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話が一段落したところで、コルネリア様が帰ってきたようだった。
遠慮がちに応接室のドアがノックされ、眉を下げたコルネリア様が入室してくる。
「ごめんなさいね、お邪魔して。ここに二人がいると聞いたものだから」
「お帰りなさいませ、コルネリア様。とんでもありません。皆でお話ししましょう」
「あっ。そろそろ僕は帰った方がいいのかな。ふっ、二人も疲れているだろうし……」
殿下が気を回して腰を浮かせると、コルネリア様は制止した。
「いいえ。アルフレッド様にも聞いてほしいの」
コルネリア様はしっかりとドアを閉め、わたしの隣に腰を下ろす。
表情が暗いことが気になった。お話があるみたいだけれど、いったいなんだろう。
コルネリア様は神妙な面持ちで切り出した。
「……バロンド侯爵の件よ。実は今日、侯爵様が学園長室にいるのを見てしまったの」
「侯爵は法務府の長官だから、宰相を兼任している学園長と面会するのも不自然ではないと思うけれど」
なにがおかしいのだろう、とアルフレッド殿下が首をひねる。
「それが、侯爵様は一人だったの。学園長不在の部屋に、侯爵様がおひとり」
「学園長が不在なのに? そっ、それは確かに変だね。コルネリア嬢はなぜそれを?」
「委員会の報告書を提出しにお部屋を訪ねたの。ノックのお返事はなかったのだけれど、中に人の気配があったので、聞こえていないのかと思って入室したのよ。そういうことはこれまでにもありましたから。そしたら侯爵様がいらしたというわけ」
コルネリア様は口元に手を当てて、ささやくように言った。
「それで、どうも様子がおかしかったの。学園長は綺麗好きだから、いつも机の上は整頓されているのよ。けれどもその時は書類が散らばっていたわ。しかもすべて、隣国の言葉で書かれたものだった。学園に全く関係のない、個人的な内容よ。何か妙な感じがしたの」
「りっ、隣国関係の書類? 学園長が仕事の途中で席を外したか……、それか君が言いたいのは、侯爵がその書類を盗み見ていたということかな?」
殿下の穏やかでない指摘に、わたしの心臓はドキリと跳ねる。
コルネリア様は一つも表情を変えずに頷いた。
「わたくしの魔能は、ご存じの通り語学です。侯爵様はすぐにその書類を腕に抱えましたから、チラリとしか見えませんでしたけれど。あれは確実に隣国との親書でしたわ。宰相でもある学園長個人に宛てたもので、バロンド侯爵様の職務とは一切関係がない書類です」
「なぜ侯爵はその親書を見ていたのか、ということだよね。ふっ、不審だな……」
「侯爵様はわたくしを見て当たり障りないご挨拶をくださいました。彼の行動が気になりましたけど、理由を尋ねるわけにもいかず、そのまま書類を提出して帰ってきたのですわ」
頭の切れる二人の会話を呆気にとられて聞いていたのだけど、わたしはふとあることを思い出した。
わたしにも一つ、お二人に報告しなければいけないことがあったのだ。




