「貴女を愛することはない」そう言った公爵令息に愛を教えてあげましょう!〜前世少女漫画家の腕が鳴ります!〜
よろしくお願いします。
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Sideナリア
「貴女を愛することはない」
そう口にしたのは、まだ幼いながらも美しさを湛えた少年アドニス。彼は公爵家のご令息だ。
肩口で切り揃えられた金糸のような髪と、ガラス細工の様な繊細さを持つ青い瞳。そんな美しい相貌を持ちながらも、笑顔はない。まるで蝋人形のように表情が抜け落ちてしまっている。
彼は、本日晴れて私の婚約者となった人。そしてここは両家顔合わせの場で豪奢な式場にて行われている。
ちなみに私はナリア。侯爵家の三女だ。艷やかな黒髪と白い肌に映える赤い唇が自慢。
私と彼は二人で外で遊んできなさいと言われたので、よく整えられた庭園を散策していた。先のセリフを耳にしたのはそんなときだった。
実は彼がそう言うことは知っていた。
知っていたが、目の前で口にされ、
「本当に言ったわ! 漫画みたい!」
とつい私がはしゃいでしまったのはご愛嬌。
彼はとある事情で、私どころか人を愛することができないのだ。
「マンガ? よくわからないけど……。ごめん。僕は人を愛することができないんだ」
ほら。
若干、俯いているので申し訳なさそうにしているようにも見えるけれど、相変わらず表情はない。
彼がこうなってしまったのは、彼の育ちに原因がある。家庭環境が複雑なのだ。
なぜ知っているのかというと、月並みな理由だけれど私には前世の記憶があるから。前世では私は少女漫画家として働く、少女漫画と恋愛小説大好きな女子だった。名前は姉川風花。
そして前世で読んでいたとある漫画と今の私の送っている人生は、生まれたときからほぼ同じ展開だったのだ。
別に売れている漫画でもなかったし大好きなわけでもなかった。題名すら忘れた。でも大事なのはそこじゃない。
その漫画の中では私は、この婚約者としての顔合わせのときからアドニス君に冷たい対応をされることで、次第に心を病んでしまっていくことになる。そして後に出てくるヒーロー枠の王子に求婚されハッピーエンドを迎えるという、実は主人公枠だ。
でも、残念ながらその王子はまったくタイプではなかった。なぜなら俺様オラオラ筋肉系だから。その手のタイプが嫌いなわけではない。恋愛漫画の中で出てくる分には十分に楽しめるのだが、自分の旦那様にするのはごめん蒙りたい。
私のタイプは前世でも現在でも、優しい美少年。そして少しばかり闇要素、もしくは病み要素があると尚いい。かといって幼児趣味でもないので元美少年の美青年と結婚できればいいと、前世では夢見ていた。
そこで今目の前に現れたのがアドニス君。婚約するのは知っていたけれど、実物を目の前にすると美し過ぎて目が潰れそうだ。
イケメン、闇あり、そしてまだお互い十歳なので、今は美少年そして結婚するときには美青年! ここまで条件が揃った相手に今後出会えるとも思えない。
たとえ冷たくされても、それはそれでご褒美だし私が病む気は全くない!
