第15話 植物は周囲の全てを捕食しています
食人植物たちは器用に蔓を使って客を捕まえては、捕食器の中に次々と放り込んでいる。客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う者もいれば、好戦的に目を光らせて食人植物に立ち向かう者もいた。
「人間も厄獣もおかまいなしのようですね」
転がってきたお盆で頭を守りながら、シータはぼんやりと言う。
対照的に、タマキはいつでも飛び出せるように身構えていた。その全身には緊張がみなぎり、引き絞られた矢のように少しの刺激で暴発してしまいそうなほどだ。
「あいつら、捕食できれば何でもいいんでしょうね。……どうしますか?」
「静観するわけにはいきませんね。僕たちは市役所職員ですから」
シータは腰に吊っていたメガホンを手に持ち、逆側のベルトに吊っていた拳銃をタマキに手渡した。
「どうぞ、タマキ後輩」
「えっ」
「対象はすでに市民に危害を加えているため、現場判断での殺処分が許可されています。遠慮無くやっちゃってください」
平然と放たれたあまりに物騒な発言に、タマキは渋い顔になる。
「……なんだか、初日とはスタンスが違いすぎませんか?」
「ケースバイケースというやつです。守るべき者は守り、排除すべき者は排除する。そうしなければ、この町の危うい均衡は保てません」
言わんとするところは分かるが、いまいち納得できていないタマキに、シータは少し考えた後、ぎこちなく口の端を上げた。好意的に解釈すれば、挑戦的な笑顔に見えなくもない表情だ。
「それとも、怖じ気づきましたか?」
数秒かけて発破をかけるための言葉を言われただと理解し、タマキはぽかんと口を開ける。
「あなた、意識して挑発もできるんですね。驚きました」
「むっ。傷つきました。謝罪を求めます」
「ははっ、この修羅場を脱したら考えますよ」
緩いやりとりをしているうちに、過剰な緊張がほぐれ、タマキは余裕を持って敵性存在を見据える。
敵は三体。ウツボカヅラのような植物が一体。その左右に、花弁の中央に口を持った植物がまるで腕のように動き回り、逃げ惑う市民を片っ端から捕まえては中央のウツボカヅラの筒の中へと投げ入れている。
司令塔は恐らく、中央の一体だろう。とにかく、市民を捕らえているあの筒をなんとかするのが先決だ。
「僕が【舌禍】で奴らの動きを止めます。その隙に、まずは市民の救出を」
「分かりました」
タマキが頷くのを確認すると、シータは頷き返しながら、自分たちだけに見えるように指を三本立てた。
「いきますよ。三、二、いち――」
最後の指が折り曲げられた瞬間、タマキは食人植物のほうへと飛び出した。やや遅れてシータが立ち上がり、指向性を持たせたスピーカーを通じて【舌禍】を行使する。
「――【動くな】」
【舌禍】を正面から受けた食人植物たちは、その力によって一時的に動きを止める――はずだった。
「あれっ?」
間抜けな声を上げたシータは素早く伸びてきた花に捕まり、宙づりにされる。中央の食人植物に組み付こうとしていたタマキは、予想外の敵の動きにシータを振り返った。
「シータさん!? ぐっ……!」
その隙をつくように、縦横無尽に動き回る蔦がタマキの体を横薙ぎに弾き飛ばす。
一方、シータは逆さまに吊り下げられながらも、再び【舌禍】を使おうとスピーカーを構えた。
だが食人植物はそんなことは一切気にせずに彼を宙に放り上げると、まるでピーナッツを投げて食べるような仕草で、中央の筒の中へと投げ込んだ。
直後に筒の蓋が閉じ、シータの姿は完全に見えなくなる。
「シータさん!」
なんとか体勢を立て直したタマキは、今し方シータを捕食した食人植物へと呼びかける。だが、シータの返事はなかった。
気を失っているのか、それともすでにドロドロに消化されて――
頭をよぎった最悪の想像を振り払い、タマキは目の前の敵を見据える。
折角シータから渡された拳銃だったが、こんな相手には使いようがなかった。様子をうかがう限り、一撃を当てれば倒せるような急所と呼べる場所は見当たらない。
だが、拳銃以外にも自分には厄獣としての能力という武器がある。どこを切れば止まるのかは分からないが、周囲の被害を考えなければ、対象を倒すこと自体は、できる。
でも、とタマキは考える。
まだ捕食された市民たちが生きている可能性がある以上、見捨てることはできない。たとえ人間ではない市民が混じっていてもそれは同じだ。
何より、ここでシータが食べられただなんてことになったら、目覚めが悪すぎる。
筒の内側で、誰かが助けを求めるように蠢いた気がした。
「……集中しろ、できるはずだ」
食人植物を正面からにらみつけながら、タマキは己の中の厄獣の血を喚起する。【飢餓】を薬で抑え込んだ直後だということもあり、行使できる力には限りがあった。
だが逆に、その方がコントロールが効くというものだ。
タマキは身構えたまま一歩も動かず、大気中に『不可視の刃』を設置していく。
どこを切れば動かなくなるか分からないのなら、一瞬で全体を細切れにしてしまえばいい。ただし――人質たちには一切傷をつけずに。
牽制するようににらみつけてくるタマキを無視して、食人植物は根の部分を器用に使って、どこかに去ろうとしている。
「逃がすかっ……!」
己の中に流れる厄獣の血。
吹き抜け、目にも留まらぬ勢いで対象を切りつける風の刃。
――カマイタチ。
「斬れ!」
タマキの号令で全ての刃が振り下ろされ、食人植物は悲鳴すら上げられないまま一瞬で細切れになった。