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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

新・異世界奇行録 TA版・バグ有any%・編集あり

作者: まな
掲載日:2023/04/17

この作品は以前連載で書いてエタっていたものを、書き直してエンドまで書き足したものなので初投稿です。

ちょっとだけグロ描写あり。


「あとは俺に任せておけ。本当の、現代知識で異世界無双を見せてやる」


 わたしの代わりに勇者になった男はそう言って笑った。彼ならきっと世界を救ってくれる。わたしは自分の責務を投げ出したことよりも、魔王を倒し国を救ってくれる、今度こそ世界が戻る、そんな思いに胸が高鳴った。


「では、まず服を脱ぎます」


 わたしの胸の高鳴りは5秒で失われた。



◆チュートリアル兼キャラ紹介フェイズ



「これでよし、と」


 寂れた片田舎の商店街。複合ショッピングセンターに呑まれつつあるシャッター通りの片隅に、また新たな張り紙が掲示された。


『おしらせ


 誠に勝手ながら当ゲームショップ・カタギリは本日をもちまして閉店させていただくことになりました。


 長らくのあいだご利用ありがとうございました。 店主より』


 なにがこれでよしなのか、ため息と共に胸中で呟く。

 カタギリのじいさんに


 ●ムービースキップ●


「明日からどうすっかなー」


 最後の仕事が終わり、朝早くから営業しているのだけが取り柄の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら無為に時間を潰す。24時間営業ではないコンビニで貰った求人誌をめくってみるが、どれも自分には向いてなさそうだ。かと言って実家に帰る気にはならなかった。


「お店、やめちゃったんですね、カタギリさん」

「ん、こんなところで珍しいな。あー……お客さん?」


 声をかけられたので顔を上げると、いつの間にか正面の席には見慣れた常連客の少女が座っていた。

 綺麗に切り揃えられた艶やかな黒のロングヘアと凛とした瞳、赤を基調としたゴシック風ワンピース。どこかのお嬢様を思わせる美少女だが、俺の不誠実な接客対応といい加減な記憶のせいで彼女の名前が思い出せない。それが顔に出ていたようで彼女は不安げに首を傾げる。


「結構長いことあのお店に通っていたんですけど、覚えてなさそうですね、カタギリさん?」

「あ、いや、顔と声は一致するんだ。特徴も、えーっと……」


 指で頭を叩きながら記憶を探る。なにをプレイしても壊滅的に下手だったからね、とは口に出さない。その辺の社交辞令は


 ●ムービースキップ●


「私の名前は紅子紅子(あかしくれこ)、なんていうのはどうでしょう。私はアカシックレコードの端末の一つ。人間に合わせて創られた、言わば精霊のようなものです。重要なのは名前ではありません。好きに呼んで頂いて構いません。お話というのはカタギリさん、私と一緒に世界を救って頂きたいのです」

「は、はい。……はい?」


 『全世界保存機構アカシックレコード ゲーム世界担当 紅子紅子』

 怪しげな名刺を手に彼女は微笑んだ。あまりにも胡散臭い言葉を添えて。


「百聞は一見に如かず、まずは一緒に来てください。大丈夫きっと気に入りますよ、安心してください。なにせわたしは未来の記憶を持っているのですから」




◆スキップ不可ムービー




 わたしの名はエレノア。フォグリナ王国の騎士だ。フォグリナは古の魔王の復活により光を奪われ、暗い闇の世界に閉ざされてしまった。わたしは魔王を封印した勇者の血を引くものとして魔王討伐の旅に出ることになった。


 国王との謁見。労いの言葉とともにローブを纏った人物を紹介された。彼女はこの国を裏から支える賢者の一人だという。今回の旅は長く苦しいものになるだろう。そこで王の命により賢者の一人が旅に同行し、助言をくれるそうだ。


 しかし助言とはいえ賢者の言葉は王の命令も同然。わたしはなにをおいても彼女の指示に従い、この短い旅を終えることになるだろう。

 彼女はまずこの世界に現れ始めた魔物の討伐から命じる。わたしはその助言に従い魔物たちを何体か倒し経験を積む。少し力がついたところで体力も減ってくるだろう。わたしは一度戻るべきだと思うが、先を急ぐべきだという賢者の意見に従い次の町へ向かい、そこで死ぬ。


 未来がわかるわけではない。幾度と無く経験してきたのだ。次の町に入ってすぐに、魔王に寝返った盗賊との戦闘になる。わたしは必死に戦うが、殺される。

 もちろん賢者に反論したこともある。だが彼女は今度は大丈夫だとか、ランダム要素があるはずだとか、運次第で勝てるようになっているとか、負けイベントになっているだとか、とにかくわたしの理解の及ばない言い訳をして、わたしを死に追いやる。


 彼女は無能だ。あるいはわたしがそうなのかもしれない。だがどちらにせよ、わたしはもう何度もあの町で死に、気がつくと王の前にいるのだ。そしてまた有無をいわさず賢者と共に魔王討伐へと向かわされ、町へ入り、殺される。

 また死んでしまってもやり直せるのかもしれない。でも肺を突かれた苦しさも、喉から吹き出た鮮血の熱さも、冷たくないっていく身体の重さも、忘れることはない。

 ああ、もしこの暗く閉ざされた世界にもまだ神様がいるのなら。魔王を倒してくれとは言わない。せめて、ああ、せめてあの賢者を変えてくれ。


 わたしはもう、死にたくない。




『GAME OVER』




 大型液晶テレビの画面には大きくそう表示されていた。完全なゲーム初心者の脳筋突撃により金髪碧眼の女性主人公が無残に倒され、今に至っている。


「というわけなのです」


 バカでかいモニターからゲームとは違う別の声が聞こえたかと思うと、画面が大きく揺らぎ中から紅子が現れる。彼女は大いに不満気だった。


「えーと、どういうわけなのです?」


 目の前にあるのは一面全てにゲーム画面が映し出されるモニターになった壁と、第4世代のコンシューマーゲーム機。そこまではいい。

 だが本来ならカセットが差し込まれているはずのゲーム機のスロットには、見たことのない文字で書かれた古い本が突き刺さっていた。


「今この画面に映っていたのは、このゲームの世界の映像だったはずです」


 ゲーム機本体の脇に大量に積まれたゲームカセットの山。紅子はその一番上から『ダーケストストーリー』の古ぼけたカセットを手に取り、ぱたぱたとうちわのように煽って見せる。


「ああ、確かに俺の記憶にあるダーケストと同じだった。グラフィックは完全にリアルなものだったけどな」


「このゲームの世界はここではない遠い場所に確かに存在しています。あるいはしていた。このゲームカセットはその世界のある一定の時期の記録。そしてこっちに刺さっている本はその世界全ての記録。カタギリさんに頼みたい事とはこの歴史の修正、世界の救済なんです」


 俺とは反対側のソファへ頭から沈み込む紅子。実際に会ったことはないが、会社疲れのOLっぽいなという感想を抱いた。


「いまいち話が飲み込めないんだが」

「このダーケストの世界の記録が少し壊れてしまったのです。それ自体は古い本を紙魚が湧くようなことで、特別な異常ではありません。しかし異常ではありませんが、問題ではあります。このまま放っておけば、この瞬間を境にこの世界の歴史は大きく変わってしまう」

「具体的にはどんな影響が?」


 俺が質問を投げると、ソファに突っ伏したまま喋っていた紅子は器用に寝返りをうち、楽しげに笑う。


「続編が出ません」

「……はあ?」

「冗談で言っているわけではありませんよ。ダーケストの世界の歴史に穴が開けば、その空白期間から先は不確定になります。カタギリさんの知るダーケストの世界は失われ、例えば魔王の支配する世界になったりとか。そうなってしまうとゲームとはいえ、こちらの世界にも少なくない影響を与えた世界ですから、ダーケストはクリア不可能のバグゲーとなり、続編は消滅し、その後のこちらの世界がどうなるのかは私にも想像がつきません」


