第27話 寝起きには注意しましょう
「――タマキ後輩、起きてください、タマキ後輩」
ぼんやりとした意識が徐々に浮上し、自分の名前が呼ばれているとなんとなく理解する。それでもなかなか目を開けないでいると、声の主は一度咳払いをしてから、俺の耳元で言った。
「【おはようございます】」
「うぐっ……!」
「ぎゃっ」
舌禍によって叩き起こされ、タマキはガバっと頭を上げる。ちょうど顔を寄せていたシータの顎と後頭部がぶつかり、起床早々、タマキは悶絶した。
「いっづぅ……!」
後頭部を押さえて机に沈むタマキに対し、床にひっくり返ったシータが顎を押さえながら立ち上がる。
「おはようございます。もう休憩が終わりますよ、タマキ後輩」
「えっ」
慌てて時計を見ると、自分に与えられた昼休憩が終わる二分前だった。どうやら自分は、昼食を取ったあと眠気を我慢できずに、仮眠を取っていたらしい。
「すみません、助かりました。……顎は大丈夫ですか?」
「はい。ちょっと口の中に血の味がしますが大丈夫です」
「大丈夫じゃありませんよね!? ちょっと口の中見せてください!」
すわ舌を噛み切ってしまったのかと、タマキはシータの口の中を覗き込む。結果として舌は噛み切られていなかったが、歯茎が傷ついて口の中は真っ赤に染まっていた。
ちょうどその時、休憩終わりのココが戻ってきて、二人を見てニヤニヤと笑い始めた。
「お、何だい何だい。口の中におやつがないか確認する小動物の真似?」
「からかわないでください。俺が不注意でシータさんに怪我をさせてしまっただけですよ」
「ええっ! 労災沙汰は勘弁してよぉ!?」
続いて戻ってきた安穏が悲鳴のような声を上げ、シータがそれに淡々と答える。
「口の中を切ってしまっただけです。つばをつけておけば治ります」
「ええ……? たしかに口の中は唾液で満ちてるけどさぁ……。一体どうして怪我なんてしちゃったの?」
優しくはあるが責める言葉をかけてくる安穏に、タマキは言いづらそうに告白した。
「休憩中に眠り込んでしまった俺を、シータさんが起こしてくれたんです。ですが、飛び起きた拍子に頭と顎をぶつけてしまって……」
「ああ、なるほどね……。今後は気をつけてね……」
どちらにもあまり非はないと判断した安穏は、一応注意の言葉をかけ、それからタマキの顔を見て心配そうな表情になった。
「ところでタマキくん、ここ数日顔色が悪いけど何かあった? 体の不調があったら、ちゃんと申告してね。病院を紹介することもできるから」
「はい……」
自己管理不足だと自分を責めながらも、上官の命令で申告しなければならないと判断したタマキは、ためらいがちに言葉をつむぐ。
「実は体調不良ではなく、『飢餓』の抑制剤の副作用なんです。どうにも、必要以上に薬が効いてしまっているようで」
「ああ……。トコヨ市の抑制剤は、外のやつとは違うからね。一ヶ月も経てば体が慣れてくるだろうけど、無茶はしないでね。体の調子が悪いと、心の調子も悪くなるものだし」
「……はい、分かりました」
すっかり落ち込んだ表情になったタマキの顔を、シータは唐突に覗き込んだ。
「もしかしてタマキ後輩は、夜に深く眠れていないのではないですか? でしたら、僕が母直伝の子守唄を歌ってさしあげます。安眠しすぎて永久の眠りにつく方もいるそうですが」
「謹んで遠慮します。フリじゃないので、絶対にやめてくださいね」
「む。僕は音痴ではありませんよ。母たちにも小鳥のように可愛らしい声だとよく言われます」
「そういう問題ではなくてですね」
打てば響くような会話をするシータとタマキに、安穏はほのぼのとした表情を向けた後に、ぽんと手を叩いた。
「さて、そろそろみんな仕事に戻ろうか。ココちゃんとタマキくんは、午前中に来た相談の仕分け。僕とシータくんは五芒会議に出席だよ」
「五芒会議、ですか?」
聞き慣れない単語に、タマキは思わず聞き直す。安穏はそんなタマキに頷いた。
「そっか、タマキくんには話してなかったね。五芒協定のことはもうなんとなく知ってるよね? 市役所を含めた5つの団体が協定を結んでるって」
「はい。有力者たちが協定を結ぶことによって、トコヨ市の均衡を保っているんですよね」
「そう。五芒会議は、そんな5つの団体の代表が定期的に集まって、トコヨ市で起きてる問題について話し合ったり、シンプルに罵倒しあったりする場所なんだよ」
「ば、罵倒……」
会議の内容の説明としては不適切なワードに、タマキは頬を引きつらせる。
シータは胸を張って偉そうに言った。
「食人植物の件について、少しでも手がかりを仕入れてきます。任せてください。僕は会議が得意なので」
タマキは、本当かなあという目をシータに向ける。安穏とココが苦笑いしているので、つまりそういうことだった。
「じゃあ、ココちゃんとタマキくん、事務所でのお仕事お願いね」
「いってきます」




