第3話 トコヨ駅はいつだって歓迎ムードです
窓のない強制連行車両がホームに滑り込み、出口である自動ドアが重苦しい音と共に開かれる。
その先に広がっていたのは――
――満面の笑みで乗客たちを出迎える市役所職員の集団だった。
「せーのっ」
「追放者の皆さん!」
「トコヨ市に!」
「ようこそーっ!」
10名ほどの職員たちは全員、観光地の案内人のような派手な法被を着ており、にこにことした明るい表情も相まって、まるでVIP待遇でリゾート地に来たかのような錯覚すら覚える。
当然、状況が理解できていない乗客たちは目を白黒させるばかりだ。
「え、ええ……?」
「どういうこと……?」
困惑しているその隙をつくように、職員たちは手慣れた様子で乗客たちを誘導し始めた。
「はーい、まずは戸籍を確認しますー! 戸籍のある方は1番、ない方は2番にお進みくださいー!」
「体調不良の方はこちらでーす!」
「住民手続き後は病院で健康診断と予防接種を行うので、係の者の指示に従ってくださーい!」
「文字が書けない? それではこちらの席へどうぞ! 基礎教育課程の申し込みもしておきますねー」
「舌禍、飢餓、加護のいずれかの災厄を発現されている方は、こちらの列で手続きをお願いしますー!」
怒涛の如き職員たちの勢いに押し流されて住民登録を終え、無事に『飢餓』の警告マークがついた名札を胸につけられたタマキは、よろよろと人混みから離れて深く息を吐き出した。
「はぁーー……」
長旅と緊張から来る疲れで、全身の力が抜けてしまいそうになる。目の前で快活に動き回る職員たちのパワフルさに圧倒されたのも一因だがそれは認めたくない。
仮にも、特殊部隊に所属していた自分が、ただの地方公務員に体力で負けたとは思いたくなかったので。
それにしても――とタマキは考える。
トコヨ駅の改札前には、タマキ同様に警告マーク付きの人々が溢れかえっている。こんな風に社会を脅かす危険存在が一箇所に集まるだなんて、外の世界ではまずありえないことだ。
舌禍。飢餓。加護。
この三つは強大な力を持つ厄獣に発現する『三大災厄』と呼ばれる性質だ。
舌禍は、その声によって他の生物を操る。
飢餓は、その衝動によって他の生物を食い殺す。
加護は、その愛によって他の生物に力を与える。
どれか一つでも災厄を発現した厄獣は、単独で社会を脅かすことができる存在とみなされ、問答無用で殺処分もしくはトコヨ市に追放処分となる。
運良く殺されずにトコヨ市行きとなった厄獣も、こうして首輪代わりに警告マークを付けられて管理されるということだろう。
人間社会を維持するためには仕方ない対応だとタマキは理解している。その災厄の発現によって、自身がこの地に追放された今になっても。
「きゃあああっ!」
幼い少女の悲鳴が響き渡り、物思いにふけっていたタマキはハッと我に返る。顔を上げるとそこには、地下鉄で母親と一緒にいたあの少女が、涙目で何かを追いかけている姿があった。
少女が手を伸ばす先では、二足歩行の小さな獣が自分の背丈ほどもあるカバンを担いで逃げ去ろうとしていた。
「返して! チカのカバンー!」
その瞬間、タマキの体が動いたのは、幼い頃からたたき込まれてきた戦闘訓練の賜物だった。
被害に遭っているのが憎むべき厄獣の縁者であるということは頭から抜け、シンプルに目の前の脅威を排除する特殊部隊としての意識に切り替わる。
人間離れして膨れ上がった脚の筋肉が床を蹴り、タマキはたったの一歩で厄獣へと追いついた。
「キィ……!?」
「厄獣は、駆除する」
振り向いて驚きの表情を浮かべる厄獣目がけて、刃に変わりつつある腕を横薙ぎに一閃する。小型犬ほどの大きさしかない厄獣はとっさにカバンを盾にしたが、勢いは殺しきれずにその体は軽々と吹き飛ばされた。
「キィーーー……!」
切り裂かれた荷物の中身が宙を舞い、カバンから手を離した厄獣はボールのように何度も床をバウンドして、ようやく止まる。
吹き飛ばされた衝撃ですぐには動けないでいる厄獣を、ゆっくりと首を巡らせてタマキは見据えた。
――腹が減った。
発現してからずっと薬剤で押さえ込んでいた「飢餓」が思考を浸食し、目の前の厄獣を捕食対象として認識する。
――腹が減った。食べなければ。
抗えない食欲のまま、一歩、一歩、厄獣に距離を詰めていく。厄獣もまた、自分が捕食されそうになっていることを悟り、恐怖で立ち上がれないまま後ずさる。
ダメだ。この衝動に――「飢餓」に飲まれたら。
そんなことになったら自分は捜査官でいられなくなってしまう。
厄獣と人間の混じり者である自分には、厄獣を狩る捜査官としての生き方しか許されていないのに。
――でも、もう自分は、捜査官じゃないじゃないか。
「……はは」
枷として己に課していた制約がもう意味をなさないのだと自覚し、飢餓の衝動に思考が飲み込まれる。気づくと、厄獣はすぐ足元にいた。
タマキは正気を失い血走った目で、厄獣を見下ろす。その厄獣は胴体が長いイタチのような姿をしており、もし討伐すべき害悪でさえないのなら、かわいらしいという感想を抱くこともあったかもしれない。
だが、今足下にいるのは駆除すべき厄獣。人間の敵だ。同情の余地は一切ない。
タマキはすっかり鎌の形へと変貌を遂げた腕を振り上げ、とどめの一撃を与えようとした。しかし――
「――【ダメだよ】」