 タイムパラドックスとかいうやつか。詳しくはないが、過去が変わると未来も変わるというやつだろう。


「通常であればこの世すべての記録である我々アカシックレコードがその場に赴き、今回で言えばこのゲームと同じように問題を修正する。ダーケストの世界なら魔王を倒せばいいわけですね。たったそれだけの事なのですが、問題解決にあたり創造されたこのわたしは、つまり、その……」


 そこまで言って彼女はクッションに顔を埋める。先ほどのプレイ画面と今までの店での記憶から、彼女の言葉の先を察した。


「……言いにくいんだろうけど、つまりゲームが下手?」

「ち、違います!この世界の難易度が高すぎるんです。だってずるくないですか? 先を急いでるのに、次の町に入るのが罠なんて誰も気づきませんよ!? あの狡猾な罠によりわたしはもう何回も何回もやり直す羽目になり、……有り体に言うと心が折れました」


 いや流石に同じ罠に何度もかかるのはどうだろう。アクションゲームならともかくRPGで、しかも最序盤だ。ふつうは別の方法を試そうとする。紅子は俺に掴みかかる勢いで飛び上がったが、言い訳を並べるうちに落ち込み始め、またソファへと沈んでいく。


「なぜ先に進めないんでしょう。もうわたしの手に負えません」

「そのゲームを仮に手伝うとして、それをクリアするだけで世界が修正されるものなのか?」


 半ば呆れながらも少し乗り気になった俺に、彼女は機嫌を直して嬉しそうに立ち上がった。


「いい質問ですね。厳密にはちょっと違いますが、概ねそれであっています。クリアするのはゲームではなく、そのゲームの元となった世界の歴史です。先ほど少し話しましたが、カタギリさんの知っているこのゲームの物語は、その世界では実際に起きた歴史です。なのでカタギリさんの知っているこのゲームのすべての事柄が、この世界では現実のこととして起きてしまうのです。知っているとおりに事を進めれば、自然と歴史は元の形に修正されます」

「すべて、ねえ。そうしたら俺はこの世界に入った君に、こいつで指示を出せばいいのか?」


 ゲーム機から伸びるコントローラーを手に取って見せるが、それはすぐに否定される。


「いえ、それは違います。カタギリさんには先程のわたしと同じように、ダーケストの世界へ直接入ってもらいます。あちらの世界では我々は賢者という立場の存在でして、魔王を倒す存在、つまり勇者のことですね、その人へゲームをプレイするように直接指示を出し、問題を解決してもらうようになります。あくまで世界の住人が解決する必要があるのです。カタギリさんならきっと簡単ですよ。ゲームで出来たことは全て出来ますから」

「なるほどね。でももし俺が断ったら?」


 俺の何気ない疑問に紅子は困ったようにふっと笑う。その笑みは教師に似ていた。ああまたかとでも言いたげな、嘲りを含んだ笑いだ。


「もしまた(・・)断ったらですか? その時は仕方ありません。私ではもはや救う手立てはありませんので、あの世界には滅んでもらいます」


 先ほどまでゲームがクリアできないと感情を上下させていた少女とは思えないほど、急激に言葉から温度が失われていく。


「カタギリさんが断れば、魔王が支配し、魔物が繁栄する闇のファグリナが誕生します。しかしそうなると、先程言ったようにこちらの世界の知っている歴史とずれてしまい、こちらの世界にも様々な影響が出てしまいます。なのでそれはこちら側では絶対にあり得てはいけないのです。そんな歴史はこちらには存在しません。これまでも、これからも。でも私には救えない、カタギリさんは救わない。困ってしまいますね。どうしましょうか?」

「どうしましょうって、ならどうするつもりなんだ?」


 どうやら聞きたかった言葉が聞けたようで、彼女は満面の笑みで両手を広げた。


「答えはとっても簡単。やり直せばいいんです。カタギリさんと出会った時まで戻って、また勧誘をし直します。あなたから快い返事をいただくまで何度でも、何度でも。あの世界と違ってこちらの修正はわたしには容易いことです。カタギリさんにはリセマラと言えばわかりやすいですか? ふふふ、カタギリさんガチャです。ああ、今回のカタギリさんには都合の良いお返事が頂きたいなあ」


 楽しげに語る彼女の目は笑っていなかった。その瞳に俺を映しているが、俺を見てはいない。

 全知にして無能の少女は、こともなげに俺をガチャだと言い切った。彼女の中に俺が断った後の状況は存在しないからだ。それはつまり俺には未来も選択肢もないということだ。

 彼女は自分であちらの世界を救うという選択を諦め、俺に救わせることにした。手段として他人に手を借りるのはわかるが、そのために何度もこちらの世界を巻き戻すなんて正気の沙汰ではない。その労力をゲームクリアに使えばいい。

 しかし彼女の目はそれが真実だと告げていた。また断ったらと言った彼女の言葉にも嘘はないだろう。

 だが彼女風に言えば、今回の俺はそれが好きだった。出来ないことはしない。だが出来ることなら期待値が低くても回数をこなせばいい。そんな徒労が俺は好きだった。


「はは、断らないよ。断る理由もない。俺は今無職だし、時間もある。それに何より異世界ってのに一度行ってみたかったんだ」


 俺の好きな作品の世界に行ける。よくよく考えればそれは何にも変えられない体験ではないだろうか。今までの俺はばかだ。どう考えたって断る理由はない。


「はい、きっと良い返事が聞けると信じていました」


 都合の良い返事を聞けた紅子は嬉しそうに手を叩く。心の底から嬉しそうな笑顔だった。ある意味当然だろう。リセマラ中は誰だって死んだ魚の眼をしているし、レアが引ければ笑みもこぼれる。この笑顔が見れただけでも褒美ものだ。きっと今回の俺はSSRに違いない。


「早速ですがあちらへ飛んでもらいます。勇者がお待ちですよ。カタギリさんの知識と経験を存分に活かして、わたしの代わりにサクッと世界を救ってください」


 彼女の言葉と共に壁モニターの表面が波打つ。いつの間にかスタート画面に戻っていたダーケストストーリーの待機BGMとともに、意識が希薄になり画面に吸い込まれていく。


「あ、言い忘れてましたが。魔王が倒せなければ世界とともにカタギリさんも消えてしまいます。あなたが消えてもやり直すだけですが、がんばってくださいね」


 意識が消える一瞬前に、俺がこの依頼を断った理由が一つ見つかった。別に俺はこっちの世界に未練がないわけじゃない。彼女の笑顔は眩しいが、命を投げ出すほどのものではない。


 だがもう遅かった。帰ったら侘び石を要求してやる。




◆通常プレイ




「もしもし、カタギリさん聞こえますか?」


 椅子に座った姿勢で気を失っていたようだ。紅子の声で目が覚める。気品のある、しかし豪華過ぎない部屋と、先ほどの会話からここが城の中なのだろうと察する。だが目の前の机の上には異世界には全く似つかわしくないスマホが置いてあり、紅子の声はそこから響いていた。


「もしもーし、カタギリさーん?」

「はいはい、聞こえてるよ。紅子、帰ったら騙した責任はとってもらうからな?」


 あちらでの最後の瞬間を思い出し、まず文句を投げつける。だが彼女は全く意に介さない。


「騙してはいませんよ? もう言ってしまいますけど、私が発生した瞬間からカタギリさんの未来はこの中にしかありませんでした。断る度に私が世界を捻じ曲げ続けますからね。私がいる以上、あらゆる平行世界線上にカタギリさんがあのままあちらで過ごす事実は存在しません」


