマキは乾いた笑い声を出す。それでもまだ、施設に起きている異変に気づいていない職員はいるようで、通常業務に励んでいる人影も度々通り過ぎる。二人はそんな人々に見つからないように先を急いだ。


「この先の廊下を抜けてしまえば合流地点です。そこに一旦、チカちゃんを預けて――」


 だがその時――タマキの背後から、乾いた発砲音が響いた。


 タマキの背中に痛みと熱が走り、足をもつれさせて倒れ込む。数秒遅れてそれに気づいたシータが振り返った頃には、タマキを撃った人間が、彼の腕の中からチカを奪い返していた。


「タマキ後輩!」


「俺はいい、です……! それよりチカちゃんを……!」


 シータが顔を上げると、そこにいたのはチカの母親だった。彼女は、気を失ったチカを大切そうに抱きかかえながら、小型の拳銃をこちらに向けている。


「あなたたちなんかに、チカは渡さない……!」


 追い詰められた獣のように覚悟を決めた形相で、チカの母親は二人を睨みつける。シータはタマキのそばから離れると、チカの母親と正面から向き合った。


 そのあまりにまっすぐな視線に、チカの母親は気圧されながらも、口を動かす。


「あ、あなたたちに何がわかるの! 厄獣の父親のせいで迫害され続けて、チカがどれだけ傷ついたかわかる!? 普通の女の子に戻してあげたいって思って、何が悪いのよ!」


 大声でわめく母親に、それまで倒れ込んでいたタマキは、よろよろと立ち上がりながら説得の言葉を投げかける。


「チカちゃんのお母さん、落ち着いてください。いくらチカちゃんのためでも、道を外れるのは間違っています。薬の研究のために、罪のない市民たちが実験体にさせられたんですよ?」


「っ……! それでも私は、ここにすがるしかっ……!」


 心を揺らがせながらも、母親はこちらに銃口を向けることを止めない。だがその時、思わぬ出来事がそんな母親に襲いかかった。


「ぐぅぅー……!」


 腕の中でぐったりと脱力していたチカが唐突に目を覚まし、暴れ出す。


「チカ!?」


 支えきれずにチカから手を離すと彼女は、自分の母親に血走った目を向けた。それが捕食者が獲物に向ける眼差しだと悟り、母親はチカに対して悲鳴のように叫ぶ。


「ねぇ、分からないの!? ママよ! 正気に戻って!」


 ただの獣のようにじりじりと距離を詰めてくるチカに、隠しきれない恐れの感情をその顔に浮かべながら、母親は少しずつ後ずさる。


 そして、そのままチカが母親に食らいつこうとした瞬間――二人の間に、タマキは立ちふさがった。


 飛びかかったチカがタマキに組みつき、その肩口に食らいつく。タマキは痛みに顔を歪めながらも、シータに呼びかけた。


「シータさん、彼女に舌禍を!」


 その言葉に弾かれたように、シータはタマキのもとに駆け寄り、チカの耳元でささやく。


「【眠れ】」


 そのたった一言でチカの意識は刈り取られ、彼女は脱力して気を失う。タマキは背中と肩から広がっていく痛みを無視し、そんなチカの体を抱き上げた。


「な、なんで……」


 敵であるはずの自分が庇われたことが信じられず、母親はへたりこんだまま呆然と口を動かす。タマキは少し迷った後、真剣な目で母親を見た。


「チカちゃんのお母さん。どうか、俺達を信じてください。俺たちトコヨ市役所は、市民の皆さんの味方なんです」


「え……」


 あれだけはっきりと拒絶したというのに、まだ丁寧に説得してくるタマキに、母親は口をぽかんと開けて間抜けな声を上げる。


 タマキの言葉を継ぐように、シータはさらに母親に告げた。


「僕たちのことを、すぐに信じられないのは当然です。あなたは、娘さんのことを愛しているから。でも、それでも僕たちはあなたに手を伸ばすのをやめません。それが、トコヨ市役所に務める者として、一番の責務です」


 当たり前のことを述べるように堂々とシータは宣言する。


 タマキはチカを落とさないよう慎重に床に膝をつくと、いまだにへたりこんでいる母親にまっすぐに手を差し伸べた。


「どうか信じてください。このトコヨ市は、厄獣も人間も混じり者も、堂々と生きられる『厄獣指定都市』なんです」


 それはまだ理想や綺麗事なのかもしれない。だけど、その理想を実行し続けることこそが、自分たちトコヨ市役所の使命なのだ。


 まだ、腹のさぐりあいや、疑心暗鬼がはびこるこの町を、かつて自分の母が望んだような場所にしてみせる。助けを求めた市民を、ちゃんと助けられるような存在になってみせる。