しかもアドニス君に愛とはなんぞやを教えてあげられて、彼を絶望から救ってあげられるなんて、垂涎の展開だ! 病んでる場合ではない。
「大丈夫です。貴方に愛を教えて差し上げます」
私はアドニス君の両手を両手で包み込み、私史上最高の笑みでそう伝えた。
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Sideアドニス
僕は公爵家の嫡男として生まれた。恵まれた生まれだと周りには言われているけれど、僕としては生まれてから今まで、ずっと牢獄の中にいるような暮らしだった。
僕は愛情のない家族で育った。愛を思い浮かべるときいつも苦痛が伴う。
母を恋慕って駆けつけた幼い頃。その手は扇子で振払われた。追いつけなくて転んだときも、手を差し伸べられることはなかった。
父は……。どうだろう。父に関しては痛みを伴う記憶はない。そもそも会うこともほとんどなかったのだから、父との記憶自体ほぼない。
あまり外に出させてもらえることもなく、ひたすらに部屋で勉強だけをする日々だった。おそらく学園などに通うことで友人を作ることを母が危惧したのだろう。
使用人たちも極力関わらないようにしていることを感じた。
幼い頃はわからなかったけれど、成長するにつれてなぜ僕がそのように周りに疎まれた環境にいるのか徐々にわかってきてた。
父は母ではない人を愛したらしい。愛妾としておいたその人を強く愛しすぎたがゆえ、母を蔑ろにした。
そのため母はひどく僕に固執した。世継の所有権を主張することによって自分の存在価値を主張したかったのだろう。
更に運が悪いことに、僕はなぜかその愛妾によく似ていた。血はつながっていないが、別段おかしな話ではない。父の好みによって正妻も愛妾も選ばれていたため、皆どこか似通っていたのだ。
薄めの金髪。白い肌。丸い輪郭。
そして愛妾は若妻でありさらに童顔だ。要素が似ていてどちらも幼くみえるため(僕は実際幼いのだけれど)、愛妾と僕は結果姉弟といって差し支えないくらいには似通ってしまった。
それは母にとって苦痛以外の何ものでもなかっただろう。憎い相手と我が子がそっくりなのだ。
しかし、愛妾は父によって手厚く保護されていたため関わることもできない。
その憎悪はそのまま僕に向き、僕を厳しくしつけることによって母の憂さ晴らしが行われた。
母の方針はこうだ。『責任を果たすためのみに生きるように』。『何かを偏って愛さないように』。その二つのルールから決してはみ出さないように僕に強いた。
「貴方は公爵家の息子なのよ。自分の欲を抑えて、責任を果たすために生きなさい」
母によくそう言われていた。言っていることは正論なのだろう。周りも、いきすぎた指導だと諌めることはできなかった。
中でも辛かったのは、偏愛を許されなかったこと。
少しでも好きなものができるとすぐ取り上げられるのだ。お気に入りの玩具。懐いていた乳母。親しい友人。
母は愛妾に入れ込む父のようになるのを恐れ、僕の性格を徹底的に矯正することに生きがいを感じていたように見えた。
反面、僕に対する愛情自体はなかったように思う。
ここまで来ると僕もようやくわかってくる。僕は誰も好きにならないほうがいいのだと。僕に、人を愛する資格はないのだと。
すべてに期待せずに生きてきたけれど、僕の災難はまだ続く。
『前世で漫画を書いていた』と訳のわからないことを言うご令嬢と結婚することになったのだ。
ついていないのにも程がある。
彼女の言う言葉のほとんどが意味がわからない。ただ、やたら元気だな、ぼんやりとそう思った。
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Sideナリア
作戦はすぐに実行したほうがいい。アドニス君がどんなことにときめくかわからないけれど、『とにかく数撃ちゃ当たる』戦法で、どんどんと私の恋愛ノウハウをぶつけていくことにした。
アドニス君を呼び出し、少女漫画のテンプレから、恋愛小説のテンプレ、果ては恋愛ドラマの定番。記憶にある限りの『あがる』シーンを次々と再現していった。
そのたびにアドニス君は困った顔をする。困ったのはこっちだと言いたい。なぜなら、その困った顔すら私の好みど真ん中なのだ。ドキドキさせるつもりが、こちらがドキドキしてしまう。
なかなか彼の心に刺さる展開は無いようだが、諦める必要はない。時間はまだまだあるのだから。
