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「アン様。今なんとおっしゃいましたか?」
思わず聞き返すような情報がもたらされたのは、数日後のことだった。
清掃委員会の活動で焼却炉を掃除していると、どこからかアン様がやってきて、聞き捨てならないことを教えてくれた。
「で、ですから。ローズ様がアルフレッド殿下に急接近しておられますわ。妙な動きですから、一応ご報告をと」
「きゅ、急接近って。どういうことでしょう」
お二人は学年も違うし、接点はなかったはずだけれど――。
「詳細はわたくしも存じません。今まで付き合いのあった令息たちをお捨てになり、殿下に入れ込んでいるようだ、ということぐらいしか。放課後三年生の教室に行かれたり、王城まで訪ねて行ったりすることもあるようですわ」
「そっ、そうなの……?」
放課後すぐ帰るようになったから、そのあと校内で何が起こっているか知らない。
殿下に対して何か企んでいるのかしら? それとも本当に入れ込んでしまって、ご自分をアピールなさっているのかしら……。
ユージーン殿下が居なくなった今、アルフレッド殿下への注目度が上がっていることは紛れもない事実だ。殿下の名前しか知らなかった生徒たちも、殿下が参観日に全校生徒代表としてスピーチをした姿を見て、お顔を認知しただろう。
ローズ様が殿下の良さに気がついてしまったとしても、おかしくはない。
「では、わたくしはこれで」
校内でわたしと一緒にいるところを見られるのは、やはりまずいらしい。アン様は最低限の会話のみで踵を返す。
「あっ、アン様!」
呼び止めると、振り返る動きで二つのおさげがくるんと回った。
「教えていただきありがとうございました。……それと、カードも。助かりました」
「……なんのことでしょう」
アン様は薄く笑っただけで、明言はしなかった。
それはまだ、彼女の立場が依然として不安定であることを感じさせた。弱小貴族は没落と隣り合わせで、ちょっとしたヘマで一族の生活が破綻してしまう。――わたしの実家のように。
けれども彼女は、わたしに嫌がらせをした罪滅ぼしに、こうやって情報を届けてくれた。参観日に教科書を貸してくれたりと、本来すごく真面目で真っ直ぐなお方だということを、わたしははっきり理解していた。
「この件が解決したら。わたくしとお友達になっていただけませんか?」
思い切って尋ねると。アン様は驚きで目を見開いた。
そして、可愛らしいそばかすの顔をくしゃりと歪める。
「……そんな日が来ることを、わたくしも願っております」
少し震えた、細い声。
くるりとアン様は踵を返し、今度こそ帰っていったのだった。




