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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【03】無許可の集会はご遠慮ください
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第19話 水道からオレンジジュースが出たらしいです

 給湯室に緊急招集された厄獣対策室の面々の前で、安穏はこほんと咳払いをした。


「――というわけで、水道からオレンジジュースが出るようになったわけだけど」


「いや、どういうことですか」


 狂った状況を平然と口にする安穏に、タマキは思わずツッコミを入れる。安穏は乾いた笑いを浮かべた。


「あはは……非日常的な事件が起きるのがこの町の日常だからねぇ」


「そして、それを解決するのが僕たちの仕事ですよ、タマキ後輩」


 シータはそうやって付け加えながら、マグカップを傾けた。中に入っているのはオレンジ色の液体――くだんの水道から出るようになったというオレンジジュースだ。


「美味しいです。多分果汁100パーセントですね」


 ほのぼのと味の感想を述べるシータに、安穏は悲鳴のように叫ぶ。


「ちょっとぉ!? まだ安全も確かめてないのに飲まないでよ!?」


「今確かめました。タマキ後輩もいかがですか? 美味しいですよ」


「いえ、俺は……」


「何故ですか。先輩のオレンジジュースが飲めないって言うんですか」


「パワハラ仕草やめてください」


 ほのぼのと会話を脱線させていくタマキとシータに、安穏は大げさな身振りをしながら割り込んだ。


「そういう問題じゃなくてさぁ! 君に何かあったら僕の首が飛ぶんだからね!?」


 我関せずとマグカップでコーヒーを飲んでいたココがけらけらと笑う。


「アハハ、シータくんのママたちに文字通り首をちょんぎられて、畑の肥料になるでしょうねぇ。成仏してください、室長。南無南無」


「ココちゃんも脱線させないで! 馬鹿みたいな事件だけど、こういうのに限って重要な事件に繋がったりするんだからね!?」


 安穏は憤慨していると体全体で表現したが、彼の話がまともに聞いてもらえるまでさらに数分を要した。


 ようやく雑談を終わらせてくれた三人を前に、安穏は声を張る。


「えー、みんなが静かになるまで四分かかりました! もう! いい加減、話を進めるからね! いいね!?」


「はい!」


「はーい」


「分かりました」


 思い思いに返事をする三人に、安穏は頭痛をこらえながらも話し始める。


「まったく……。今回の事案の情報をまとめると、市役所の水道水が全てオレンジジュースになってしまったという一言に尽きるわけだけど……。そうだな、練習も兼ねて、タマキくんならどうやってこの事案に対応するか考えてみてくれる?」


「えっ、俺ですか?」


 急に話を振られて、戸惑いながらもタマキは考える。


 まだ現場を見たわけではないが、全ての水道からオレンジジュースが出るようになったということは、原因は蛇口にあるわけではなく、市役所の外にあると考えるのが自然だ。


「まずは、そのオレンジジュースがどこから流れてきているか調べるべきだと思います。タンクだとか浄水場だとかを当たれば、原因が分かるのではと」


「うん、その通り。初動の対応としては満点だね」


 タマキの見解を安穏は穏やかに肯定する。素直に褒められたタマキはむずがゆそうに唇に力を入れる。


「まあ、そもそもこういうのは本来、環境課の管轄だから、僕たちは要請を受けるまではいつも通り通常業務をすればいいんだけどね!」


 明るく言い放つ安穏に対し、一呼吸置いてからシータは言った。


「室長、そういうのはフラグと言うそうですよ」


 その時、安穏の胸ポケットからガラケーの着信音が鳴り響いた。安穏は電話相手を確認すると、情けない表情になりながら電話に出た。


「はい、厄獣対策室、安穏です……はい、はい、かしこまりました……いえいえ、不満なんてありません……はい……」


 時間にして二分ほどの通話が終わり、安穏は通話終了ボタンを押す。それから、うんざりとした顔を隠さずに、三人に向かい合った。


「悪い知らせだよ、みんな。オレンジジュースの件で、総合窓口課に苦情の電話が殺到してる上に、本来の担当の環境課はその苦情対応でパンクしてるらしい。その上、僕たち以外の生活安全課は『食人植物』の対応で追われてる。つまり……」


 安穏はそこで言葉を切ると、顔を覆って嘆きの声を上げた。


「水道オレンジジュース事件は、完全にうちの単独の仕事になりました! こんなのばっかりもうやだー!」


 大げさに嘆き悲しむ安穏に、ココは無責任に言う。


「まあまあ、室長。せっかくタマキくんが行動指針を出してくれたわけですし。今回はタマキくん中心でやりましょうよ!」


「えっ」


「それがいいですね。タマキ後輩、仕事が出来るというアピールチャンスですよ」


「えっ?」


 困惑するタマキを完全に置き去りにして、シータもその提案に乗る。安穏は複雑な顔をしながらタマキを見た。


「うーん、確かに練習としてはちょうど良い難易度かもしれないし……生死にもかかわりそうにないし……。タマキくんどうする? やってみる?」


 控えめに尋ねてくる安穏に、タマキは腹の底からやる気が湧き出てくるのを感じた。


 上官に褒められ、期待もかけられている。これ以上嬉しいことはない。


 それが洗脳教育によって植え付けられた価値観だと理性では分かっていても、タマキは反射的に喜びを覚えずにはいられなかった。


「やります! やらせてください!」

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