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Sideアドニス
「いい、そこで立っていてね?」
そういってナリアは口にパンをくわえて走ってくる。
そして角に立たされた僕にぶつかってきて、尻もちをついて倒れた。
「いたた〜」と言っているが、僕としては周りの侍女たちの目線が痛い。
ナリアは会うたびに何かしらおかしな企てをするので、不安で胸がドキドキする。
ボートに乗って溺れるというシチュエーションには、肝が冷えた。ナリアが池にわざとらしく落ちたのだが、彼女が着ているドレスは水を存分に吸い込み、うまく泳げないようで彼女は本気で溺れかける。ボートの端にしがみついた彼女が登ろうとするたびに驚くほどボートが傾く。しかし僕の非力さではうまく引き上げられない。
同乗を拒否された従者たちも離れたところから全力でボートを漕いでくるがなかなか辿り着けない。
途中から彼女も必死になり、なりふり構わずよじ登ってきたためなんとか無事助かったのだが、海藻のように顔にまとわりつく髪の毛と、青白い顔、見開いた目が脳裏に焼き付いた。そのせいで数日夜中うなされることとなった。
髪の毛に乗った花びらを取るシチュエーションはよくわからなかった。
二人でお祭りに行くと言っていたのだが、お祭りもないし市井に行くことは僕ら二人とも禁じられている。そう言うと、なぜか「では、ここでやりましょう!」と言い出して、桶に魚を用意させ、ザルで掬い始めた。
「なんのお祭りかな……?」
「えっと……わからないわ!」
これ自体はお祭りではなく、お祭りの出し物の一つである『金魚掬い』だと説明された。しかし金魚というのは遠方でしか入手できないそうで、鮒を掬うことになった。暴れまわる鮒を捕まえるのは正直気持ち悪かった。二度とやりたくない。
壁ドンだとか、床ドンだとか。何度もやらされ手が痛かった。
屋上でご飯だとか。風が強く、翌日風邪を引いた。
お姫様抱っこをしろと言われたのはとてもきつかった。
「いい? 左手は背中に回して。右手は両膝の裏よ」
そう言われ、斜めの変な体制で構えてからなんとかナリアを支えようとするのだけれど、
「む、無理だよ」
「なによ! 重いっていうの?」
「……ごめん」
そう謝ると彼女はムキになってしまうかと思いきや、ふいっと顔を横にそらしてしまった。抱き上げてもらえないということが彼女の自尊心を傷つけたのだろうか。
目に涙を浮かべているのを見て、かわいそうになってきてしまった。
「……よし。もう一回、挑戦してみよう」
ナリアの背に腕を回し、膝下に腕を差し込み、なるべく垂直に腰を落として、なんとか力が入るように工夫した。
そして、彼女を落とさないように慎重に、慎重に持ち上げた結果。激しい痛みが腰に走った。
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Sideナリア
お姫様抱っこは今の段階ではまだ現実的ではないと知ってしまった。
アドニス君の腰が完治してから逆に私が抱き上げる側になってみたのだが、何あれ、とても重い。おそらく細身なアドニス君はなんなら私よりも軽いのだろうと思うけれど、横抱きって屈んだ時点からもうどうすることもできない。高校生同士くらいでも無理があるのではないかと今では疑っている。
向かい合って立ったまま、つまり縦抱っこだったら五センチくらい浮いたから、姿勢によって難易度がここまで変わるのだと初めて知った。漫画を描くには検証が必要なのだと改めて実感する。
でも結婚式までにはできるようになっていてもらいたい。
そのために、アドニス君には恋トレ(恋愛トレーニング)だけでなく筋トレ(筋肉トレーニング)にも励んでもらわなければならない。
やることはたくさんある。結婚するまでまだ期間があるので時間的余裕はあると思っていたが、やることの多さを考えるとそうでもないことに気が付き慌てて計画を練り直す。
私自身もお姫様抱っこ目指して減量に励まないといけないし、恋愛シチュエーションの再現度を高めるために演技の練習もしなければならない。
風に翻るセーラー服も必須なので、親に頼み込んで製造してもらっているけれど、これもまだ試作品段階で、思ったようなものは出来上がらない。
