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(いったいどこに行くのかしら?)
お城の裏口から出て、粗末な馬車に乗せられて。
王都の舗装された道を抜け、そして山道に入り、体感的には三時間以上走り続けている。深夜の森は闇が深く、聞いたことのないような鳥の声が不気味に響いていた。
さらに三十分ほど走ったところで馬車は止まった。乱暴に馬車を下ろされると、荒れた野原の真ん中。今にも崩れ落ちそうな古い教会が、ぽつんと視界の先にあった。
――ここには見覚えがあった。
(わたしが魔能測定を受けた教会だわ)
魔能の測定ができる教会は特別で、国内に五か所しかない。実家の伯爵領から最も近く――とはいえ馬車で一時間以上はかかるけど――にあったのが、国境にほど近いこの東部教会だ。
施設の老朽化を理由に、今は少し離れたところに移転している。古い建物は廃墟同然で打ち捨てられていた。
「鎖に繋いでおけ。口布は外さないように」
「ははっ」
崩れ落ちた石材や木片が転がる教会の中を進み、聖堂の大きな女神像にわたしは縛りつけられた。
この像がコルネリア様を模した物だったら少しは気分が上がったかもしれないけれど。あいにくわたしは天上に神などいないと思っているので、気分は沈んだままだった。
侯爵は礼拝者が座る椅子に腰を下ろす。懐からなにやら丸く透明な玉を取り出し、話しかけ始めた。
「レオナール閣下。計画書は確かに手に入れました。予定通りです」
すると手のひらサイズの玉が淡く光り、壮年男性の声で喋り始めた。
『ご苦労であった、侯爵よ。我らが手を組めばラランデル王国を奪い取ることなど造作もない。気弱な王に、愚かな王子たち。我が帝国の一部となる方が、国民も嬉しかろうぞ』
(――――??)
玉が喋っているのではなく、玉の中に映る人物が話しているみたいだ。
ここからでは遠くて顔までは見えないけれど、侯爵様の口ぶりから推察するに、隣国セキディア帝国のレオナール皇帝陛下か。
コルネリア様が予想していた通りだった。バロンド侯爵はセキディア帝国と手を組み、この国をひっくり返そうとしている。
「軍事遠征の日に王城を襲撃し、王を玉座から引きずり下ろします。そのあとは、あなた様のお好きなように」
『問題はジャレット公爵だ。あの男は食えない。すでに嗅ぎつけている可能性まで考えた方がよい』
「その件ですが、よい方法が見つかりました」
侯爵は玉から視線を外し、蛇のような目でちらりとわたしを見た。
「公爵は最近養子をとりまして。実の娘のように目をかけているのですよ。その娘が私の手中におりますので、餌にして公爵をおびき出します。私兵に襲わせ、事故に見せかけて村人にでも遺体を見つけさせます。これで邪魔者を排除できる」
『おまえはほんとうに冷酷な男だな。国を憎み、公爵を憎み。だが、案ずることはない。おまえの国では認められなくとも、帝国では将軍の椅子を用意して待っている。おまえはわたしに必要な男だ』
「勿体なきお言葉です。閣下」
玉に向かって深々と頭を下げた。
「娘が手に入らなくとも、あの男には痛い目をみせようと思っていましたから。すでに"娘を引き渡してほしければ一人で来い”と伝令を出しましたから、明朝には吉報をお耳に入れることができるでしょう」
『うむ。待っておるぞ』
「はい。では失礼致します」
玉の光はしだいに弱くなり、やがて完全に消えた。
侯爵様は大事そうに懐に戻し、身を屈めて椅子の下から長い剣を取り出した。
「あの男の息の根はわたしが止める。クク、胸が躍る……」
すっくと立ちあがり、目にもとまらぬ速さで剣を鞘から抜いた。
流れるような動きで剣を薙ぐと、音も立てずに椅子が真っ二つになって崩れ落ちる。
(ひええっ…………!!)
剣の切れ味を確かめるかのように、侯爵はばっさばっさと周囲の椅子を斬っていく。軍人時代の侯爵の腕は相当なものだったのだろうと、素人のわたしにもわかった。
壁際に立っているお父様は、身体と顔をこわばらせてその様子を凝視していた。
ガラスが割れた窓から外を見上げる。いよいよ夜は深まり、おそらく深夜一時二時といったところだろうか。
この空も、どこかで殿下や公爵様とつながっているのだろうか。そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられた。