 呆れてものも言えない。なら最初からそう言えばいいだろうが、きっとそう言われたら余計に断っただろう。俺はそういうやつだ。


「ああもう、その件はまたでいい。聞きたいことは山ほどあるが、まずはこれはなんだ」

「おっと、すみませんでした。本来であればカタギリさんを送る前にソレについて説明するべきでしたね。そのスマホはこちらとそちらを繋ぐ便利道具、アカシック・イミテーション・モバイルフォン。略してアイ……」

「あーわかった、それ以上は言わなくていい。アカフォンな」


 不穏な略称に危機感を感じた俺は言葉を遮る。そのせいで紅子は不満そうに説明を続けるが、その名称は危険すぎた。


「多分にわかっていないと思います。簡単にざっくりと説明しますが、それは通話以外にゲームでいうステータスが表示されます。会話コマンドやアイテム欄など、ゲームで表示されていた情報のすべてがその画面に表示されるのです」


 まあそんなところだろうとは思った。だが会話コマンドとはなんだ。


「主人公である勇者はもちろん、賢者であるカタギリさんもこの世界の人々と普通に会話はできます。ですがゲームで村人と延々世間話をしていたわけではないでしょう? コマンドに現れるのは最適解の選択肢です。そこから返事を選べばゲームで言うところのイベントが進むわけですね」


 ゲームで起きたことは全て起こると言っていたが会話までそうなのか。村人Aが村の名前を言い続けるのは、この世界的に言えば村の名前を聞かれ続けたせいというわけだ。まあ普通は何度も尋ねるものではないし、もう言いましたと断れないだけマシだろう。


「オーケー。コレについてはわからなかったらまた訊く。それで、このあと俺はどうなる?」


 部屋を探索してみるが特にこれといったものは何もなさそうだ。強いて言うならクローゼットからローブを見つけたので羽織ってみた。少しは賢者風に見えるだろうか。


「もうすぐ兵士の方が現れます。王様の元へ案内されて勇者と出会い、あとはゲームと同じです。このスマホを見ながら勇者へ指令を出す。カタギリさんの知っているとおりに動いてくれるはずです。では、ご武運を」

「あ、おい待て! 俺はどうすれば帰れるんだ?」


 俺の最後の質問への返答はなく、通話は一方的に切られてしまう。だがかけ直そうとは思わなかった。しばらくは異世界を堪能し、帰るのは世界を救ってからでも遅くはないだろう。そんなことを考えながらアカフォンの機能を確認しつつ弄っていると扉をノックされた。


「賢者殿、旅の準備はお済みでしょうか」

「ああ、準備万端だ」


 まだ何も準備なんてしていないが部屋にいても何も始まらない。返事をして扉を開けると、そこには金属鎧を纏った如何にもな兵士がいた。当然二頭身ではない。


「賢者殿、国王様がお呼びです。どうぞこちらへ」


 兵士のあとについて歩みを進める。廊下に飾り付けなどはなく、全体的に質素な感じだ。国の危機だからと言うよりはそういう趣なのだろう。案内された部屋も玉座の間というよりは書斎といった風だ。


「国王様、賢者殿をお連れしました」

「うむ、下がれ」


 兵士は一礼して部屋を出る。勝手な想像だが、王様は太っているものだと思っていた。だが目の前の国王は老齢だが鋭い眼光を放ち、細身だが服の上からでも鍛えられた肉体だとわかる、刀剣のような存在感がある。若ければきっと自分で魔王討伐に向かっていただろう。


「賢者殿よく来てくれた。紹介しよう、こちらが騎士エレノア。勇者の血を引く者だ。賢者殿には彼女のサポートをしてもらう。まだ若いが優秀な騎士だ。エレノア、彼がこの国を裏で支える賢者の1人だ。彼の言葉は儂の言葉だ。よく聞きその役目を果たせ」


 なるほど普通のゲームなら主人公の勇者は自分だ。だが今回この世界の主人公は俺ではない。そういう差異はこういう風に埋められるのか。

 しかし紅子のプレイは見ていたが、本当に少女が主人公だとは思わなかった。


「よろしくエレノア。必ずこの国を救おう」


 挨拶とともに握手を求めて右手を出すと、彼女はとても驚いた顔をした。もしかして握手とかしないのか。だが彼女はすぐに平静を取り戻し握手に応じてくれた。


「はじめまして賢者殿。わたしはエレノア。この国の騎士だ。今度こそ(・・・・)よろしく頼む」

「エレノアよ、若いお前には重すぎるほどの任務だ。長く苦しい旅になるだろう。だが必ずや魔王の討伐を果たされよ。賢者殿もお前の力になってくれる。お前だけがこの国の希望だ」


 厳かな国王の言葉とともに俺達の冒険は始まった。




◆中略




 エレノアは飛びかかる大ネズミを盾で弾き返し、体勢を崩したところへ剣を横一線。そのまま振りぬく力に身を任せて身体を捻り、背後から忍び寄っていたスライムAの攻撃を躱す。

 舞うように戦うとはこのことだろう。躱したスライムAには一瞥もくれずにもう1匹のスライムBへ一撃。見惚れている間にスライムAも袈裟斬りにし戦闘は瞬く間に終わった。

 もはや指示を出すまでもない。今のエレノアはレベル6だ。レベルだけで言えば初めの森ですら問題なく通過できる。そろそろいいだろう。


「もうだいぶレベルも上がったし町へ進もう。これ以上の狩りは時間の無駄だ」


 今の彼女なら最初の町くらい余裕で突破可能だろう。それに最序盤のネズミとスライムはもう見飽きた。


「あ、ああ。町か。そうだな、町に進むのか」


 だがエレノアの反応はあまり乗り気ではなさそうだ。


「今のレベルなら盗賊との戦闘は問題ない。武器は心許ないかもしれないが、城下町の武器屋まで戻るほどの敵でもないし資金も少ない。薬草の用意は十分あるし魔力も使っていない。流石に今日のうちには町を突破したいところだが」


「ああ、いや。賢者殿が言うなら大丈夫だろう。……今度こそ必ず、わたしは……」


 渋い表情で俯くエレノア。そんなに強敵ではないのだが、相手は人間だ。魔物とは勝手が違うのだろう。


「相手は盗賊だ。魔物とは違い躊躇いもあるだろう。だが奪われた町の人々は今も救いの手を待っている。勇者としての初仕事だ。俺たち以外には出来ないことだ」


 世の主人公共はよくもまあこんなクサいセリフがすらすらと吐けるな。なんとかそれっぽく言葉をつなげ、慣れない言葉でエレノアを励ます。拙い激励だがその甲斐もあってか彼女は普段の表情を少しだが取り戻した。


「ああ、そのとおりだ賢者殿。覚悟が決まった。行こう、奪われた町を取り返そう。わたしたちの冒険はこれから始まるんだ」


 道中、心なしかエレノアの足取りは重い。

 雑魚は雑魚なので問題なく狩り歩いているが、どうにも先ほどのキレがないように見える。まだ覚悟が決まりきっていないのではないだろうか。だがもう町は目の前だ。


「やっとついたな」


 町の入り口で立ち止まるエレノア。彼女の表情は不安げだ。


「本当に今のわたしで大丈夫なんだな?」

「大丈夫だ、問題ない。今のレベルなら初期装備でも勝てる。体力、魔力は十分、追加の回復アイテムもある。勇者の力を魔王軍に見せつけてやれ」

「わかった。賢者殿、行くぞ!」


 町へ踏み入るとすぐに盗賊が現れた。3人組だが、まずは2人との戦闘。こいつらを2人とも倒すと3人目、盗賊頭が追加され連戦となる。

 これがこのゲームで最初のデストラップだ。町に入ると戦闘開始。更に連戦だ。一応確定で逃げられるようになっているが普通気づかないし、途中で逃げても全員倒すまで何度も連戦だ。

