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王都貴族街に位置する、とある伯爵家の邸宅には、ピシン! バシン! という物騒な音が響き渡っていた。
静かな夜の帳。屋敷の外まで聞こえる鞭の音に、通りがかった人々は眉を顰める。
激しい折檻を受けているのはセリアーナだった。
「まったく! セリアーナ、あなたってほんとうにごく潰しだわ。ユージーン殿下に盾突いたばっかりに、お父様が注意を受けたそうよ。我が家が冷遇されたらどうしてくれるのよ! このっ! このっ! 反省なさいっ!」
鬼のような形相で鞭を振り下ろすお母様。サイドテーブルに腰かけて優雅にティーカップを傾けるミアは、鞭で打たれるわたしを見世物のように楽しんでいる。
無口で仕事命なお父様は、日ごろ自ら手を下すこともないけれど、虐げられるわたしを助けることもない。鞭の音は屋敷中に響き渡っているが、仲裁に来ることはないだろうと分かり切っていた。
(――後悔なんてしてないわ。だって、コルネリア様はやってないもの。あの方がいるから、わたくしはこの世界は悪人だけじゃないって知った。唯一無二のコルネリア神を傷つける者は、誰であっても許さないわ!)
薄汚いお仕着せは破れ、血が滲んでいる。意識が薄れるまで鞭打たれたわたしは、ぼろ雑巾のように極寒の屋敷外に捨てられた。
仁王立ちしたお母様が、ゴミでも見るような目を向ける。
「勘当よ、セリアーナ。もう二度とこの家の敷居を跨がないで。能無しなのだから、せいぜい身体でも売るといいわ。まあ、大した値段なんてつかないでしょうけれど」
言い捨てて、伯爵家の門はゆっくりと、そして固く閉ざされた。
痛みで動くことができなかった。
ごろりと仰向けになって夜の空を見上げる。丸い月が涼やかに自分を見下ろしていた。
(……こんな日でも月は美しいのね。……でも、なにかしら。心はすっきりしたわね。これ以上あの家にいるくらいなら、一人で生活したほうがましだもの……)
季節は真冬。鞭打たれたせいで皮膚は熱を持っている一方で、身体の芯はひどく寒かった。
地面に倒れたままぼんやりと紫色の空を見上げていると、白いものが舞い落ちてきた。頬にふわりと乗ったそれは優しく溶けていく。
(雪……)
なんだか眠たくなってきた。どこか温かい室内に移動しないとまずいと理解していても、動くことがひどく億劫だ。
自分はこのまま死ぬのかもしれない。
薄れゆく意識の中で走馬灯のように見たものは、愛すべき場所だった図書館の風景。いつも真面目なメガネ君に、大天使コルネリア様。あの場所に戻りたかったと思いながら、わたしは知らぬ間に瞼を閉じていた。