エピローグ(後)
「やっ、やあ。授業お疲れ様。入って」
「お邪魔します」
殿下が引いてくれた椅子に、お礼を言って腰かける。
いつもはずらりとお菓子が並ぶテーブルには、今日はお茶しか並んでいない。
「えっと……。茶菓子は不要だっていうの、もっ、もしかして、前回のものが口に合わなかった? ごめんね。次回は違うものを用意するから」
「いえ、そうではないのです」
おろおろとして縮こまる殿下。今回は、お菓子は不要ですとお伝えしていたのだけれど、理由をお伝えしなかったので気にされているようだった。
わたしは持ってきた紙袋を膝に乗せ、中から次々とお菓子を取り出して並べていく。
目を丸くしている殿下が可愛らしくて、くすりと笑みがこぼれる。
「今日は、わたくしがお茶菓子を作ってきました。甘さ控えめですので、よろしかったら食べてみてください」
「せっ、セリアーナ嬢の手作り……??」
震え声の殿下は、もはや泣き出しそうな顔になっていた。ただのお菓子を信じられないようなもので見たかのように凝視している。
「はい。殿下のために作りました。コルネリア様が教えてくださったので、味はお墨付きです」
「ぼっ、僕のために……!!」
雷に打たれたような表情をする殿下。喜んでくださることが分っていたからこそ、わたしも作って差し上げたいと思うのだ。
殿下のお皿にクッキーやチーズケーキなど少しずつ盛ってあげる。震える手でフォークを持った殿下は爆弾でも食べるかのように恐々と口に含む。
「……美味しい。すごく美味しい。君は天才だ」
「ありがとうございます。先生が素晴らしいですからね」
コルネリア様とお料理ができるなんて、それこそ天にも昇るような体験だった。もちろん目的は殿下のためなのだけれど、わたしだけ一石二鳥してしまった感は否めない。
コルネリア様はバロンド侯爵事件の日は裏方に回っていたのだけれど、計画の成功をとても喜んでくれた。公爵様が怪我をしてしまったことも、「お父様ならあれくらい平気よ。名誉の傷は多い方がいいもの」と男前な台詞で笑い飛ばしていた。
「……アルフレッド様。あの、今日は一つお話しが」
わたしの言葉に殿下は石のように固まった。フォークからぽろりとチーズケーキが落ちる。
ドキドキと心臓が高鳴っている。思い切って呼んではみたけど、声が少し震えてしまった。この緊張は、きっとアルフレッド様にも伝わってしまっているだろう。
「あの、わたくし。……アルフレッド様のことをお慕いしております。これからもアルフレッド様のお隣にいさせていただけたらと思うのですが………。よっ、よろしいでしょうか」
すると、すごい勢いで殿下の顔がテーブルにぶつかった。ゴツン!! という痛々しい音が響く。
銀色の髪に隠れてお顔は見えないけれど、耳の先まで赤くなっている。ぷしゅううう、と頭から湯気が立ちのぼる幻影が見えた。
「えっ!? 大丈夫ですか!?」
慌てて席を立ち、テーブルに突っ伏せる殿下を抱き起す。
すると、ぐるんっと視界が回り、今度は逆にわたしの背中がテーブルに押し付けられていた。
「ねえ、今なんて言ったの? もう一度聞かせてほしいな、セリアーナ」
猛獣のようにギラリと光る、金色の瞳。
蜂蜜のような甘さはどこかに吹き飛んで、途端にわたしは捕食されるウサギになってしまう。
「あの。め、メガネが外れて」
「メガネなんてどうでもいいでしょう? 僕は僕だと言ってくれたのはセリアーナなんだから」
唇を尖らせながらも、アルフレッド様は頬を赤く染めてとても嬉しそうだった。
その笑顔は、いつもの彼とやっぱり変わらない。多少強引になったって、アルフレッド様は優しくて聡明で、世界一の王子様だ。
「ねえ。だから、もう一度言って?」
アルフレッド様はもう一度囁いた。おねだりするような言い方が可愛らしくて、わたしの心にはじわりと温かいものが広がっていく。
「……お慕いしております、アルフレッド様」
すると、強い力でぎゅっと抱きしめられる。獅子王の魔能が発現しているにもかかわらず、彼の腕は小刻みに震えていて、昂った感情がわたしにまで伝わってくるようだった。
「……ありがとう。僕の大切なお姫様」
柔らかい銀の髪を撫でながら、わたしは幸せを存分に噛みしめていた。
図書室に通い始め、コルネリア様や殿下と出会ってからの日々を回想して、感慨深い気持ちになる。
――悪役令嬢は、もう引退ね。
わたしの役割は、世界一素晴らしい王子様を”推す”ことになりましたから。
(了)
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