第21話 地面から食べ物が湧いています
道ばたに木が生え、そこに果物が成っているというだけならまだ理解できる。シンプルに親切などこかの誰かが植えた木が実っているか、もしくは植物を操る厄獣が木を生やしたというだけの話だ。
だが、今まさにこの北区に起きている現象はそれでは説明がつかない。
なぜなら――木に成っているのは果物ではなく、すでに完成している料理だからだ。
「ハンバーガーが成る木なんて初めて見ました。あっちの木にはオムライスも成っています。タマキ後輩、トコヨ市の外では一般的な光景なのでしょうか」
「そんなわけないでしょう。俺だって見たことありませんよ。こんな常識外れなもの……」
あまりに現実離れした状況に、シータはテーマパークに来た子供のようにそわそわと窓の外に目を向け、タマキもどうやってこの事態を飲み込めばいいのか分からず、ただ車窓からの風景を呆然と見るばかりだ。
ココはそんな2人に、バックミラーごしに保護者のような目を向けた後、本題に入った。
「犯人について私の中では見当がついているけれど、ここは一度タマキくんの見解を聞かせてもらえるかな?」
「えっ?」
ハッと我に返ったタマキに、ココは面白そうに目を細める。
「今日は君が中心になるって言ったでしょ? これもまた研修の一環だよ。ほら、思ったことを言ってごらん」
「はあ」
タマキは戸惑いつつも、常識ではありえない光景に目を向けて考え出した。
「これは、何らかの神の仕業なんですよね」
「うん。私はそう見てる。ちなみに、どんな神様か分かる?」
「すみません、神話や伝説には疎くて……」
申し訳なさそうに言うタマキに、ココは運転しながらヒントを出した。
「じゃあ、どんな性質を持った神様かって考えてごらん。手がかりは、食べ物を出現させているって状況だよ」
「食べ物を……もしかして、豊穣神ですか?」
豊穣神とは、古今東西の神話に登場する作物の実りを司る神だ。ココはタマキの推理を引き継ぐように続けた。
「ギリシア神話のデメテル、ヒンドゥー神話のラクシュミー。日本においては、有名どころだとウカノミタマ――お稲荷さんがあるね」
ハンドルを握っている指を順番に伸ばし、ココは説明する。タマキは重ねて尋ねた。
「では、今回の犯人はそのウカノミタマなのでしょうか」
「いんや、ウカノミタマにはこのトコヨ市の豊穣を管理してもらってるから、多分違うだろうね。結構、決まり事に厳しい性格だから、騒ぎを起こすなら、律儀に市役所に申請を出してからにするだろうし」
含みを持たせてココはそう言う。タマキは顎に手を置いて考え込んだ。
「では、他国の豊穣神が……?」
「そう結論を急ぐものじゃないよ。日本には他にも豊穣神が存在する。神饌を司るトヨウケ、民に穀物をもたらしたオオゲツヒメ。……さて、タマキくんはどちらが犯人だと思う?」
なぞなぞのような気軽さで、ココはタマキに問いかける。一方のタマキは困り果てた顔をすると、手がかりを探して窓の向こうに目を向けた。
町中に実った食べ物を、身なりがあまりよくない人間や厄獣たちが嬉々として食べている。十分な量が確保されているので、食べ物の取り合いによるトラブルも起きていない。
「美味しそうですね。みんな喜んでいます」
「そうですね、本当に……」
この世に極楽というものが実在するならば、あるいはこんな光景のことを指すのかもしれない。そう思えるほど、町の雰囲気は平和に満ちていた。
見るからに貧しい見た目をしている市民たちの笑顔を、タマキは複雑な表情で眺めて答えた。
「ココさん、この騒ぎは、貧困に喘ぐ北区市民を救うために起こされたものではないでしょうか」
「うん、ご名答。私も同じ意見だよ。つまり、犯人はどっちかな?」
推理ドラマのいじわるな探偵役のように、ココは目を細める。タマキはそんなココのことをバカ正直に、バックミラーごしに見つめ返した。
「……犯人はオオゲツヒメ。なぜならオオゲツヒメは、民のための豊穣神だから」
「正解。あとで花丸をあげようね」
子供を相手にするように、ココはおどけてみせる。タマキは曖昧な笑みで返した。
「真相はこうだ。オオゲツヒメは市役所の許可を得ずに、神通力を使って炊き出しを行っている。その影響を受けて、ただの水道水がオレンジジュースとなり、東区に流れ込んでいた、と」
すらすらと推理を述べたココに、それまで車窓からの景色に夢中になっていたシータが口を挟む。
「志は素晴らしいですが、はた迷惑な方ですね」
「ホントにね。早いところ事実関係を確認して炊き出しを止めさせないと」
ため息交じりにそう言うココに、タマキは複雑な表情になった。その顔の変化をめざとく察知し、シータはずいっとタマキに顔を寄せる。
「タマキ後輩、何か言いたいことがあるんですか?」
「え?」
「言いたいことがあるならすぐに口に出すべきです。僕のように」
ふんふんと鼻息荒く、偉そうにシータは言う。タマキは思わずそれを否定した。
「いや、あなたは言いたいことをすぐに口に出しすぎですが」
「えっ」
「……いえ、そうですよね。言いたいことを口に出すべきなのはその通りです。お気遣いいただいてありがとうございます」
「タマキ後輩、今僕のことを貶しましたか?」
「気のせいでしょう」
「なんだ、気のせいですか。では仕方ありませんね」
少し心配になるぐらいあっさりと納得し、シータはタマキから離れていく。タマキは気を取り直すと、胸の中に浮かんだ疑問を口にした。
「ココさん、本当にこの行為を止めさせる必要はあるんでしょうか? 確かにオレンジジュースの件はどうにかしないといけないですが、貧しい市民を救えているのなら、炊き出し自体は続けてもらってもいいんじゃ……」
「ああ、それねー……。確かに、公的な市の施策の一環としてやってもらうのも手なんだよ。代償さえ払っていなければの話だけど」
「代償?」
ココが口にした剣呑な単語をそのまま繰り返し、タマキは眉をひそめる。そんなタマキに答えたのは、シータだった。
「タマキ後輩、オオゲツヒメはどうやって民に穀物をもたらしたか分かりますか? 分からないようであれば説明します」
しゃくに障る言い方だが、いちいちそれを咎めていては話が進まない。タマキは不満をぐっと堪えると、唸るように答えた。
「……説明をお願いします」