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図書室通いができなくなったので、もっぱら公爵邸で過ごす時間が増えた。
宿題や予習復習を終えた後は、コルネリア様とお菓子をつまみながら歓談するのが自然な流れになった。なんという贅沢な時間。これはこれでアリだわねとわたしは満足していた。
「そういえば、コルネリア様。バロンド侯爵様と我が公爵様はどうして仲が悪いのですか?」
ふと思いついた疑問を尋ねる。
コルネリア様は優雅にクッキーを一枚小さなお口で齧る。あのクッキーになりたいわと思っていると、危うくヨダレがこぼれ落ちそうになって慌てる。
「まあセリアーナったら。そんなにお腹が空いているの? たくさんあるから、好きなだけおあがりなさいな」
「す、すみません」
恥ずかしいところを見られてしまった。マナーの悪いわたしを怒るどころかクッキーを勧めてくれるなんて。やっぱりコルネリア様は心から清らかなお方だ。
「不仲になった原因はいくつかあるみたい。もともと、バロンド侯爵様とお父様は軍の同期だったのよ。そのときに色々あったみたいでね」
当時から社交界一の美しさだった奥様を巡る三角関係だとか、西方の国と戦争をしたときに敵将の首をとったのは俺だ、いや僕だ争いだとか。とにかく何かと意見がぶつかっていたらしい。最初はちょっとした喧嘩でおさまっていたものが、だんだんと険悪な雰囲気になり始めたという。
「亀裂が決定的になったのは、次期将軍にお父様が指名されたことだったみたいなの。後継争いに敗れたバロンド侯爵様は退役なさり、ご実家の侯爵家を継いで文官に転向なさったのだとか」
「というと、もう二十年近くそのような状態なのですね。お恥ずかしいことに、いままで貴族のお家同士の関係はあまり知らなくて」
「軍に近い貴族家の間では有名な話だけれどね。そうでない家からみたら、ただの勢力争いに映っているかもしれないわね。……あなたも王子妃になるのかもしれないのだから、少しずつその辺りの関係性も勉強していく必要があるわね」
「ひえっ! おっ、王子妃だなんて……!!」
恐ろしい言葉が飛び出したので肝が冷える。コルネリア様はきょとんとした表情だ。
「アルフレッド殿下とご結婚したら、当然そうなるでしょう。何を言っているのかしら、この子は」
「ううっ。まだ早いですよ、結婚なんて」
正式なお付き合いすらしていないのに。結婚だとか王子妃だとか、そこまで考えたことはなかった。いざ言葉にしてみると、なんだかずっしりくるものがある。
「殿下と会える時間が減って寂しいわね、セリアーナ?」
とにかくこういう話が大好きなコルネリア様はうきうきと弾んだ声で尋ねる。
「それはまあ、仕方がないです。お忙しいですから……」
通常の公務と学園の勉強。それだけでも多忙なのに、一連の事件の調査というものまで担当することになった殿下はものすごく忙しくなってしまった。授業が終わるとすぐお城に戻り、夜遅くまで仕事をしていると公爵様が教えてくださった。
三日に一回は公爵邸に様子を見に来てくださるけど、それも十五分ほどでお帰りになる。この間は思わず引き留めたい衝動に駆られたけれど、困らせてはいけないとぐっと我慢したのだった。
「書類の盗難事件から、もう二週間が経つのね。手掛かりが見つかればいいのだけれど……」
「ほんとうですね。参観日以来、わたくしへの嫌がらせも止まりましたし。静けさが不気味です」
ローズ様は狡猾だ。自分が疑われている可能性を、正しく自覚しているようにみえる。
最低限の手出しに留め、足がつかないようにしているのだ。
「まあとにかく。吉報を待ちましょう。わたくしたちが焦っても仕方がないわ」
「そうですね。殿下なら必ず証拠を掴むでしょう」
芳醇な香り立つ紅茶を口に含めば、少し心が落ち着くような気持ちがした。
早く諸々が落ち着いて、平和な学園生活が戻ればいい。
(こういうゆっくりとしたお茶の時間もいいなと思ったけれど……)
コルネリア様と殿下。三人で過ごす図書室でのかけがえのない時間には敵わないかもしれない。静かで落ち着く空間で各々が好きなことをして、時にはお喋りなんかして。窓の外がだんだん赤くなるころに誰からともなく席を立ち、みんなで下校する。――楽しかったなあ。
すぐ側の窓から見えるお城に目をやり、わたしはため息をついたのだった。




