5
医師からは全治二週間と診断されている。
ベッドでの暇つぶしにと、コルネリア様は図書館からたくさんの本を借りて差し入れてくれた。『後輩いじめによって婚約破棄された公爵令嬢』というレッテルを貼られたコルネリア様も辛いに決まっているのに、わたしの前では明るく気丈に振る舞っている。
(お辛い気持ちを少しも見せないなんて。やっぱり淑女の鏡。国母の器だわ。……いいえ、この世界を統べる女神の器と言った方が適切ね。マルゲッタ嬢が王妃になったら、正直この国は“推せ”ないわ……)
日当たりのよいベッドからふと窓の外を眺める。世界は今日もいつも通りの風景だ。
実家に居たころはのんびり外を眺めることなんてできなかったから、実に贅沢なひとときだと思う。
あの家でも、いつも通りに時が流れているのだろう。もともと要らない部品だった自分が抜けたところで、両親と妹にはなんら支障は生じない。
手元の本に目を戻す。手遊びにパラパラとページをめくると、裏表紙の袖が目に入った。紙製のポケットに入っているのは貸出カードで、当たり前だけれどコルネリア様の記名がある。
コルネリア様は文字も美しいのよねと誇らしい気持ちになりながら、その上の行に書かれた名前に目が留まる。
「アルフレッド・レオニディス……」
それは、この国の第三王子殿下の名前だ。
同じ学園の二年次に在籍しているらしいけれど、あちこちで姿を見かける第一王子のユージーン殿下と違って、アルフレッド殿下の姿はお見かけしたことがない。コルネリア様と首席を争うぐらい優秀だとか、無口で付き合いが悪いとか、本当かも分からない噂を時折耳にするぐらいだ。
けれどよく知ったような気持ちでいるのは、この図書カードが理由だった。
(わたしが借りる本は、九割がた先に借りられているのよね。入学に一年の差があるとはいえ、とてつもない読書量よ)
ユージーン殿下はそう見えないけれど、本来王子とは多忙なもの。学園での勉学以外にも王族としての仕事があるはずなので、読書する時間なんてあるんだろうか。正体不明のアルフレッド殿下について、わたしは時々思いを巡らせることがあった。
(もしお会いできるようなことがあれば、せひ本のお話がしたいわ。お互いの読書体験について語り合いたいし、おすすめの本も教えていただきたいわね)
図書室通いが始まってから、わたしは読書が大好きになった。推しの観察という理由がなくたって、世知辛い現実から素晴らしい物語の世界へ飛び立つ体験は心の大きな支えだった。失いたくないと、初めて心の底から感じたものだった。
そしてまた、同じように日々図書室を利用しているコルネリア様にとっても、大切な場所に違いないと思うのだ。
(……わたくし、今が変わるときなのかもしれないですわ)
ぱたんと本を閉じて、わたしは再び窓の外の、とびきり眩しい太陽を見上げたのだった。