お互い学校も行っていないし、おかげで(ほぼ忘れていた)ヒーロー枠の王子にも会っていない。幸いアドニス君と会う時間はたくさん取れるので、少しずつ精度を上げていくしかない。
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Sideアドニス
ナリアをお姫様抱っこしそこねて腰を痛めてしまい、そのあとも風邪を引いてしばらく彼女と会えなくなった。
その間母が見舞いに来ることはほぼ無かった。
そんな中一度だけ会いに来たときには、一目顔を見るなり「みっともないことを」と言って一瞥だけして部屋から出ていってしまった。
父は音沙汰すらない。
いつも通りの対応だった。もう慣れていたと思っていた。でも、体調を崩し何日もベッドの上だった時にこの対応は少し堪えた。
暗い気持ちの中ベッドの上で天井を見つめる。
しばらく聞いていない彼女の声。
会うたびにイメージが強烈なため、会わない間に妙な空虚感を抱いていた。彼女はいつも全力で僕にぶつかってきてくれる。僕のことを思ってくれているのではないかとも思い始めていた。
でも、それは僕の思い違いなのではないか。暗い部屋の中、どんどん思考が暗くなっていくのを自覚しながらも止められなかった。
「もういい。もういいんだ、ナリア。僕は誰かを愛することもできないし、愛してもらえることもない。生まれてきた意味なんてないんだ」
風邪が治った僕にすぐに会いに来てくれたナリアに、ついそうもらしてしまった。もしかしたら慰めを期待していたのかもしれない。
きっと彼女なら「そんなことない」と言ってくれる。そう言われたとしても虚しさがすべて消えるわけないと知りながらも。
しかし返ってきたのは意外な答え。
「なによ、生まれてきた意味なんて特にないわよ」
「えぇ……」
思いがけない言葉が返ってきたのでつい声が漏れてしまった。
「あなただけじゃないわ。誰にもないわよ」
「そ、そんなことはないんじゃないかな?」
ナリアの考えていることはいつもわからないけれど、今回は特にわからない。そんな僕を放置して熱弁を振るうナリア。
「みんな勝手に生まれてきて、勝手に生きて、勝手に死んでいくのよ。それとも何? 愛されていない子は生まれてはいけなかったとでも言うの? 望まれないで生まれてきた子なんて五万といるわよ」
「いや、愛されていない子が生まれてきてはいけない、というわけではもちろんないよ……。」
「生まれたら無条件で愛されると思っている前提が間違っているのよ。そりゃ、愛されていたらラッキーだけど、この世界は私達のために用意された漫画の舞台でもなんでもないからね。都合のいい愛情なんて用意されてないわ。残念ながらね」
「えっと、君は僕に愛を教えてくれるんじゃなかったの?」
「そうよ。でも『愛』と『生きること』は別問題でしょ。まあ愛があった方が生は充実するのもわかるわよ、もちろん。なくて当然。あったらラッキー。それが愛よ。」
ナリアはそんなことを言って、時間が来たらさっさと帰ってしまった。
僕の方はというと彼女のぶっ飛んだ哲学を聞いて、パンチを食らった気分だった。
全面的に賛成できたわけではない。でも彼女の言葉で、自分の価値観が崩れ落ちた。凝り固まった考えがほぐれた気がした。
僕は、彼女の去った部屋で一人椅子に腰掛けて、目を閉じて心を落ち着ける。崩れ落ちた価値観。それを一つ一つ拾い上げて。
愛されなければ生きていちゃいけないのか。もちろんそんなことはない。
愛されて当然なのか。そんなこともなかった。悲しい事実だけれども、そう考えると逆に肩の荷が下りた気がした。
もう一つ気がついたことがある。
彼女の境遇だ。なんなら僕よりひどい。僕は自分の不幸を嘆いてばかりいて、周りが見えていなかった。
彼女は物心ついたころからずっと、あの調子だったらしい。前世の記憶があるだの、マンガがどうのこうの。
貴族の社会において、いや、一般的な庶民の中であっても、彼女のような子は異質なのだろう。
だから、半分隔離されたような状態で育てられていたらしい。
周りから聞いた話や、彼女自身の話を総合して推察するに、ずっと部屋でそのマンガを描いて過ごしていたことになる。
まれに布教などと言って、侍女たちにも見せたりしたそうだ。彼女の絵は癖があって、瞳がやけに誇張された、実際の人間ではありえないようなバランスの人間を描くらしい。
