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バロンド侯爵様の計画を止めるための策略。
入念な準備を重ね、とうとう決行の日がやって来た。
わたしは透明ではない姿で王城の殿下の部屋にいた。コルネリア様、公爵様、学園長もとい宰相様にと、今回の策略を計画した主要人物も勢ぞろいしている。
「ねえセリアーナ嬢。いっ、今からでも止めないかい? 君が危険な目に遭うことが、心配でたまらない」
朝からぴたりとわたしの側に着いて離れないアルフレッド殿下。心細い犬のような姿は、逆にわたしの緊張をほぐしていく。
「大丈夫ですよ。失敗しないように細かく計画を練ってくださったのは殿下です。だから危険なことは起りません。そうでしょう?」
「そっ、それはそうだけど! でもやっぱり……」
煮え切らない殿下を見て、やる気満々のコルネリア様は微笑んだ。
「過保護ですわねえ、殿下は。わたくしは嬉しかったですわよ。セリアーナが計画を申し出てくれたとき。さすがジャレット公爵家の娘だと思いましたわ」
「ああ。透明人間になれるセリアーナにしかできない計画だ。感謝しているよ。僕たちも全力で援護するから、安心するといい」
公爵様も機嫌よく口髭を弄びながら、ダンディな声で言った。
考えた計画を打ち明けたとき、開口一番に反対した殿下と違って、公爵家の皆さんは大賛成だった。質実剛健、勇猛果敢な公爵家の血筋なのかもしれない。あまりに対照的な反応に思わず笑ってしまったくらいだ。
――今回の計画はこうだ。まず、『大規模遠征の計画が変更になった』という噂を城内に流し、バロンド侯爵様の耳に入れる。必ず侯爵様は変更後の計画書を手に入れようとするだろうから、書類を置いた部屋にわたしが透明になって身を潜め、侯爵様が盗みに来たところで姿を現す、というものだ。
「現場を押えれば言い逃れはできませんからね。わたくしの魔能が役に立ててよかったです」
「せっ、セリアーナの魔能に頼るのはこれきりだ。以後、誰も彼女の魔能を利用してはならない。相談事ができたときには、まず彼女ではなく僕に上奏してほしい。いいね?」
「かしこまりました。アルフレッド殿下」
公爵様と宰相様が恭しく礼をした。
殿下ったら、わたしの魔能が悪用されることを心配してくれているのね。
昔の家族とは大違いだと思いながら、そういえば、わたしに親切な助言をしてくれたあの神官様はお元気かしらと懐かしくなる。もうずいぶん昔のことだから、名前もお顔も思い出せないけれど。
神官様の言う通り、この能力は、わたしの大切な人たちを守るためにあったのだわ。
――そう思えば、全身に勇気がみなぎってくる。緊張はすっかり吹き飛んでいた。
「では、準備に入りましょうか。数日前から噂は流してあり、計画書は宰相様の部屋にある。宰相様は本日終日留守の予定で、部屋には不在ということになっています。……お間違いないですね?」
「うむ。部下を使って城中に情報を流したから、確実にやつの耳にも入っているはずだ。終日不在という機会はそうないから、必ず今日動くだろう」
宰相様は厳めしい顔で頷いた。
「では、計画開始です!!」
わたしがすっと透明になった瞬間、みんなの息を呑む音が部屋に響く。
初めてこの魔能を目の当たりにした公爵様は「ほほう」と面白そうな笑みを浮かべ、宰相様は目を丸くし、ヨセフ様は信じられないものを見たような顔をしていた。
――わたしたちの、勝負の一日が始まった。