 魔王軍の恐ろしさを知らしめる要素ではあるのだが、開発者の悪意が濃い。いや今は実際の世界なのか。後に開発者も反省していると語っていたらしいが、なぜかリメイク版にも実装されていることで有名なみんなのちょっとしたトラウマだ。それもこの世界が実際の異世界だという証左なのかもしれない。


「ここは通さねえぜ?」

「コロンの町は俺たち盗賊団が占拠した!」

「通りたかったら身ぐるみ置いてきな!」


 お決まりのセリフとともに襲いかかってくる二人。関係ないがこの町の名前はこいつしか教えてくれない。


 最初の中ボス、盗賊×2。回避行動持ちで体力は低いが、代わりに攻撃力が少し高い。しかし行動パターンは把握済みだ。今のエレノアならその辺の雑魚と変わらない。


「エレノア、奴らは回避行動をしてくるが今までの敵とそう変わらない。落ち着いて、指示通りにすれば問題ない。まずは正面の相手から攻撃だ。回避の予備動作は俺の方でわかる」


 ターン開始時に、様子を伺い身構えている、とログが出ていれば回避動作だ。確定で攻撃魔法も回避する完全無敵行動だが、逆に言えばそれだけなので回復やバフ、デバフを投げるスキになるのでデレ行動とも言える。まあむさ苦しい盗賊のデレなんて嫌だが。

 それに盗賊は2回連続では回避をしてこないので、回避行動後は攻撃チャンスになる。


「ああ、賢者殿。指示は任せた。行くぞ盗賊! 町は返してもらう!」

「やれるもんならやってみな!」


 怒声とともに飛びかかる盗賊Aの斬撃をエレノアは盾で受け止め斬り返す。盗賊Aはすぐに飛び退くが、避け切れず刃が腹部を掠める。

 一連の動きを見計らっていた盗賊Bがエレノア目掛けてナイフを投擲。エレノアの隙を突いた一撃は、しかしマントの下の鎧に弾かれ致命傷にはならなかった。

 アカフォンのログを見れば、エレノアの与ダメ11、被ダメ合計19。盗賊の体力は30なので3発で落とせる。エレノアの体力は初期防具ゆえの脆さで残り33だが次ターンからは回避が入る。ダメージは半減だ。回復は十分間に合う。

 しかし、これが本当の戦いか。大した敵ではないと勇者に言ったがとんでもない。奴らの殺意は見ているだけの俺にも伝わってくる。その辺の雑魚魔物とは大違いだ。


「エレノア、飛び退いた盗賊は次は攻撃をしてこない。やつはこっちの動きを読んで回避してくるぞ。ナイフを投げてきた方へ切り替えていけ!」


 この中ボス盗賊は完全パターン行動だ。1ターン目は2人とも攻撃だが、2ターン目はAが回避、Bが攻撃。3ターン目はAが攻撃、Bが回避と言った具合に交互に回避を挟んでくる。

 動きさえわかっていればターンあたりの被ダメが減るだけで対処は簡単だが、知らなければ無駄行動が増える罠だ。紅子はきっとこの罠にもかかっていたことだろう。だが俺には通用しない。


「盗賊風情が! 逃げるな!」


 はずだった。


「エレノア?」


 俺に指示を任せると言った彼女は飛び退いたAに向かって疾走、上段から大きく剣を振り下ろす。当然身構えていた盗賊はそれを回避。勢い余って地面に突き立った剣を戻すのが間に合わず、追い掛けて来たBに背後から斬られてしまう。

 鎧が防ぐがまともに受けてしまった。残り21。


「ぐ、背後からとは卑怯な! お前たちに騎士道はないのか!」

「そんなもんあるかよバァカ! それともお前を倒せば貰えるのか? ギャハハハハ」


 被ダメは想定内だ。だがなぜ彼女は指示を無視したのか。遠くて聞こえなかったのか? このまま無駄行動が続けば状況は不利になってしまう。


「エレノア挑発に乗るな! まずは回復だ。このままだと間に合わなくなる、一旦落ち着け!」

「ヒャハハ、もやしみてえな兄ちゃんがなんか言ってるぜえ、イノシシちゃん?」

「賢者殿を馬鹿にするな!」


 しかしエレノアは俺の指示を無視し、Bに対して振り向きざまに剣を滑らせる。

 俺の指示は絶対じゃなかったのか? 言い知れない焦りが募る。


「ギャハ、そんなもん当たるかよ?」

「ガラ空きだぜ!それともケツ振って誘ってんのか?」


 当然回避ターンのBはそれを受け流し、またしてもガラ空きになった背後からAに蹴飛ばされ転倒。距離をとって立ち上がるが被ダメが嵩んでしまっている。


「うぐっ、がはっ……はぁはぁ…………くっ……!」


 マズい、マズすぎる。最悪に近い状況だ。

 計算通りの与ダメと被ダメ。想定通りの行動パターン。十分間に合うはずだった。


「エレノア、回復だ! ヒールでも薬草でもいい。とにかく回復だ、間に合わなくなるぞ!」

「っ!すまない・・・っはあ、頭に、血が上っていた・・・ようだ」


 ようやく俺の叫びが届いたのかエレノアは震える手で薬草を取り出す。だがそれは、


「大丈夫だ、賢者殿……任せてくれ。もう、落ち着いた……から」


 遅すぎた。


「隙有りィってなあ!」


 なにを間違えたんだろうか。


 被ダメも与ダメもパターンも何もかも予想通りだったはずだ。


 なにが間違っていたんだろうか。


 盗賊の刃がやけにスローに見える。


 なんで間違ったんだろうか。


 所詮ゲームだとたかを括っていたせいだろうか。


 なんで、なにが、ああ、一体誰が、間違っていたというのか。


「あ、ああ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 かつて騎士だった少女は紅く黒い噴水に変わり果て、


 彼女の短い冒険を終わらせてしまった。




◆ほんへ




  気がつくといつの間にか教会にいた。

 古ぼけたステンドグラスに見覚えがある。ここは村の教会だ。村を出る前、エレノアと共にワープ先を作るために寄った場所。この世界でもセーブ機能はあったのか。

 アカフォンを確認するとエレノアのレベルは4。村を出る前まで戻ったことになる。

 気づかないうちに噛み締めていた歯がギリギリと音を立てる。

 負けたんだ、盗賊相手に。悔しさのあまりアカフォンを叩きつけたくなるが、それは抑えた。教会内の静寂に混じった啜り泣き。エレノアがすぐそこにいたからだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 近寄る俺に気がつかない彼女は俯いたまま謝り続けていた。


「エレノア……」


 彼女の名を呼ぶが、掛ける言葉は見つからない。


「ごめんなさ……賢者、どの……? う、うう、うわあああああ!!」


 俺に気がつくと彼女は掴みかかり泣き叫んだ。


「ああ、あああああ、もう、もういやだよ! いきなり勇者の子孫だなんて言われて! 突然知らない国に連れてこられて! なんでわたしばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!? 触ったこともない剣の修業をさせられて! なんでわたしだけ戦わなくちゃいけないの!? なんで、なんでわたしだけが!」


