第12話 カーチェイスは突然始まります
跳ねるように公道に出た車は、何度も蛇行して背後からの発砲をすんでのところで避けていく。行き交う車たちは慣れた様子で次々と路肩に避難し、突然始まったカーチェイスから身を守っていた。
シータはタマキを踏みつけるような形で後部座席でひっくり返っていたが、ふと考え込むような仕草をすると、タマキを踏んだまま、運転席のほうへと顔を覗かせた。
「室長」
「なに、シータくん!?」
「反撃しますか?」
「してもいいけど、警告義務は果たしてね!?」
「了解しました」
平然とした表情で承ったシータは、ふと自分の下敷きになっているタマキを見下ろした。
「タマキ後輩、いつまで寝ているんですか。反撃の時間ですよ」
「はあっ……!?」
今まさに踏みつけてきている本人にそんなことを言われ、タマキは言葉を失う。
そんなタマキの様子を意にも介さず、シータは助手席の後ろに備え付けてあったメガホンを手に取ると、ちょうど後部座席の上部にあたるサンルーフを開いた。
「タマキ後輩。今から追っ手の方々に警告義務を果たします」
「は?」
「ちゃんと警告した上で反撃しないと始末書ものなんです。僕が顔を出して警告するので、タマキ後輩は僕が転ばないように支えていてください」
「ま、待ってください、そんな危険なことなら、俺が」
「ではいきますよ」
タマキの制止を一切聞かずに、シータはかぱっと開いたサンルーフから身を乗り出して、今まさに迫ってきている追っ手に向かってメガホンを向けた。
「こちらは、は――トコヨ市役所生活安全課、か――厄獣対策室です、す、す――」
よくある田舎の広報車のような反響をさせながら、シータはマニュアル通りの警告を口にする。タマキは唖然とそれを見ていたが、段差を踏んだ車輪が大きく跳ねたのをきっかけに、慌ててシータの体が倒れないように、彼の胴にしがみつくようにして支えた。
「追跡中の皆さん、ん――五芒協定7条に則り、り――これより威嚇攻撃を行います、す、す――なお、この威嚇攻撃で失われたあらゆる財産について、て――当局は一切の責任を追いません、ん、ん――」
単調なしゃべり方のせいで、録音されたアナウンスのように聞こえる警告を全て終え、しばらく追っ手の出方を伺った後、シータはするりと車内へと戻ってきた。
「ただいま戻りました。風が強くて涼しかったです」
「そんな悠長に言っている場合ですか!?」
一仕事終えたという顔でちょこんと座るシータに、タマキは焦りから声を荒げる。
「大丈夫ですよ。ほら、後ろを見てください」
「え?」
バックミラーを指さすシータにつられて、タマキは鏡に目を向ける。そこには、これまで明確な殺意を持って追いかけてきていた車両たちが、次々に退散していく姿が映っていた。
「僕は『舌禍』ですから。僕に止まれと言われたら、彼らには勝ち目はありません。彼らもバカではありませんので」
「ああなるほど……」
彼らがおとなしく退却していったことに納得し、なんとか修羅場を脱したのだとタマキは息を吐く。
そんなタマキに、ハンドルを握っている安穏は厳しい目を向けた。
「タマキくん。詳しく説明していなかった僕も悪いけど、こういうのはダメだからね。後でお説教だからね」
「……はい、申し訳ありませんでした」
タマキは大人しく頭を下げ、バックミラー越しにそれを見た安穏は仕方なさそうにため息をつく。
しばらく車内には失敗をしてしまった後の重苦しい空気が満ちていたが、お腹を軽く押さえたシータの能天気な一言が、軽々とそれを吹き飛ばした。
「室長、お腹が空きました。お子様ランチが食べたいです。お説教はそこでやりましょう」