描く絵によって精神状態を鑑定する技法があるそうで、流石に心配した両親によってカウンセリングが行われた。その結果、彼女は人の目を必要以上に気にするのであろうとの診断が下されたそうだ。それが絵に表れていたということだ。
それ以降両親は彼女を刺激しないよう、侍女や召使いたちには彼女を見ないようにいい含め、接触を避けさせたようだ。
それでも収まらない彼女の奇行に業を煮やした侯爵と、僕の扱いに困った僕の父とが厄介払いも兼ねて結ばれたのが、僕らの婚約だったということだ。
僕は最初そんなことも知らずに、彼女の目を見つめてしまっていた。知ってからは目をそらすようにしたが、頬をガッチリ掴まれて、十秒チャレンジなるものをやらされたりした。
見つめ合って目をそらしたほうが負けだそうで、結果僕があっさり負けた。彼女の目は獲物を狙う猛禽類を思わせて怖かったのだ。
とりあえず、彼女の奇行は困ったものだというのはわかっている。しかし、人を避けているようには見えない。病んでいる部分もあるけれど、壊れているようには見えなかった。
なぜなら、彼女の言動全てから愛が溢れているように感じたからだ。
今度会ったときは彼女の話も聞いてみよう。そう思ったのが間違いだった。
次の約束の日取りを執事に確認したことで、僕が彼女に関心を持っていることに母が気づいてしまった。そして当分の間会うのを禁じられた。
母は僕が少しでも執着どころか関心を持っただけでもそれを取り上げてしまう。
流石に家同士の取り決めである婚約をどうこうできるわけではなかったのが救いだが、僕の気持ちが冷めるまで会わせる気はないようだった。
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Sideナリア
強烈なことを言い過ぎたかと反省もした。
そのせいかは知らないけれど、アドニス君とパッタリ会えなくなってしまった。
でも、会えなかろうとなんだろうと、私にとって彼は大切な人だ。
だって、私が何かを言っても嫌な顔をしない。困った顔をして、そうなの? と言ってくれる。
そんな顔を見ているとなんとも言えない気持ちが込み上げてくる。
彼は何も仕掛けてないはずなのに、私のほうが恋してしまったみたい。まあ好みど真ん中だから惚れるのも当然ね。
「そうとなったらやることは一つよ!」
そう。この今の熱い気持ちを忘れる前に、この感覚を漫画にするの。そうして机に向かい原稿と羽ペンを用意した。
「いい布教の素材が描けそうだわ」
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Sideアドニス
彼女に会えたのは五年ぶりだろうか。母がようやく面会を解禁した。
会えない間、時折彼女の言葉を思い出していた。
久しぶりに会った彼女は、未だにわけのわからない言動をしていた。思い出の彼女はちょっと美化されていたのだろうか。
会うなり「布教用漫画をたくさん描いてきましたわ」と前のめりにたくさんの原稿を机に並べられた。なんだか怖い気もするが、同時に変わっていない様子にホッとする。
どうあれ、彼女と結婚することには変わりはない。改めて伝えなきゃいけないことがある。
ナリアの手を取り、目を見つめて、告げる。
「あなたを愛することは、できない」
そう。かつて言った言葉と同じ言葉を口にする。
ナリアは少し驚いたように目を見開くが、黙ってその続きを聞いてくれている。
「愛することとは何か、まだわからないんだ。でも、貴女のことがとても大切だ。失いたくない。そばにいたい」
ナリアの黒い瞳が揺れ動く。
「実は、君が言うような『ドキドキ』はまだ感じたことがないんだ。胸が締め付けられるような感覚もないし、君のことを見て顔が熱くなることもない。むしろ心が落ち着く。心が凪ぐんだ」
僕はひと呼吸おいて、真剣に尋ねる。
「それとも、これも愛と言ってもいいのだろうか」
「そうね……。そういうことね。よく考えたら私が教えていたことは、全部恋だったわ! 恋のドキドキを教えていたの。なのに貴方は恋を通り越して、愛を覚えてしまったということね!」
そう言うナリアはとても綺麗だった。この気持ちが愛と言うなら……、
「ナリア。君は恋の知識を教えてくれていたね。でも、君の存在が愛を教えてくれていたんだ」
そう。ナリアはいつも全身全霊で愛を表していたんだ。僕のこの気持ちが愛と言うなら、僕はこの少女が愛おしくてたまらない。
読んでくださり、ありがとうございます。