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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【03】無許可の集会はご遠慮ください
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第18話 感情で物事は解決しません

 昼休憩のためにタマキが向かったのは、市役所内にある市民食堂だ。


 メニューは豊富とは言いがたいが、市役所職員であれば職員証を提示すれば、無料で日替わり定食を食べることができる。


 また、この食堂は一般市民にも開放されており、条件付きではあるが困窮した市民にも安価で食事を提供している。


 そんな事情が重なり、市民食堂はいつも混雑しているのだった。


「俺が先に並んでたんだぞ! 横入りすんなよ!」


「はあ!? でたらめ言わないでよ!」


「まあまあまあ、お二人ともそれぐらいで」


 注文の列で起きている小競り合いを、居合わせたらしい職員が仲裁している。そんな様子を遠目で見ながら、タマキはどうしたものかと考えていた。


 この町に来たばかりのタマキには、給料日まで生きていけるだけの手当が市役所から支給されている。だから、別に食堂ではなくても、市役所から出て外食をしても問題は無い。


 だが、つい先日ファミレスで体験したこの町の治安の悪さを考えると、いくら混雑して罵声が飛び交っていても、市民食堂のほうがまだマシだ。少なくとも暴力沙汰で食事を妨害されることはないので。


 それでも食事を時間内に取れるかどうか怪しい現状にどうするべきかと逡巡していたその時、タマキの足下から少女の震えた声が聞こえてきた。


「あ、あの、おにいちゃん……」


「うん?」


 見下ろすと、そこにいたのは初日に出会ったチカという少女だった。チカは緊張からか、せわしなく辺りを気にしながら、タマキの袖を掴んでこちらを見上げていた。


「君は……チカちゃんだったね。どうかしたの?」


 しゃがみ込み、視線を合わせてタマキは問いかける。対するチカは大きく体を震わせて、何かを言おうと口を動かしかけた。


「あのね、わ、私……!」


「ああ、チカちゃん! こんなところにいたんですね!」


 わざとらしく声を上げながらやってきた男に、タマキは咄嗟にチカを庇って立ち上がる。


「どなたですか? この子の親族の方ではないですよね」


「親族ではなくても保護者ではありますよ。はい、こちらをご覧ください」


 胡散臭い男が手渡してきたのは、一枚の名刺だった。


 トコヨ第二製薬、総務部部長、益代ますしろユタカ。


「うちはトコヨモーターの関連企業でして。ご存じでしょう? あのトコヨモーターですよ」


「……トコヨモーターの関係者だとしても、こんなに怯えている彼女をみすみす引き渡すわけにはいきません」


「おや、怯えているわけではありませんよ。彼女のそれは、ただの【飢餓】の発作です」


「発作? ですが、彼女にはプレートが……」


 改めてチカを観察すると、確かに周囲に向けている目が捕食者のそれになっているようにも見える。だが、彼女の胸元には【飢餓】のプレートはつけられていなかった。


 そのことを怪訝に思っていることを察したのか、ユタカは大げさな身振りをしながら釈明した。


「ええ、実はこの町に来た時に申請から漏れていたようで。今日はその申請のために、改めて市役所に来たというわけですよ。そうですよね、チカちゃん?」


「えっ、う、うん……」


 明らかにつっかえながらチカはユタカに答える。タマキはさらに警戒を強めたが、ユタカは余裕の表情だ。


「ほら、チカちゃん。いつまでそうしているんですか。【飢餓】でその方を食い殺したいんですか?」


「っ……!」


 チカは息を呑むと、今まで掴んでいたタマキの袖から手を離し、慌ててこちらと距離を取った。


「ご、ごめんなさい、おにいちゃん、もう大丈夫……」


「でも、チカちゃん」


「大丈夫だからっ……!」


 チカは強く拒絶の言葉を吐くと、タマキから離れて、ユタカのそばへと行った。ユタカはそんなチカの手を強引に握ると、軽く会釈をしてから、引きずるように彼女を連れ去っていった。


 残されたのは、それを止めることができなかったタマキだけだ。


 引き留めようと伸ばしかけた手をだらりと下ろし、タマキは苦い顔で俯く。


 間違いなく、あの二人は良好な関係ではないのだろう。だが、今の自分は一体どうすればよかった?


 トコヨモーターと諍いを起こすことになるとしても、無理矢理保護するべきだったのでは?


 いや、一時の感情のまま動いて、同僚に迷惑をかけたばかりじゃないか。今の自分はただの地方公務員だ。彼女のためにできることなんて――


「ターマキくんっ! そんなとこで固まってどうしたの? お腹でも下した?」


「ココ先輩……」


 下から覗き込むように声をかけられ、タマキはハッと正気に戻る。どうやら自然と廊下の中央に棒立ちになっていたせいで、通りすがった職員や市民に怪訝な目を向けられていたようだ。


「もしかして社会人デビューしてストレスたまっちゃった!? そういうときは一応、専用の相談窓口があるから――」


「い、いえ、そうではなく……」


 タマキは、今し方あった出来事とともに、胸の中のモヤモヤをココに吐き出した。


 それら全てを聞き終わったココは、ふむ、とか言いながら一人で腕を組む。


「あー、なるほど。モーターの関連企業の連中ね。あいつらが身寄りの少ない市民を保護してるのは本当だよ。慈善活動ってやつ。内実がどうなってるのかは分かんないけど、母体がモーターのせいで下手に介入できないの」


「そう、なんですね……」


「でも今の出来事は福祉課に伝えておくよ。そういうのに対処するための協定条項もあるし! そんなに凹むなって!」


「はい……」


 バシバシと背中を叩かれて、タマキはよろめきながらなんとか頷く。ココはそんなタマキの中のやるせなさを吹き飛ばすように、さらに何度も肩を叩きながら話を変えた。


「それより、運が無かったね。食堂、臨時休業になったんでしょ? 困るよねー。あーあ、私もどこでお昼食べよっかなー」


「え?」


 予想外のココの言葉に、タマキは慌てていつの間にか食堂の前に立ててあった看板に駆け寄った。




 本日臨時休業。

 理由:水道からオレンジジュースが出るようになったため。




「……は?」

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