【後日談】セリアーナのやきもち
国家転覆を企んだバロンド侯爵は投獄され、娘のローズ様も学園を退学となってしまった。
大輪の薔薇のような存在感があった彼女がいなくなったことで、良くも悪くも学年内の雰囲気はどこか張り合いのないものになっていた。
主を失った取り巻きの生徒たちはみな、気の抜けたような顔で過ごしている。
「ローズ様はこれからどうされるのかしら。侯爵位は間違いなく剥奪されるでしょうから、平民になられるのかしら?」
放課後アン様と街の文房具店に寄ったあと、近くのカフェでお茶をしながら一息ついているところである。
わたしがぽつりとこぼすと、アン様はケーキを切る手を止めた。
「おそらくそうなるかと……。これは内密の話なのですが、セキディア帝国に渡って何らかの支援を受けるのではないかという話も耳にしました」
「えっ!? まっ、まだ帝国と繋がっていたの!?」
侯爵は隣国であるセキディア帝国での地位と引きかえに、今回の謀反を起こしたとされている。両者の繋がりは切れたとばかり思っていたけど、そうじゃないってこと!?
「父が部下と話しているところを偶然耳にしただけですので、何とも言えませんが……。侯爵様は処刑やむなしかと思いますが、ローズ様はまだ学生の身分なのでおそらくそのうち釈放されます。この国で罪人として生きるよりも、セキディアで再起を目指すよう指示している可能性は十分考えられるのではないでしょうか……」
「そ、それってまずいんじゃ。アルフレッド殿下や公爵様はご存じなの?」
「うちの父が知っているくらいですから、当然ご存じでしょう。きちんと手を打たれると思いますよ」
「よ、よかったぁ~!!」
もう争いごとはこりごりだ。せっかく平和が戻って穏やかな学園生活を送れるようになったのだから、このまま毎日を謳歌していきたい。
(……でも、転んでもただで起きなさそうなのは確かなのよね。ローズ様ってそういうご性格だもの)
彼女の周りには常に男女問わずたくさんの取り巻きがいた。輪の中心で高らかに笑い、王女様より王女らしく振る舞うローズ様は抜群に華やかだった。
そして彼女自身も自分の魅力を自覚していて、それを武器にしてしたたかに社交界を渡り歩いていたのだ。
コルネリア様を月と例えるなら、ローズ様は太陽。こんな事件がなければ間違いなく高位男性と婚姻を結び、同年代の貴族女性たちを引っ張っていく存在だった。
(……実際、アルフレッド殿下と懇意になろうとしてらっしゃったし)
取り調べによって、ローズ様がアルフレッド殿下に接近したのは「侯爵陣営に引き込むため」だったと判明している。気が弱く大人しい(と思われている)殿下なら、ローズ様が迫ればすぐに篭絡できるとバロンド侯爵は踏んでいたらしい。
幸いメガネが外れた俺様殿下によって失敗に終わったけど、あれは見ていて気分のいいものではなかった。
思わずため息をつくと、アン様が首をかしげる。
「セリアーナ様、いかがされました? まだ心配なことが?」
「……ローズ様がアルフレッド殿下に色仕掛けをしているのを見てしまったことがあるの。ちょっとそれを思い出してしまってね……」
「まあ、そんなことが? なんというかローズ様らしい作戦ですわね」
「指示したのは侯爵だそうよ。この計画が成功した暁には、帝国皇太子殿下との婚約を約束していたのですって」
帝国の皇太子は武勇に優れ見目も麗しいという噂だ。この王国より格上の帝国皇太子妃となれば、貪欲なローズ様が計画に乗ったのも頷ける。
「つまり、アルフレッド殿下のことはなんとも思ってなかったのだけどね。ねえアン様、こういうモヤモヤした気持ちがヤキモチって言うのかしら?」
訊ねると、アン様はぱっと頬を染めて何度も頷いた。
「そうだと思いますわ! 先日、図書室で借りた恋愛物語でもそのようなシーンがありましたもの」
「やっぱりそう? 自分でも不思議だったのよ。たとえば大好きなコルネリア様に立派な殿方が現れたら心の底から嬉しいのに、アルフレッド殿下に関しては女性が近づくと心が落ち着かなくなるの。この差ってなにかしらとずっと悩んでいたの」
「うふふ。セリアーナ様は殿下のことがたいそうお好きだということでしょう。独占欲というものですよ」
恋愛小説にどっぷりハマっているというアン様は、目を輝かせながらあれこれ教えてくれた。
そして、一つのアドバイスを授けてくれた。
「正直に打ち明けるのがよいみたいですわ。嫉妬に駆られて『悪役令嬢』に闇落ちされてしまうご令嬢もいるそうなのです。そうならないように、殿下にお気持ちを打ち明けるのです!」
「やっ、闇落ち!? わたしが読んだ悪役令嬢物語はそういうのじゃなかったけど、いろいろな悪役令嬢があるのね……」
元悪役令嬢として、他人事とは思えなかった。
このままいけばわたしは王子妃となる予定で、殿下と共に微力ながら国を支えていくことになる。そんな中で闇に落ちてしまったら周囲に掛ける迷惑は計り知れない。
アン様に助言を求めて正解だったと安堵する。
「わかったわ。殿下も『困ったことがあったらいつでも相談してほしい』とおっしゃってくださっているし、手遅れになる前に申し出ることにするわ」
「ええ、それがよいですわ」
わたしはさっそく翌日殿下に相談した。
殿下が女性と会話していると心がモヤモヤすること。自分はローズ様のように華もなく美人でもないが、殿下のことが好きなのでこれからも一緒にいてほしいこと。
「闇落ちする前に、早めに相談してくれてありがとう」――そんな言葉を想像していたのだけど、結果はまったく違うものとなった。
その日わたしは初めて王城から帰らせてもらうことができず――メガネをかけたりかけてなかったりする殿下の愛情を、しかと受け止めることになってしまったのだった。
アン殿、グッジョブ!(殿下より)




