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厄獣指定都市の地方公務員  作者: 黄鱗きいろ
第一幕【02】警告には速やかに従いましょう
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第13話 ファミレスは治安が悪いものです

 十数分後、タマキとシータは、一緒になってファミレスでメニュー表を覗き込んでいた。


「タマキ後輩にとっては初めてのお店ですし、オススメを教えてさしあげます。僕の一押しはお子様ランチです。量が少なくて美味しいですよ」


「はあ、そうなんですね……?」


 タマキはメニュー表からほんの少し顔を上げて、落ち着かない視線を店内に向ける。その先に広がっているのは、場末のバーよりも混沌とした光景だった。


「おいおい酒が足りねえぞ、酒が!」


「そうだぞ! もっと持ってこい!」


「はあ? うるさいですよお客様。ここはテメェらのような脳漿が酒になってるクズ大人のための店じゃないんですよ。ファミリー向けのお子様ミルクで満足できないなら、さっさとおうちに帰りなクソ野郎」


「ああ!?」


「やんのかコラァ!」


 机がひっくり返され、食器が宙を舞う。周囲の客たちは我関せずという顔で食事を続けている者もいれば、有志が胴元になって喧嘩の行方を巡って賭けを始めている者もいる。


 吹っ飛んできたスプーンを首を竦めて避けながら、タマキは頬を引きつらせた。


「ち、治安が悪い店なんですね……」


「ファミレスの売りは安価で庶民派なことですからね。こういうこともあります」


「俺の知っているファミレスと違うような……」


「そうなんですか? 外のファミレスはどんな感じなんですか? ぜひ聞かせてほしいです、タマキ後輩」


 妙なところに食いつかれて話題が逸れそうになったタイミングで、電話で離席していた安穏がちょうど戻ってきた。


「ひぇー、やっぱりここ客層最悪だよ……」


「室長」


「お疲れ様です!」


 上官を目にしたタマキは、反射的に敬礼をする。安穏は苦笑いをした後、そんなタマキの死角から飛来したフォークを、シータが持っていたメニュー表をひょいと取り上げてガードした。


 カンッという音と共にフォークは弾かれ、床に落ちる。


「危ないなあもう……食事どころの話じゃないって……。あ、タマキくん勘違いしないでね! トコヨ市はこんな店ばっかりじゃないから! ここは特別治安が悪いんだよ! 誤解しないでね!」


「は、はあ……」


 さらりと行われた防御行動に、咄嗟にお礼を言うことすらできずに、タマキはドン引きの表情を浮かべる。安穏は気まずそうに苦笑いをした後、メニュー表をシータの手に戻した。


「ともあれ、お待たせしちゃってごめんね、実は急ぎの用事で呼び出されちゃってさ。昼休憩も兼ねて君たちはここで食べていきなよ。ここの会計は出張経費でいいから」


「えっ」


「わかりました。ごちそうさまです」


「ただし領収書はちゃんともらうこと! 経理に怒られたくないならね! 約束だよ!?」


 そうやって何度も念押ししてから、安穏はそそくさと店を後にした。


 残されたのは、浮かれた様子でメニューを説明するシータと、状況についていけずに挙動不審になるタマキだけだ。


 つい先ほど大きな失態をしたばかりだというのに、その失態を叱責される前に上官がどこかに行ってしまったのだ。居心地が悪いと感じるのも無理はない。


 何を言うべきかも分からずに無言のままメニュー表を目で追っていると、隣のシータが不意に店員を呼び止めた。


「すみません、店員さん。お子様ランチ二つで」


「えっ」


「かしこまりました。お子様ランチ二つですね」


「えっ!?」


 勝手に自分の分を頼まれたと悟った時には、店員は早足で歩き始めていた。そんな店員の尻をゴロツキが触り、流れるような動きでバインダーで頭をぶん殴られたのを見送り、タマキは浮かしかけた腰を座席に戻した。


 呆然としているタマキに、シータは平然と言う。


「タマキ後輩が迷っているようだったので、お子様ランチを選びました。感謝してください」


「か、勝手に決めないでください……!」


 店員にお子様ランチを食べたいと思われたという事実と、近い未来に自分の目の前にお子様ランチが運ばれてくるという羞恥に、タマキは軽くシータをにらみつける。


 対するシータは、こてんと首をかしげた。


「あまり長居すると命に関わりますので。味は美味しいお店なのですが」


「ぐうっ……」


 ある程度、理の通った判断だったと知り、タマキは何も言えなくなって唸る。遠くでまたごろつきが騒ぐ音が聞こえた。


 そのまま沈黙が続くこと数分。


 居心地の悪さをごまかすように窓の外に目をやると、つい先ほど映画さながらのカーチェイスが起こっていたとは思えないほど、騒がしくも穏やかな町の姿があった。


 つまりは、血の気の多い市民たちがギリギリを攻めた運転をするせいで、数秒おきにどこかで小競り合いが起きているという意味だが。


 それを眺めているうちにようやく平常心を取り戻したタマキは、シータに向き直って頭を下げた。


「シータさん」


「はい」


「先ほどはすみませんでした。危ないところを助けていただいて……自分が情けないです」


 深々と頭を下げるタマキの後頭部をシータはじっと見つめた後、不思議そうに答えた。


「タマキ後輩、そういうときは謝罪ではなく感謝を言うべきですよ。母からそう習いました」


「うっ、そう、ですね。……助けてくださって、ありがとうございます」


 言い方のせいで釈然としない思いを抱きながらも、タマキは改めて礼を言う。シータは、ふふんと誇らしそうに鼻を鳴らした。


 それを複雑に思いながら、タマキは気になっていたことを口にする。


「先ほど言っていたシータさんのお母様って、もしかして育て親の……」


「はい。育て親の厄獣です。ウブメドリという種族で、捨て子を拾って育てる習性があるんです」


「捨て子……」


 想像以上に重い事情をさらりと話され、タマキは思わず口をつぐむ。


 その時、ちょうどお子様ランチが運ばれてきた。


「お子様ランチのお客様ぁ」


「はい、僕たちです」


 目の前に一つずつお子様ランチを置かれ、タマキは苦い顔になる。被害妄想かもしれないが、店員が含み笑いしているようにも感じた。


 店員が去っていくのをしっかりと待ってから、タマキはシータに話を振る。

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