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「わたくし、喉が渇きましたわ。お茶を下さらない?」
「あっ、はい」
お茶を出されないということは歓迎されていないという意味なのに。当然そのマナーを知っているはずのローズ様は、平気な顔でお茶を要求した。
(さっきからローズ様、ちょこちょこと失礼なのよね。相手がお優しい殿下だからと言って、調子に乗られているのね)
殿下はおろおろしながら侍従にお茶を頼む。
わたしはだんだんイライラし始めていた。
(殿下はお忙しいのに。ローズ様のわがままに付き合う時間は、本来ないはずなのよ)
ほんの少しやりとりを見ただけでも、ローズ様は殿下のことをこれぽっちも尊敬していないことがわかる。年上であるとか王子であるとか、そういうことをまるで気に掛けていない。派手で良くも悪くも『王子様』らしかったユージーン殿下と比較して、侮っているとしか思えなかった。
殿下も困っているけれど、侯爵令嬢という身分ゆえ、無下に帰すことができないんだろう。
わたしは辛抱たまらなくなり、ティーセットを運び入れる侍従の後について室内に侵入する。香水と化粧品の匂いが一段と濃くなり、鈍い痛みが頭を襲う。
髪と唇と同じ、胸元が広く開いた深紅のドレスをまとったローズ様。余裕たっぷりの表情で、まるで自分のお屋敷かのようにソファでくつろいでいる。
「殿下が淹れて下さらない? そのほうが百倍美味しいお茶になりますわ」
ピキッ、と音がして青筋が立つ。
(ご自分は華やかなドレスに身を包み、優雅に扇子を仰いで一歩も動かないのに? いい加減にしてくださらないかしら。アルフレッド殿下は召使いではないのよ!)
思わずローズ様に向かって一歩踏み出すと、律儀にお茶を入れようとして立ち上がった殿下にぶつかった。ほとんど同時にカシャンと小さな音を立てて、何かが床に落ちる。
それがなにか分かったわたしは、ああやってしまったと頭を抱えたくなった。
ぶつけた顔を抑える殿下の顔には――メガネがなかった。




