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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【02】警告には速やかに従いましょう
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第16話 陰謀が忍び寄っているようです

 植物の中に通っていた体液が風船を割ったかのように飛び散り、タマキを含めて店中が蛍光ピンク色に染まる。


「ひぃぃ!」


「きったないな!」


 まだ待避していなかった市民が二次被害を被り、全身ピンク色になる。逃げ遅れたわけではなく野次馬根性で現場に残っていたので、同情の余地はない。


「もっとうまくやれよ、バーカ!」


「そうだそうだ!」


 図々しく文句を言う彼らを無視し、細切れになった対象が完全に沈黙したのを確認した後、タマキは慌てて筒状の捕食器へと駆け寄った。


「シータさん!」


 攻撃を当てないように細心の注意を払った甲斐があり、筒は無傷のまま地面に転がっていた。タマキはその蓋部分をこじ開けると、中にいた被害者たちを全て引きずり出した。


「くそっ、ひどい目にあったぜ……」


「今日はついてないなー」


 そうやってのんきに言いながら市民たちはさっさと帰っていく。この程度の災難はトコヨ市ではよくあることなので。


 そんな彼らを無視して、タマキはシータへと駆け寄る。シータは地面に転がったまま、ぴくりとも動かない。


「シータさん、しっかりしてください!」


 抱き起こしても、半分だけ開いた目でぼんやりと宙を見るばかりで、生気を一切感じない。最悪の事態が起きてしまったと悟り、タマキは目を潤ませて脱力する。


「シータさん……そんな……」


 鼻を小さくすすり、もう一度シータの名前を呼ぶ。


 すると、シータの体はびくっと震え、何度も瞬きをした後に口を開いた。


「タマキ後輩、ピンク色でひどい格好ですね。そういうファッションですか? 洗濯をおすすめします」


「なっ……!」


 驚きと動揺でタマキはシータの体を落とす。ごつん、とかなり痛そうな音を立ててシータは床に落下した。


 シータは頭を押さえて起き上がりながら、そっぽを向いて目元をこするタマキのことを観察し、ぽんっと手を打った。


「僕が死んだと思って泣いてくれたんですか? ありがとうございます」


「ち、違います! 紛らわしいことしないでください!」


「わざとではありません。死んだように寝るのが僕の特技なので」


「嫌な特技ですね、本当に!」


「母にもよく言われました。心臓に悪いと」


 飄々と答えるシータに、タマキは助けて損したような気分にすらなりながら、大きく息を吐く。一方のシータは、自分が漬け込まれていた消化用の粘液を不思議そうに確認していた。


「タマキ後輩」


「……何でしょう」


「この粘液、人を消化するにしては即効性が薄いとは思いませんか」


「え?」


 何を言われたのか分かっていないタマキに、シータは救出された被害者たちを指さす。


「見てください。捕食された被害者たちは、全員五体満足で救出されています。投げ入れられたショックで意識を失った僕以外、気を失っていた方もいません」


「確かにそうみたいですが……それがどうかしたんですか?」


「考えてもみてください。人間サイズの生き物を捕食するのなら、毒でも使ってその場で仕留めないと内側から反撃を食らいます。加えて、この植物には【舌禍】が効かなかったんです」


 重々しく言うシータに、タマキも深刻な面持ちになって話を聞き始める。


「【舌禍】はある程度知能がある存在にしか効果がありません。【舌禍】が効かなかったということは、この植物自体に知能はほとんどないということになります。そんな存在がわざわざ獲物を、健康に生かしたまま捕らえて持ち帰ると思いますか?」


「それは……あり得ませんね、奇妙な習性を持っているのであれば納得できますが」


「僕たち市役所とトコヨモーターが揃って探しても、今までこの植物の正体は掴めていないんです。完全な新種と考えるのが自然です」


「……つまり?」


 シータはそこで言葉を切り、タマキに顔を近づけ、声を潜めて言った。


「この食人植物は、何らかの目的で、何者かに品種改良されてコントロールされた植物というのが僕の見立てです」


 至近距離で述べられた見解に、タマキはごくりと唾を飲み込む。


「目的、ですか」


「はい。たとえば――生きたまま市民を誘拐するため、だとか」


 一層声を潜めて、シータは推理を口にする。それがあまり公に噂されるとまずい情報であることぐらいタマキにも分かった。


 タマキは黙ったままシータと顔を見合わせた。


 そのまま沈黙する二人の間に割り込んだのは、遠慮がちに背後から声をかけてきた店長らしき男だった。


「あのー、市役所の方ですよね? こちら、お二人が暴れて壊れた備品の請求書です」


「え?」


 いつの間に作成したのか、店長の手には備品の一覧とその総額が書かれた請求書があった。少しの沈黙の後、シータは手を打った。


「しまった。警告義務を忘れていました。警告義務を果たさないと、損害の請求が市役所にいくんです」


「え?」


 タマキの背に一気に冷や汗が流れる。


 請求書に書かれている金額は、到底一般人がポケットマネーから出せるようなものではない。トコヨ市の物価がどうなっているかは分からないが、外と大して変わらないようであれば、借金地獄に陥ることは間違いない。


 タマキは震える声でシータに尋ねた。


「経費で、落ちますかね……」


「どうでしょう……」


 シータも珍しく動揺した面持ちで請求書を眺めている。


 だが、ふと何かに気づいた仕草をすると、シータはあっさりと請求書を店長から受け取った。


「とりあえず請求書は受け取っておきましょう。払うのは僕たちではありませんし」


「それもそうですね」


 もし安穏室長が聞いていたら、怒りと絶望と衝撃で内側から爆発しそうになるようなやりとりを和やかに交わし、ついでと言わんばかりにシータは付け加えた。


「あ、お子様ランチ二点の精算もよろしくお願いします。領収書の宛名はトコヨ市役所で」

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