 泣き腫らした彼女の目は絶望に染まっていた。


「なんでわたしだけが、何度も死に続けなきゃいけないの!もう、もういや…… もう、死にたくないよぉ……」

「……え?」

 今彼女はなんて言った? 何度も? 彼女は泣き崩れ、力なく床に伏してしまう。


「まさか、記憶があるのか? 俺に会うよりも前の、旅の記憶が?」


 俺の追い打ちに近い問に、エレノアは小さく頷いた。なんてことだ。彼女を追い込んで崖の淵から後押ししたのは俺だった。過去の記憶があれば盗賊なんてトラウマどころではない。

 この旅に出ること自体、心が折れていただろうに。それなのに自分を押しつぶし、使命を果たそうとした彼女を、俺はなんの手助けも出来ずに、殺したのだ。


「すまない、エレノア。本当に申し訳ない」


 泣き崩れる彼女に平謝りしかできない自分が情けない。彼女から逃げるように俺は教会をあとにした。


「少しだけ待っていてくれ。必ず、必ず君と世界を救ってみせるから」


 教会から離れ、人気のない場所を探す。この有様の元凶と話すために。


「出ろよ紅子、お前には出る義務がある」


 数回のコールのあと紅子は呼び出しに答えた。


「やっちゃいましたねカタギリさん。やっぱりそのゲームは難しいですよね」


 全智無能の悪の元凶はそれは楽しそうに、どこまでも無邪気だった。



「紅子、彼女の記憶があるのはどういうことだ」


 俺は静かな怒りを込めた。それは理不尽な怒りだったかもしれない。だが紅子に気にする様子はない。


「彼女はこの歴史の主人公ですから。ある意味でこちら側に近いイレギュラーな存在です。記憶があるのは一種の救済処置ですよ。どこで間違えたのかわかっていれば、同じ間違いを繰り返さずに先に進めます。それにここは歴史の中。修正が完了すれば彼女の記憶も正常な歴史のものに戻るでしょう。カタギリさんはそんなこと気にしなくていいですよ」


「救済措置、だと……?」


 そんな酷い話があるか。もし彼女一人での冒険なら、あるいはそうだったかもしれない。だがこの冒険にはプレイヤーがいて、彼女はその命令に従うしかなかった。どんな結末が待っているか知っていても、同じことを繰り返させられても、従うしかなかったんだ。


「しかしなぜ彼女は命令無視をしたんでしょうか。アレがなければ今回こそはクリアだと思ったんですが」


 エレノアだって騎士である前に1人の少女だ。心に傷を負った少女に今度こそ勝てるなんて言えば無茶もするだろう。


「それは俺が悪い。俺が彼女に無茶をさせたんだ。彼女のせいじゃない」

「そうでしょうか?なんにせよ彼女は弱すぎです。わたしにもカタギリさんにも迷惑をかけて、彼女がもっと強ければもっと早く修復は終わっていたはずです

 紅子の言葉に怒りで頭に血が上る。弱いだって? 何度やり直されようと立ち上がり、すり減った心で戦い続けた彼女が弱いはずがない。あの若い勇者の心を削りきったお前にそれを言う資格はない。

 怒りのあまり怒鳴り散らかしそうになるが、俺は紅子に怒りをぶつけるために連絡をとったわけではない。彼女の人を人とも思わない態度に本題を忘れるところだった。


「とにかく彼女の身に起きたことは俺が原因でもある。彼女にこれ以上冒険はさせられない」

「はて? 彼女が主人公である以上彼女が冒険を進める以外ありえませんが……」

「紅子。俺を主人公に変えることは出来ないか?」


 エレノアは知らない国に連れてこられたと言った。だが元のゲームでは主人公は自分だ。エレノアなんてキャラクターはいない。

 彼女は今回の歴史の修正に合わせて辻褄が合うように創造された主人公。元は存在しなかった人物ではないのか。もし俺の仮説が正しければ主人公として魔王を倒すのは彼女である必要性はない。


「カタギリさんの言いたことはわかります。あんな使えない娘より自分自信で世界を救うほうが、はるかに簡単でしょうからね」


 全然わかっていないが、代わりたいという事が伝わったのでよしとする。言い争いをする時間はないのだ。


「結論から言うとそれは可能です。でもオススメはしません」

「そうか、出来るのか……なら、今すぐにでも俺を主人公にしてくれ」


 まず最初の問題は片付いた。代われなければまたエレノアを傷つけることになっていただろう。もしそうなれば彼女以上に俺が耐えられない。


「まあまあ、まずは話を聞いてください。もし立場を入れ替えた場合、一時的にですが、カタギリさんはその世界の住人になります。ダメージを受ければ痛みもありますし、クリアするまでこちらに戻ることは出来ません。そして、ここからが一番重要なのですが、もしその世界の崩壊までに修正が間に合わなければ、カタギリさんはそこで死んでしまいます。それでもカタギリさんは代わりたいですか?」

「ああ、俺はエレノアを救いたいんだ。これ以上、彼女に辛い思いはさせたくない。……どのみち修正ができなければ、世界そのものをやり直すんだろう?」


 長い沈黙の後、紅子は諦めたようにため息をついた。


「はあ…… あの娘と違ってカタギリさんを使い捨てるつもりはなかったんですが。いいでしょう。その世界を手早く直して頂けるのであれば、そのくらいの再修正はお安い御用です」

「……ありがとう。で、どうすればいい?」

「では教会に戻ってください。彼女にある勇者の証、右手のアザを移し替えます。手を握るだけでいいですよ」



 教会に戻った俺に気がついたエレノアは、立ち上がって気丈に笑ってみせた。


「遅かったではないか賢者殿。先程は取り乱してすまなかったな。だが今はこのとおりだ」


 剣を抜き、簡単な演武を披露するエレノア。だが彼女の手は震えていた。袈裟斬りから振り向き、斬り上げた後に手首を返し剣を仕舞う。その最後の動作で剣を落としてしまった。

「あ、あれ? こんなはずじゃ。も、もう一回、いや、とにかく大丈夫だから安心してくれ」


 立ち直りきれていないのだろう。無理に笑おうとして、不安に呑まれている笑顔が辛い。


「……エレノア、ひとつ聞いていいか?」

「あ、ああ。なんでも聞いてくれ」

「嘘偽りなく答えてくれ。大事なことだ」

「…………」


 彼女の顔が真剣なものに変わる。しかし不安の色は拭いきれていない。


「エレノア、もう冒険は終わっていいと言われたら、どうする? もうこれ以上戦わなくていいし、これ以上無駄に死ななくていい」

「な、なにを言っているんだ賢者殿、そんなこと……出来るわけが……」

「もう一度聞く。もう終わりにしないか? 今までどんなつらい目にあってきたか、俺にはわからない。でもさっきの、泣いていた君の言葉は本心だったと思う。すべてやり直せる。もうこれ以上剣を取らなくてもいいんだ。俺がすべて引き受ける」

「そんな、そんなのってないよ。わたし、今まで、なにを……全部、むだ……?」


 呆然と崩れるエレノア。とっさに抱き支えると彼女の身体に力は入っていなかった。

 きっと彼女の心の支えは勇者としての使命だったんだろう。それを俺は捨てないかと聞いた。それは支えであると同時に、彼女の心を削り続けてきたオモリだ。今ならまだ戻れる、俺はそう信じるしかなかった。


「エレノアは今まで頑張ってきた。辛くても悲しくても、何度も何度もその使命を成し遂げようと立ち上がった。それがどんな結末を迎えるか知っていても、それでも立ち向かった。それは決して無駄なことなんかじゃない。昨日まで、エレノアにしか出来ないことだったんだ。でももういいんだよ。全てを投げ出して、逃げ出しても、誰にも文句は言わせない」

