透明人間は立ち上がる!
5月上旬ころに完結予定です。
週に一度のアルフレッド殿下とのお茶会の日。
いつものように学園内の殿下の個人部屋に向かっていると、正面から廊下を早歩きしてくる人物がいた。
(あら、あのお方は……)
蝶ネクタイのついた黒い背広を着た、わたしより一回りほど年上の男性。黒い髪を左右にぴちっと撫でつけた面長の顔には見覚えがあった。確か、アルフレッド殿下の侍従さんだ。
いつも殿下に似た穏やかな微笑みを浮かべている方なのに、今はなぜか気を揉んだような表情をしている。
彼は進行方向にわたしの姿を見つけて、「ああ、よかった!」と声を上げた。
「セリアーナ様! お待ちくださいませ。あなた様にご伝言が!」
「わたくしに?」
なにかしら。側近のこの方が直々に言伝にいらっしゃるということは、殿下からだと思われるけれど……。
男性はわたしの前まで来ると、息を整えていつものようにニッコリと笑った。
「申し遅れました。わたくしはアルフレッド殿下の主侍従を務めておりますヨセフと申します。どうぞお見知りおきを」
「セリアーナです。よろしくお願いいたします、ヨセフ様」
礼儀正しいヨセフ様は丁寧にお辞儀をしたのち、さっそく伝言を切り出した。
「本日の茶会は中止させていただきたいとのことです。殿下はたいへん気にしておられ、埋め合わせは必ずさせていただきたいと仰っておりました」
ヨセフさんもとても申し訳なさそうな顔をしていて、心から残念だと思ってくださっていることが伝わってくる。
「それはもちろん大丈夫です。けれど、珍しいですね。直前にご都合が悪くなるということは今までありませんでしたから」
「そうなのです。殿下はいつもセリアーナ様との茶会を最優先事項にしておられ、いかなる執務も勉学も先に終わらせるほど心待ちにしておられましたから。それに茶会に並べる菓子だってご自分で――」
照れるような内容を真顔でつらつらと述べていくヨセフ様。
(殿下はお茶会にすごく気合を入れてくださっていたのね。お菓子までご自分で調達に? ああもう、なんてこと。わたしったら、手土産の一つでも持ってきたことがなかったわ……!)
貴族らしい生活をしてこなかったからとか、コルネリア様のように気が回る性格じゃないからとか。そんなの言い訳に過ぎない。殿下の心遣いを嬉しく思うと同時に、わたしは自分のガサツさに気がついて大いに落胆した。
今度のお茶会には、殿下が好きそうな甘さ控えめのお菓子を作って持って行こうと心に決める。
「詳しくはわたくしの口からは申し上げられないのですが、城内で緊急事態が発生しておりまして。第一王子のユージーン様はおられませんし、第二王子のオスカー様は留学中です。したがって第三王子のアルフレッド殿下が駆り出されることになりまして。事情を汲んでいただけますとありがたく存じます」
「まあ、それは大変ですね。どうぞわたくしのことはご心配なさらず。殿下にも気にされないようお伝えくださいませ」
「承りました。では、わたくしも城に戻ります」
……そう伝えたものの。殿下はすごく気にしていそうな予感がしたので、わたしは鞄から小さなメッセージカードを取り出してさらさらと言葉を綴った。
カードを持ち歩く習慣なんてなかったけれど、コルネリア様から淑女マナーだと教わってからは、こっそりコルネリア様と同じお店で買ったものを鞄に忍ばせていた。こういう時に役に立つのねと、推しの言葉に間違いはないとほくそ笑む。
「ヨセフ様、お待ちください!」
足早に廊下を進んでいたヨセフ様を呼び止め、カードを渡していただけるようお願いする。
ヨセフ様はカードに目を落とし、内容を把握して破顔した。
「しかと承りました。殿下はたいそうお喜びになるでしょう。これからも、殿下を宜しくお願いいたしますね」
「こっ、こちらこそ……??」
ヨセフ様の言葉に、ちょっと大胆過ぎたかしらと今更恥ずかしくなってくる。
けれども、面と向かっては恥ずかしくて言えないから、こういう時ぐらいいいわよね。殿下はいつだってわたしのことを思いやってくれて、優しく親切にしてくれる。何も持たないわたしが今すぐ彼にできることは、自分の素直な気持ちを言葉にすることぐらいだ。
“アルフレッド殿下
わたくしのことはお気に入なさらず、お仕事に集中してくださいませ。
お会いできないのは寂しいですが、わたくしの殿下でしたら、どんな問題でもきっとすぐに解決なさるでしょう。
次のお茶会を心待ちにしております。
セリアーナ”
――でもやっぱり。
『わたくしの殿下』は言いすぎたわねと、ちょっぴり身悶えしたのだった。




