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喉元に剣を突きつけた兵士だけを残して、あとの二人は後ろに下がる。
バロンド侯爵は腰に佩いた剣に手をかけ、公爵様の目の前に仁王立ちした。
「私が味わった苦しみを、お前もあの世で味わうがよい!」
黒光りする剣が振り下ろされ、わたしは思わずぎゅっと目を閉じた――――。
「バロンド侯爵! 教会は王国軍が包囲した! 今すぐ剣を捨てよ!!」
神の啓示のようにまっすぐで凛とした声が、廃墟のような教会に眩しい光を伴って射し込んだ。
侯爵の剣は、振り下ろす途中でぴたりと止まった。
「誰だ? 王国軍だと? そんな馬鹿な」
振り返った視線にいたのは、大勢の騎士たちを率いたアルフレッド殿下だった。自らも騎士服に身を包み、腰には剣を佩いている。
彼は公爵様とわたしに目を走らせ、宣言する。
「王の名のもとに、反逆者・バロンド・フォン・セルリアンを捕縛する! 皆の者、かかれ!」
そこからの一部始終はあっという間の出来事だった。
屈強な騎士達は抵抗する侯爵を制圧し、無数の剣先を突きつけた。公爵様は衛生兵によって迅速に応急手当てがなされ、無抵抗のお父様の両腕には手錠がはめられた。
女神像に縛り付けられているわたしの元には殿下が真っ直ぐに走り寄る。
「せっ、セリアーナ嬢! 大丈夫かい? 怪我は? こんな目に遭ってしまって、だから僕は……」
先ほどまでの雄々しい姿とは打って変わって、いつもの殿下だ。
「大丈夫です。全て殿下の計画通りですね。上手くいきました!」
「まったく……。わざと侯爵に存在を気がつかせてアジトを突き止めるだなんて。こっ、こんな肝の冷えることは、もう二度とご免だよ」
――そう。全ては最初から最後まで計画通りだった。
宰相様の部屋へ計画書を盗みにきたところを取り押さえるのではなく、あえてわたしの存在を気がつかせて、全ての証拠もろとも押さえるというのが、この作戦の全貌だった。
バロンド侯爵の魔能は「空間識」。僅かな音や動きを察知できるというものだから、わたしがうっかり鼻をすすらなくても、遅かれ早かれ存在は気がつかれていたはずだった。
二つだけ想定外だった点が、お父様も共犯だったことと、公爵様がお怪我をしてしまったこと。公爵様は殿下が騎士たちを連れてここに到着するまでの時間稼ぎをしていたのだけれど、思ったより相手が手練れだったようだ。
「いやあ、すまなかったね。大聖堂に入る前に、物陰に潜んでいた兵を少なくとも十人は片付けたんだけど。まさかあと六人もいるとは思わなかった。僕の奴に対する読みが甘かったよ。一人に対して二十人の兵をあてるって。執念深いな、本当にあの男は」
手当てを終えた公爵様がわたしたちのところへやって来た。右手の二の腕にはぐるぐると包帯が巻かれていて痛々しい。
「公爵様! お怪我は大丈夫ですか!?」
「ああ、かすり傷だから問題ない。いや、恥ずかしいね。娘の前でいい所をみせられなかった」
「いえ。すごく、すごくすごく格好良かったですよ。自慢のお父様です」
すんでのところで殿下が間に合って本当に良かった。そうでなければ、公爵様の命はなかったかもしれない。
「もっ、申し訳ありません、公爵殿。道中、少しだけ道に迷ってしまいまして。もっと早く僕が着いていれば負傷しなかったのに」
殿下がわたしの鎖と縄をほどきながら謝る。
彼の後ろから、すっと分身のようにヨセフ様が姿を現した。
「わたくしの責任でございます。殿下にお仕えする前はこちらの教会に勤めておりましたので、地図を確認することなく自分の記憶をもとにご案内さしあげましたら、一つ手前の道を曲がってしまったのです。どうか罰をお与えください」
「いいや、本当に気にしないでくれたまえ。戦場ではこんな傷じゃ済まないからね。ヨセフ殿も案内ご苦労だった」
「し、しかし……」
真っ青な顔で身を硬くするヨセフ様。その姿をじっと見ていた公爵様は、驚くべき発言をした。




