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かくしてわたしは悪役令嬢に転身した。
もとより健康だけが取り柄のようなもの。怪我は二週間もかからずに治り、透明になって意気揚々と王城に向かう。
(みていなさい! 山より高いユージーン殿下のプライドをへし折ってやるわ!)
城内を巡って殿下の部屋を特定し、中に潜んで日が暮れるのを待つ。
デート終わりらしき殿下が帰室し、湯あみに向かったら行動開始だ。
(着替えを全部燃やしちゃうわよ! メイドを呼ぶベルも必要ないわね! はいっこれもこれも、ぜーんぶポイよ!!)
暖炉に夜着を投げ込み、ベルは窓の外に放り投げる。身体を隠せそうなタオルやシーツ類も、漏れなくみんな処分した。
素早く仕事を終えて再び息を潜める。脱衣室から慌てふためいた声が上がると、自然と口角が上がった。
「なんだこれは! 服がない。ベルもないじゃないか。おい、誰か! 来てくれ!」
浴室のドアが薄く開き、濡れたままのユージーン殿下が居室に顔を覗かせる。タオルもシーツもないという状況を理解すると、彼は羞恥に顔を赤らめ、ぐるぐると全裸で部屋を歩き回ったものの、やがて意を決したように廊下へ出た。
「キャ――――ッ!!!! 変質者っっ!! 誰か来て! 殿下のお部屋の近くに素っ裸の変態が!!!!」
廊下で最初に行き会ったのは、運悪く勤めて日が浅いメイドだったらしい。
第一王子の顔も知らぬ新人メイドさんは、まさか全裸で登場した男性がご本人だとは思わない。びしょびしょに濡れて前髪で顔が隠れていることもあり、殿下は駆け付けた近衛騎士に拘束された。
「このっ! このっ! どこから入ったのよ! 不届き者めっ」
彼女は職務意識に溢れた勇敢な人物だったようで、近衛の腰から警棒を抜き取って殿下をめちゃくちゃに叩いた。近衛がいるからすぐに正体はバレるだろうけど、実に愉快な光景だった。
「いてっ! こら、俺を誰だと思っているんだ。ただじゃ済まされないぞ!」
「うるさいわねっ! 反省なさい! 裸になるならねっ、もっと立派なものをつけてからにしなさいよっ!!」
「なっ、なんだとっ……!! このアバズレめっ」
『小さい』と言われてしまったユージーン殿下は顔を真っ赤に染め上げる。
(うふふ。確かにご立派とは言い難いものですわね)
夏場に川で水遊びをしている幼児ほど、とまではさすがにいかないけれど。なんだかお可愛らしいものがついているわね、と思ったのは事実だ。あのメイドさんとは気が合うかもしれない。
笑い出しそうになるのを必死で抑えながら現場を後にし、公爵邸に帰った。
顛末を話したコルネリア様は顔を赤くしていたけれど、「それは痛快でしたわね」と心からの笑顔を浮かべたので、わたしは推しを少しでも元気づけられたことに胸を撫で下ろしたのだった。
立て続けに事件を起こすと不自然だと思ったので、十日に一度のペースで復讐を行うことにした。
次に実行したのは『蜂蜜作戦』。これ見よがしに学園の中庭でイチャイチャしている二人の背中にそうっと蜂蜜を垂らす。ジャレット公爵家の領地では養蜂が盛んなので、蜂が好む特別上等なものを融通してもらったのである。
中庭には見事な花畑が広がっている。さっそく匂いに反応した蜂たちが、ブゥーンと不穏な低い音を立てて二人の背中に群がり始めた。
「きゃっ! 蜂ですわ! 殿下、怖いですっ!!」
「うわっ!? いきなりなんだ、こんなにたくさん! って、マルゲッタ。そなたの背中に蜂蜜がついているぞ。そのせいだ!」
「あたしの背中に蜂蜜が!? いったいどうして。……あっ、痛い! やだ、刺されたわ。痛い痛い、あっちに行ってったら!」
「こっ、こちらに来るなマルゲッタ! 俺の方にも蜂が来るだろう!」
裏手の森からも次々蜂が誘引され、暴れる二人を容赦なく刺していく。
自分の背中にも蜂蜜がついているとは知らない殿下はマルゲッタ様が元凶だと思い込み、彼女を置き去りにして自分だけ逃げるように走り出した。
「すまない、マルゲッタ!」
「あっ、殿下! あたしを置いて逃げるのですか!?」
蜂に囲まれ呆然と殿下を見つめるマルゲッタ様の顔は、コルネリア様へのいい献上話になったのだった。