 そんな決意を込めて、タマキはチカの母親をじっと見つめる。


 チカの母親は、差し伸べられたその手とタマキの顔を何度も見比べる。タマキとシータはそんな母親をじっと待ち続ける。


 どうか助けを求めて欲しい。そう願いながら。


 そして、永遠にも思える長い逡巡の後――チカの母親は、震える手をタマキの手にそっと重ねた。







 ことのあらましをすべて語り終わり、タマキはふうと息を吐く。


 改めて言葉にしてみると、なんだか恥ずかしい内容も多い。そのためようやく話を終えられた今、どっと疲れが押し寄せてきていた。


 あれからチカとその母親を連れて二人は無事に脱出し、彼女たちはしかるべき援助を受けられることになった。


 チカに投与された促進剤の後遺症はなく、今は元気に過ごしているようだ。


 機密事項を知ってしまっているので多少窮屈な生活にはなるだろうが、今まで置かれていた環境よりはきっとマシなはずだ。


 トコヨ第二製薬は、本社と全てのプラントが謎の火災事故によって消失したことになった。関係者の口封じも滞りなく行われ、ほんの1週間で、トコヨ第二製薬があったという痕跡はトコヨ市から完全に消え去った。


 証拠隠滅はトコヨモーターが単独で行ったらしい。その手際の良さと完璧さを思うと、どれだけあの会社が権力と武力を握っているのか伺えるというものだろう。


「なるほど、つまりタマキ後輩は、僕のことを素敵な先輩だと認めたということですね?」


「はい?」


 ずれた感想を口にするシータに、タマキは遠慮なく呆れた声を出す。シータは鼻息荒く主張し始めた。


「だって、窮地で僕のことを先輩と呼んでくれたじゃないですか。追い詰められたときに本音が出るという話もありますし、先輩として認められたのは間違いありません。とても嬉しいです」


 あの時、彼のことを指して口にした呼び方は、『先輩』ではなく『自称先輩』だ。だがタマキは、今まさにシータに報告書の代筆を頼んでいる立場であったので、あえて彼の主張を否定しなかった。


 それをいいことに、ココはにやにやと意地悪な笑みを浮かべる。


「おやおや、よかったねシータくん。これで君も立派な先輩だね?」


「はい、僕は完璧な先輩なので当然です」


「んふふっ、そうだねぇ、今度お母さんにも報告してあげなよ」


「はい、そうします」


 誇らしそうに会話するシータとココに、言いたいことを我慢しているどこか複雑な表情のタマキ。そんな和やかな会話に、安穏はそっと口を挟んだ。


「えーと三人とも、わかってると思うけど、あの一件についての詳細は部外秘だから、建前としての内容も書かなきゃいけないからね?」


「えっ」


「え?」


「あー……」


 そこにまったく思い至っていなかった三人は、ぽかんと口を開けたり苦笑いを浮かべたりする。安穏は頭痛をこらえるように頭を抱えた。


「うん、そうだよね、そこが複雑なのにタマキくんに全部まかせたのは僕の落ち度だ。……わかった、じゃあ最後の一件の建前の報告書は僕が完成させておくから、三人はもう上がっていいよ。こんな時間まで付き合わせてごめんね?」


 つらつらと言い訳をするように言いながら、安穏はシータの代わりにパソコンの前に座る。席から追い出される形になったシータは、少し考えた後に提案した。


「では、安穏室長がさみしくないように、ここで僕たちの母親自慢大会を開催しますね」


「え?」


 間抜けな声を上げる安穏を無視し、残りの二人はそれに賛同する。


「名案ですね、シータさん。上官よりも先に帰るのには俺も抵抗がありますし」


「えー? 私も聞きたい聞きたいー」


 ノリノリで席をセットし始める部下たちに、安穏はあえて注意することもしないまま、ため息まじりにパソコンに顔を戻した。


「やれやれまったく……」


 窓の外はもうすっかり暗くなり、夜だというのに遠くから活気あふれるトコヨ市の喧騒が聞こえてくる。


「僕が知るタマキくんのお母様はですね……」


 遠くから響く騒がしいトコヨ市の日常と、安穏がキーボードを叩く音をBGMに、シータは穏やかに話し始める。


 タマキはそれに耳を傾けながら、母が愛したこのトコヨ市のことを、愛しく思う気持ちが芽生え始めていた。

第一幕はこの話で完結です!

明日からの「第二幕 此岸と彼岸の交わる日 序」の更新もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一幕読了いたしました! 外の世界で植え付けられたタマキの母親に対する恨みが払拭されたことが一番嬉しく思います。多少の差はあれど、作中に登場する母親はみな我が子に対する愛情に満ち溢れてい…
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