「ううう、うわああああああああん」

「やり直そう。もう一度だけ。次は俺が勇者になる。エレノアは見ているだけでいい。世界が救われるところを特等席で見せよう。世界最速の救世を君にだけ見せると誓おう」


 泣きじゃくるエレノアをそっと抱きしめる。震える彼女は小さくて、こんな少女に世界を左右させたのかと怒りが湧いてくる。そんな少女に戦わせていたのかと胸が苦しくなる。

 だがそれも今日までだ。彼女を救ったという自己満足に浸り、彼女の右手をそっと手に取る。

 少しの熱とともに、右手の甲にアザが浮かぶ。歪な紋章だが、次は俺が勇者だ。この世界のすべてを知り尽くした人間の力を思い知るがいい。


「あとは俺に任せておけ。本当の、現代知識で異世界無双を見せてやる」



◆はい、よーいスタート



「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は……カタギリ。今は勇者カタギリだ。改めてよろしくエレノア」

「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼むカタギリ殿。まさか本当にこんな事が起きるなんて……わたしをあの地獄から救ってくれて、感謝をしてもしきれない。本当に、本当にありがとう」


 彼女はアザの消えた右手をさすりながら涙ぐむ。そう言ってもらえると俺も助かる。結局これは自己満足でしかないのだ。だがそれでも彼女は救われたと言ってくれた。俺からも感謝をしなければならない。


「さあ、行くぞエレノア。俺達の冒険はこれからだ」


 ひとまず彼女の見た目を隠さなければならない。ローブを脱ぎ、彼女に渡す。


「ま、待て! なぜ突然脱ぎだすんだ!?」

「なぜって、エレノアは格好だけは勇者のままだからな。とりあえずそれを隠さなければ、万が一狙われると困る」


 アカフォンのステータス画面にエレノアの名はないが、万が一ということもある。ちなみに自分は装備なし状態だが、見た目は元の世界にいたときのシャツとジーンズ姿だ。ちなみにレベルは4なのでステータスはそのまま引き継いでいるらしい。


「な、なら、わたしの装備を……」

「いや、いらない。それも、ないとは思うが自衛のために持っていてくれ」


 本当なら剣くらいはほしいが、今の俺は怒っている。何も知らないエレノアを勇者にして苦しめたこの世界、そして所詮はゲームの世界と何度も見殺しにしてきた紅子に対して、今すぐにコントローラを叩きつけたいほどキレている。

 本当ならするつもりはなかったが、紅子の言葉が正しいならこの世界はクリアすればそれでいいし、ゲームで出来たことはすべてできるらしい。


 なら、俺が選択するのはバグ利用any%チャート。レトロゲームゆえ通常プレイでも4時間程度でクリア可能だが、一刻も早くエレノアをこの世界から救うために手段は選ばない。

 しかし本当にバグまでこの世界が再現しているのか、まずはそれを確認してからだ。


「とりあえず金策からか」


 元のゲームでは最初の村の村長に話しかけると、救済措置として全滅して所持金が無くなってしまっている場合、宿に泊まれるように50ゴールドが貰える。


「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「おお、かたじけない」


 まずは1回目。エレノアが頭を下げゴールドを受け取る。先程エレノアが負けてしまったためこれは普通にもらえる分だ。ところでこの軍資金フラグは所持金のみを参照している。

 すぐに雑貨屋に向かって薬草を購入し、もう一度話しかける。


「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「……よし」


 検証成功。これはバグではないが、ゲームと同じことがこの世界でも起きるというのは本当らしい。

 エレノアは首を傾げる。


「どういうことだ? 村長、資金は先程受け取ったはずだが……」

「気にするなエレノア」


 更に都合のいいことにこのダーケストは買値と売値が一緒だ。アイテム上限の関係でこの村だけで所持金をマックスにすることは出来ないが、そもそもバグ利用ならそこまでの金額は必要ない。

 雑貨屋で薬草に替え、また村長の元へ。


「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「……勇者殿。これは騎士道に反するような……」

「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「騎士じゃない? そうは言っても、流石に人として……」

「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「世界のためとは言っても、やっていいことと悪いことが」

「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「……」

「ワシはイチの村の村長だ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」

「……もう好きにしてくれ」


 以上のやり取りを十数回繰り返し、薬草17個と最後のセーブ地点の街に戻る『巻き戻りの書』、木の盾と革鎧を手に入れる。装備も含めて上限20ぴったりだ。


「武器は装備しなくていいのか?」

「ああ。まずは最強の防具を取りに行く」

「!? 最強の防具だと? そんなものが近くにあるなら、なぜ先に教えてくれなかったのだ!」


 エレノアは憤慨するが、それはあくまでバグ利用下での最強であり、その場所も決して近場ではない。


「そう怒らないでくれ。そもそも近くではないんだ。次の町であるコロンを迂回し、南の沼地を突っ切る。その先にある滅びた町の隠しアイテムだ」

「沼地……? まさか、あの毒の沼地か!? あそこを歩いていくなんて不可能だ!」

「そのための薬草さ。草を食べながら突っ切っていく」


 無茶だとか、無理だとかエレノアは叫んでいるが、俺は聞く耳を持たない。彼女の警告を無視し、俺たちは沼地へと向かった。





「すごい……歩くだけで全身を蝕まれる沼地と聞いていたが……」

「はあ……それは……たぶん……エレ、ノアだけ……だぞ……」


 アカフォンのマップを見ながら地平の果てまで真っ黒な沼地を進む。隣りにいるエレノアは俺と役割を替え外世界の『賢者』になっているため毒沼を歩いても平気らしい。


「だが、……一つだけ良いことも、あるな」


 ゲーム中は屍肉を食らうという設定の鳥型の魔物が現れていたが、屍肉そのものがないためか魔物が現れない。

 見上げればいくらか飛んではいるようだが、設定に忠実なのか襲ってこない。なので薬草にはだいぶ余裕がある。


「しかし滅びた町か…… 私がもっと強ければ……」

「……エレノアのせいじゃない。いつ滅んだのかは定かではないが、はるか昔から滅んでいる町だ。勇者だったからと言って、何でもかんでも背負い込もうとするな」

「……ああ」


 ちなみにアカフォンの、ゲーム上のマップで一歩ごとに1ダメージなので体力の減りは実際よりも少ない。しかし痛みだけは持続しているので、もしエレノアが勇者のままだったら、絶対にこんな拷問のような真似させていなかっただろうな。


