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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【04】トコヨ市は皆さんのための厄獣指定都市です
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第31話 疑心暗鬼が過ちに繋がります

 ぼんやりとしていた疑念が確かなものとなり、タマキの歩みは遅くなる。鳥人はそんなタマキを気づかわしそうな目で見つめ、さらに話を変えようと口を動かした。


「ところであなたのお名前を聞いていなかったわ。わたくしはミハネ。ウブメドリの族長と五芒協定の一角を務めているの。あなたのお名前は?」


「俺は……」


 タマキは一度言いよどんだ後、ミハネを見上げながらはっきりと答えた。


「俺は、東雲タマキ。東雲マドカの息子です」


 その言葉に対するミハネの反応は驚愕だった。彼女は目を丸くし、それから悲しそうに視線を落とす。


「そう……あなたがマドカさんの息子さんだったのね。言われてみれば、目元がそっくりね」


「っ、母のことを知っているんですか!? 教えてください! 母は今どこにいるんです!? 誰に聞いても教えてもらえなくて……」


 タマキは飛びつくようにミハネに問いかける。ミハネはどう答えるべきか悩んでいるのか、口を何度か開きかけては閉じた。


 そんなミハネの様子に、タマキの表情はさらに曇る。


「俺は、そんなに信用されていないんでしょうか」


「タマキくん……」


 悔しさをにじませて唸るタマキの頬に、ミハネは手を伸ばそうとする。だが、彼女の手がタマキに触れる寸前、聞き覚えのある声がそれを制止した。


「――タマキ後輩」


 顔を上げると、そこにいたのは平坦な表情をしたシータだった。


 彼の無表情はいつものことだというのに、今のタマキにはその空虚さすら疑いの材料に見えた。


「どうしてここに? 事務所で仕事をしていたのでは?」


「シータさん。あなた、ファミレスで俺に嘘をつきましたね」


 問いかけに答えず、タマキは硬い声色で追及する。シータは目に見えて動きを止めた。


「あなたは俺の母親の行方を知っているんでしょう。知っていて、俺に知られたらまずいから、知らないふりをしたんでしょう」


 そちらの嘘はもうすべて暴いているのだと、低い声でタマキは言う。シータはそれに、何も答えなかった。


「……そんなに俺のことが信用できないんですか」


 ぼそりと、タマキの口から疑念が漏れる。


 それは、この町に来てから――いや、外の連中に「保護」されてからずっと燻っていた思いだった。


「あなた方も、俺のことをいいように利用しようとしてるってことですか!? 壁の外のあいつらみたいに……!」


 怒りと悲しみと悔しさがないまぜになり、タマキは涙をにじませながら声を発する。


 ミハネはおろおろとタマキとシータを見比べた後、何かを言おうと口を開きかけた。


「タマキくん、あのね……」


「おかあさん、ダメです」


 ぴしゃりとそれを制止したのは、空虚な表情のシータだった。


 ミハネはそれに従い、口を閉ざす。


 自分よりも息子のシータを優先したのだという幼い嫉妬心が重なり、タマキは血が滲みそうなほどこぶしを握り締めた。


「……もういいです。これ、忘れ物の資料です。俺は帰ります」


 突き放すようにそう言うと、タマキはミハネの手を振り払い、封筒をシータに押し付けて踵を返した。


 自分を落ち着かせようと深呼吸をしながら、大股でタマキは歩いていく。逆に呪いの霧を、さらに肺に吸い込んでしまっていることにも気づかずに。


「はぁ、はぁ……」


 やがて霧が立ち込める場所から脱出したタマキは、人通りの多い交差点にたどり着いて立ち止まる。


 なんとか息を整えようとしたが、呼吸がどうしても浅くなってしまい、胸の奥底にある疑念も消えてくれない。


「……くそっ」


 小さく悪態をつき、タマキは顔を上げる。そして――ちょうど、その視界に入ったとある集団に目を見開いた。


「お願いしまーす、お願いしまーす!」


 それは、公園で見かけたポケットティッシュを配るあのスーツの人間たちだった。彼らが今配っているティッシュにも、不審なおまけがついているようで、ティッシュを受け取った市民たちが不思議そうにそれを見ながら歩いている。


 その姿を見た瞬間、タマキはそちらに駆け出し、リーダー格らしき男の肩をつかんだ。


「トコヨ市役所、生活安全課、厄獣対策室です。ご同行を願います」


 市役所の職員証を見せながら告げると、男は少し考えた後に答えた。


「……分かりました。従います。その前に荷物を車に置いてきてもいいですか?」


 やけに素直に同行に応じた男を不審には思ったが、今は何もしていない市民に暴力的な対応をするわけにはいかない。


 結果的に流されるまま、タマキは男が自分のワゴン車に荷物を置きにいくのに、タマキはのこのことついていってしまった。


 男はワゴン車の後ろを開けて荷物を置くと、不意に声を上げた。


「あっ」


 そのままうつむいたまま固まる男に、タマキはつられて男の手元をのぞき込む。だが、そこには何の異変もなかった。


「……なんだ、何もないじゃないか」


 不審に思ってそうつぶやいた次の瞬間、タマキの後頭部に鈍い衝撃が走り、ふらついたところをハンカチで口をふさがれた。


 どこか甘さを感じる薬品の匂いを吸い込み、タマキは全身を脱力させる。


 しまった。なんでこんな、古典的な罠に。


 薄れゆく意識で閉じていくワゴン車のドアを見ながら、タマキはふっと気を失った。

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