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(アルフレッド殿下が、ローズ様と懇意?)
公爵邸に帰った後も、頭の中は悶々としていた。
話を聞く限り、ローズ様の一方的な行動のように思われる。殿下は誠実なお人柄だから、間違いは起こらないと思うけれど――。
(……でも、ローズ様が積極的に迫っていたら?)
ぐいぐい行くローズ様に困惑する殿下。そういう構図なら簡単に想像がついた。
学年一の美貌を誇り、スタイルも抜群なローズ様。いくら真面目な殿下でも押し切られてしまうかもしれない。そう、今この瞬間にも……。
(…………っっ!)
想像すると、いてもたってもいられなくなってきた。
わたしは考えるより先に透明になっていて、王城へと駆け出していた。
◇
殿下のお部屋は、おそらくユージーン殿下のお部屋の近くだろうと当たりをつけていた。一回来たことがあったこともあるし、近くまで来るとドアの前に佇むヨセフ様の姿を見つけたから、居場所を突き止めることは難しくなかった。
ヨセフ様は渋い柿でも食べたような顔をしていた。彼の背後にある部屋のドアの隙間からは、女性の少し鼻にかかったような甘い声が漏れ出している。
ドアを開くわけにはいかないので、体半分くらい開かれたドアの影に身を潜める。
「わたくしの目は節穴でしたわ。殿下がこんなにも魅力的なお方だと知らなかったことを、心より恥じております」
「えっ、えっと。……今日は何の用でしょうか」
予想通りローズ様は直球勝負に出ている。そして殿下はたじたじだ。
「嫌ですわ、殿下ったら。決まっているじゃありませんか。今日こそいいお返事を聞かせて下さるのではないかと思って足を運びましたのよ」
パチッ、バサッと音がして、ローズ様が扇子を広げたことが分った。
ドアの隙間から濃厚な香水の香りが漂ってくる。
殿下にはひどく似合わない、ひたすら甘ったるい香り。
「その件は……。なっ、何度も伝えているけど、お断りする。君と婚約することは、受け入れられない」
(こ、婚約ですって!?)
いろいろ段階をすっ飛ばして、ローズ様は無謀ともいえる要求を殿下に突き付けていた。
小脇にいるヨセフ様がチッと舌打ちをした。紳士が舌打ちしたことに驚いたけど、でも、彼の意見には大いに賛成だ。だって二人はつい最近知り合ったばかりだし、侯爵令嬢と王子では身分差がある。格下から格上に――しかも女性から求婚するというのはマナー違反だったはずだ。
何度も断ってくれていることにホッとしながらも、ローズ様は動揺することなく食い下がる。
「殿下は照れ屋ですのね。いいですわよ。わたくし、そういう殿方も好みですの。ですが、あまり辛抱強い方ではありませんから、早くいいお返事は聞きたいですわね」
「僕の気持ちが変わることはないから、えっとその、もう訪問してくれなくていいけれど」
「そう言いますけれど、殿下も恋をすれば分かりますわ。人の気持ちなんて、季節のように自然と移ろっていくものです。時が来ればわたくしの魅力に気がついていただけると信じておりますわ」
「うぅ~ん。僕はその、君のことはほんとうに何も思っていないというか……」
優しい殿下は、恐らく彼の精一杯の言葉で拒絶の意を表明している。
けれどもそれでは、したたかなローズ様は倒せない。始終苦い顔をしているヨセフ様も、きっと同じ気持ちだろう。
わたしは心の底から殿下を応援していた。