 そしてついに町にたどり着いた。


「この町の一見人に見えるものは、すべてリビングデッドやゴーストだ。絶対に話しかけないでくれ」

「ああ。……だが、いくらなんでもアレに話しかけようとは思わないぞ?」

「…………」


 アカフォンのマップ上だと人に見えるが、実物は見るからに腐った死体だった。リアル志向のゲームなら全モザイクだろう。ゴーストの方も明らかに背景が透けている。


「さて。敵はともかく、このへんのはずなんだが……」


 マップ上では1マスだけの沼が、実際には毒のプールのようになっている。


「……まさか、ここにはいるのか!? 自殺行為だぞ!」

「ああ。俺もそう思うが、それでも飛び込むのが勇者だ!」

「勇気と蛮勇は違う! 勇者殿!? 勇者カタギリ殿ー!!」


 エレノアは大げさに叫ぶが、せいぜい水深は1メートルほど。泳ぐようなことにはならなくてよかった。全身がピリピリと痛むが、耐えられないほどではない。

 探し回るほど十数分。俺はついに最強のバグ鎧を手に入れた。


「これが最強の鎧、『マッスルアーマー』だ」

「おお……!! なんというか、筋肉の模様の革にしか見えないが、これが?」


 マッスルアーマー。この防具は防御力ではなく、体力の上限を増やすこのゲーム唯一の防具だ。

 早速装備し、アカフォンを確認。体力は100増えて現在132。


「体力が増えている! たしかにそれだけあれば盗賊の攻撃も耐えられるな。では巻き戻しの書を使って……勇者殿? 何をしている?」

「自傷ダメージ稼ぎ」


 マッスルアーマーを装備した俺はマップ上の地面と沼を往復する。リアルでやるなら毒プールに足を抜き差ししている感じだ。


「待て待て! 体力が凄い勢いで減っているぞ!?」

「いいんだ。死ぬ寸前までこれを続ける。絶対に止めないでくれ」


 体力が9以下になったところでマッスルアーマーを外す。


「!? そんなことをしたら死、……なない?」

「は、はっはっはっはっはっ! 成功だ! この世界でもバグ技は可能! あっはっはっはははははは!」


 アカフォンに表示される俺の現在体力は-91。このバグは実に単純な組み合わせだ。

 前提としてマッスルアーマーで増えた体力は装備を外すと1残るわけでも、死亡するわけでもなく、そのままマイナスされる。

 更にプレイヤーの死亡判定は、体力が0以下になる攻撃を受けたときにのみチェックされる。

 それらを組み合わせることで、どんな攻撃を受けても死亡判定のない無敵状態になる。


「これぞ、どんな攻撃でも倒れることのない最強の勇者! 通称無敵ゾンビ勇者だ! エレノア。外時間にして15分で、俺はこの世界を救うと誓おう!」

「え、ええ……?」


 エレノアはあまりわかっていないようで曖昧に頷くが、バグが利用可能とわかった以上この世界はもはやクリアしたも同然だった。





「次は武器だ」

「ああ、それなら聞いたことがある。攫われた姫とともに持ち去られた勇者の剣。あの剣がなければ魔王には傷一つ付けられないと言われているが……まさか、持ち去られた場所を知っているのか!?」

「知っている。だが勇者の剣は魔王城にあるんだ。そう簡単に取りに行くことは出来ない」

「……やはりそうか。では、それまでの武器ということだな」


 たしかに魔王は勇者の剣でなければまともにダメージを与えられない。それは魔王の防御能力が上限の255であり、対して勇者の最大攻撃力は128。相手の防御力を無視する勇者の剣でなければ1ダメージしか入らない。

 第一形態200、第ニ形態は400。合計600の体力に加え、変身後は回避行動も加わる。普通なら勇者の剣で挑むだろう。

 だが、逆に言えば1ダメージは与えられる。それに魔王は回復をしない。なら必要なのは勇者の剣ではなく、必中の剣だ。

 それに、勇者の剣はきちんと冒険をしなければ手に入らない面倒なアイテムなのだ。早足プレイには向いていない。600ターンかかるっても、そちらのほうが早い。


「というわけで、ここは月の塔。通常ならレベル15程度で来る場所だ」

「……もはや何も突っ込むまい」


 俺は鎧の騎士に殴られながら階段を登っていく。あとに着いてくるエレノアは鎧に怯えながら引いているが、どれだけダメージを受けても俺は死なない。斬られると痛いが、腕が取れるようなことはないのでそこは安心だ。


「……なぜ壁に身体を擦り付けて歩いているんだ?」

「マップ上ではここに隠し部屋が…… あった!」

「勇者殿!?」


 エレノアの視界からは突然消えたように見えたのだろう。悲鳴に近い叫びが聞こえるので、宝箱からアイテムを取りすぐに戻る。


「うわっ! 壁から勇者殿が!?」

「ここは通り抜けられるようになっているんだ。それよりもこれが探していた武器、魔王を倒す最終装備だ」

「……? 勇者の剣ではないのか?」


 俺の手にあるのは『毒手』という鉤爪の付いた篭手のような武器。これは攻撃力は高くないが低確率で即死を与える武器だ。

 なぜこれが必中武器になるかというと、この武器の判定は即死判定と通常攻撃ダメージで別れている。そしてこの即死判定が回避判定とゲーム内部で被っているため、即死の失敗=回避の失敗→通常攻撃となり、すなわち必中になるのだ。


「これで準備は完了した。魔王城へ行くぞ!」

「いやいやいや、いくらなんでもそれは無理だ。あれを見ろ」


 エレノアが指差すのは月の塔から見える魔王城。それは空中に浮かぶ、抉られた大地だ。


「あそこは空の上だ。どうやって行くのかは見当もつかないが、いくら無敵の体力と武器があってもそれだけで行くことはできないだろう?」

「いや、あそこに行くのは簡単だ。……たぶんな」


 まずは巻き戻りの書を使ってイチの村に戻る。そしてアカフォンを見ながら慎重に歩みを進める。次のバグ技はセットアップが重要だ。


「勇者殿? 一体どこへ……?」

「説明しづらいが、簡単に言えばマップの端だ」

「……?」


 当然だが現実となったこの世界にそんなものは見えない。だがマップ上では端まで歩くと、具体的には村を出た瞬間、村と世界は別のマップに切り替わる。


「……ここか」


 何の目印もない、門のようなものも石畳のようなものもない。ただ均されただけの地面。わかりにくいが、何度も往復して感覚を確かめる。うむ、わからん。


「だが切れ目があるなら……行けるはずだ!」


 アカフォンの調べるコマンドを連打しながら村の出入り口を何度も行き来する。


「本当に何を……、……!?」

「……やっていた俺が言うのも何だが、マジでできるのかよ」


 振り返るとそこには魔王城の巨大な門。その先には暗黒の力が渦巻く闇色の空の中心があった。


「さて、行くか」

「行くか、ではない! 何が起きているのだ!? なぜイチの村から出たら後ろに魔王城がある!? なにか敵の攻撃か!?」

「そんな攻撃はないよ。読み込み先ずらし。村から出る瞬間に不要な操作を何度も入力するだけで起こせる有名なバグだ」

「は? バグ?」


 これは意外と簡単に起きてしまうので、インターネットの発達していない時代からゲーム少年たちの間では、『最初の村から魔王城に行ける裏技』として噂になっていたらしい。


「何にしても、ここからはただただ魔王をボコるだけだ。だが、今までできていたことが突然魔王に効かなくなる可能性も十分にある。エレノア、君はここで……」

「何を言うんだ勇者殿。いや、勇者カタギリ。君は無限に思えるほど死に続ける地獄から、わたしを救ってくれた。その時言っていたではないか。世界が救われるところを特等席で見せる、と。そんなあなたを、あなたの伝説を、わたしは見届けたい」


 エレノアの真剣な目。俺はそんなふうに見つめられるのが苦手だった。何もない、ゲームに逃げてきただけの陰キャな俺。だが彼女はそんな俺を信じてくれている。今まで様々なものから逃げてきて、ゲームの世界だからここにいる俺だが、今だけはその目をしっかりと見つめ直す。


「……わかった。魔王は必ず倒す。そして、君をこの世界から開放する」



◆エレノア



 その戦いは、あまりにも凄惨なものだった。


「うおおおおお!!」

「なぜだ、なぜ死なない!?」


 血まみれになりながら、毒手なる暗器で正面から殴りかかる村人にしか見えない男、勇者カタギリ。

 そして邪悪な魔術を次々に繰り出し、しかし怯えたように後ずさる骸骨の姿をした魔王。

 勇者の攻撃は、本当に微々たるものだ。だがそれでも、魔王は確実に追い詰められていく。


「ぬ、ぬおおおおおおお!? なぜ、なぜこの私があああああ!?」

「やったか!?」

「いや、まだだ! エレノアはそこを動くな!」


 長い戦いの末、ついに膝をつく魔王。喜びのあまり勇者カタギリの元へ駆け出しそうになるが、彼の目はまだ魔王を鋭く睨みつけている。


「おのれええええええ! この私を本気にさせたこと、後悔するがいい!!」


 倒れた魔王から黒い煙が吹き出し、その姿がおぞましい化け物に変わっていく。逆さまの巨大な骸骨のような下半身。眼窩から触手のような脚が何本も生え、口の中からは4本の腕を持つゾンビのように肉の崩れた巨人の上半身が生えている。しかしあるべき場所に頭はなく、巨大な眼球が3つ浮いていた。


「……!? なんて邪悪な気配だ……! 勇者カタギリ、本当にこんなやつを……!」

「問題ない! そこで見ていろ! あと4000秒で、この世界は平和になる!」


 叫ぶ彼は、きっとロクに戦ったことがないのだろう。真正面からの魔王へ突撃。構えも何もない上段から振り降ろしで少しだけ傷をつけ、返しの一撃で大きく吹き飛ぶ。

 彼は無敵だと嘯いていた。それはたしかにそうなのだろう。彼の体力はとっくの昔に0以下だが、死ぬ素振りは見せない。

 しかしその全身のアザは、斬り刻まれる痛みは、咳とともに吐き出される血は、全部本物だ。苦痛にうめき、それでも前に進む勇者カタギリ。


 わたしは、わたしは彼に何を返せばいいんだろう。彼はわたしを地獄から救ってくれた。だがそれは、単に彼が地獄を肩代わりしてくれただけだ。彼はわたしが泣いていたから、ただそれだけでわたしを救ってくれた。

 きっと彼はあの調子のまま魔王を倒し、その事を気にも欠けずに消えていく。わたしを助け、進んで地獄を進む彼の後ろ姿を見て、そんな確信があった。

 個の恩は必ず返す。それを胸に誓い、彼の勇姿を目に焼き付ける。


「これで、終わりだあああああああ!」

「ふ、ふざけるなあああああああああ!! ぐおおおおおおおおおおおお!?」


 あまりにも無惨な、死にかけの男の弱々しい一撃。しかしその一撃はたしかに魔王の体力を0にし、見た目はほとんど無傷のままに、魔王の全身から魔力が抜けていく。


「お前は、魔王であるこの私を倒したお前は、一体何者なのだ!?」

「……名乗るほどの、もんじゃねえよ……ただの、タイムアタック走者だ……」

「訳のわからんことを言うな!? ぐおおおお、私の、私の魔力が抜けていく!? もはやここまで…… シュレディンガーに、栄光あれ!!」


 魔王は最後になにかの名前を叫び、派手に爆発して消えていった。勇者カタギリは驚いた顔でそれを見つめ、ふっと笑ってこちらに戻ってきた。

 その足取りは重く、今にも倒れそうだったが、嬉しそうに笑っていた。


「帰ろう。魔王は倒した。これでこの世界に平和は戻ってくる」

「……ああ、帰ろう! 見ろ、勇者カタギリ! 暗雲が薄れて、青空が……!!」


 空は晴れて、宙に浮く魔王城は徐々に高度を落としていく。着水と同時に大きな水柱が幾つも上がり、巨大な虹が魔法の架け橋のように世界中へ繋がった。


「エレノア。本当はこの城を落としてから、虹の橋でここまで渡ってくるんだ。今回はズルをしたがな」

「ふふ。勇者カタギリ、あなたは不思議な人だ。本当に、なんでも知っているんだな」

「何でもは知らない。ゲームの、この世界のことだけだ」

「ならなんでも知っているじゃないか。なあ、本当はどんなふうになるはずだったんだ?」

「そうだな、どこから話すか。まずは……」


 城までの道のりは、来たときとは違ってとても遠い。しかしその足取りは、今までよりもずっと軽かった。



◆エンディング



「おお、エレノアよ! 全ては伝説のとおりであった! 勇者の血を引くものよ! そなたこそこの国の救世主! そなたにはどんな褒美でも取らせると、王の名にかけて誓おう!」


 国に戻る直前に、俺の勇者のアザはエレノアのもとへ戻っていった。慌てて紅子に確認すると、それが世界の修正の証明なのだと言う。なので俺は賢者に戻り、エレノアは勇者として王の前に伏せている。


「顔をあげよエレノア。なんでも願うといい。どれだけの大金でも、領地でも、たとえこの王座であっても、そなたの望みは叶えて見せる」

「わたしの心は、すでに決まっています」


 彼女には話していないが、本来なら主人公は自分の王座は自分で探すと言って、自由を願い新たな旅に出る。

 歴史の中にあって歴史上に存在しない主人公、エレノア。彼女は一体何を願うんだろうか。


「賢者カタギリ殿」


 エレノアはこちらを見つめ、ふっと笑う。一体何だ?


「王よ。わたしは賢者殿に着いていきます!」

「……は?」


 彼女が突然何を言い出したのかわからなかった。着いていくと言われたところで、俺にはどうやって戻るのかもわからない。紅子にはエンディングを見届けろと言われただけだ。


「そうか…… それはこの世界には収まらない、長く苦しい戦いになるであろう。それでも、それを望むのか?」


 いやいや、待て待て。長く苦しい戦い? 俺が? なんで?


「はい。わたしは彼に生命を救われた。今度はわたしが彼を支える番なのです」

「ならば行くがよい! 新たな勇者の旅立ちだ!」


 跪いていたエレノアは立ち上がり、俺のもとに駆け寄ってくる。その後ろには、満足そうに微笑む王様。

 何が起きている!? 俺はこんなストーリーは知らない。混乱している内に聞き馴染みのあるファンファーレ、そしてオープニングミュージックが演奏される。


「わ、な、なんだ!? なにが……!?」

「!? カタギリ殿!!」


 視界が暗転する。世界が歪み、思考が薄れていく。最後に見えたのは必死そうなエレノアの顔。



「お疲れ様でした。当初はどうなることかと思いましたが、さすがカタギリさん。クリアだけでなく本当に彼女をあの世界から救い出すなんて、やりますねえ!」


 軽い衝撃と優しい匂い、そして柔らかな重み。そっと視線を下ろすと、そこにはエレノアが居た。


「……は?」

「着いていくといっただろう? 突然消えようとするな、バカ」


 ゆっくりと身体を起こし周囲を見れば、ソファには紅子が座って紅茶を飲んでいる。テーブルには山積みのカセット。ゲーム機に刺さった古い本は、いくらか新しくなった気がする。


「一ヶ月くらいかかるかと思ったんですが、まさか1時間を切るなんて! これなら次の世界も余裕でクリアできそうですね!」

「まさか……この横にあるカセット全部?」

「はい! わたしはゲームが下手なので!」

「ん!? お前、その顔は! わたしを殺し続けた無能賢者!」

「はい? 弱い勇者は記憶にありませんが、どちら様です?」


 紅子はきっと本当にエレノアを記憶から消したのだろう。剣を首に当てられても、不思議そうに首を傾げている。あるいは歴史がもとに戻ったことで、記憶から消えたのかもしれない。


「エレノア。そいつのことは忘れろ」

「しかし……!」

「彼女のせいで困っている世界はまだまだあるんだ。ところで、本当に俺と一緒に戦ってくれるのか?」

「! ああ、もちろんだ!」


 俺は山の上からカセットを幾つか手に取り、そのうちの1つをピックアップする。


「なら次はこれにしよう。二人プレイ可能なゲームだ。紅子、次の世界の準備をしてくれ」

「おお! 早速次をプレイしてくれるなんて、このカタギリさんは大当たり超えて神当たりです! セーブしておきましょう!」

「カタギリ殿、今度の世界はどんなところなんだ? わたしにも理解できる方法で試させてくれ」

「ああ、もちろんだ。次のゲームはだな……」


お読みいただきありがとうございます。


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