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「……あの。実は。殿下の魔能を目の当たりにしたのは、昨日が初めてじゃないんです」
「えっ……?」
虚を突かれたような表情をして殿下は顔を上げた。
「わたくしがパトロールを始めたばかりの頃のことです。放課後、殿下は一年生の男子生徒に囲まれていました。そのうちの一人に頬を叩かれ、その際にメガネが外れました。……わたくし、偶然一部始終を目撃していたのです」
「あっ、あのとき!? みっ、見られてたんだ……」
「相手の非礼を考えると、処刑が適切だったでしょう。けれども殿下はそうされなかった。頬をぶたれていたのに、ご自分は一切手を出しませんでした。……殿下の変わりように驚きましたけれど、同時に、殿下の変わらない部分にもわたくしは気付いたのです」
アルフレッド殿下の根底にあるもの。それは他者への思いやりであったり、優しさであったり。間違いを犯した者にもやり直す機会と慈悲を与えること。権力を振りかざすのではなく、相手の気持ちに寄り添うことができること。
それは魔能が発現していたって変わっていなかった。
「先日のことは、その。わたくしも不慣れゆえ、たじろいでしまいましたけれど。でも、……嫌ではありませんでした」
恥を忍んで告白すると、殿下の息を呑む音が聞こえた。
「どちらの殿下も、わたしにとっては変わりませんから。どうか気になさらないでください。距離を置くなど、寂しいことをおっしゃらないで」
「……せっ、セリアーナ嬢…………」
殿下は顔を赤く染め上げておろおろしていた。
どうしたらいいか分からないという風に、手を上げたり下げたりしている。
「うっ、嬉しい言葉だけれど。僕はその、君の優しさに甘えてしまってはいけない気がする」
「どうしてですか? この件は、わたくしが気にしていなければ何も問題はありませんよ。でしたら、もう一人の殿下にお尋ねしてみましょうか?」
彼のメガネを外そうと思って立ち上がると、殿下は意外なほど身軽な動きでわたしを避けた。
「だっ、だめだよ! 君は本気なの!? あああ、あっちの僕は危険だって今教えたばかりなのに」
「ええ、しっかり教わりました。けれど、こちらの殿下が分からず屋なら、あちらの殿下に頼る他なくなりますわ」
そう言うと、殿下はすごく渋い顔をしたのち、しっかりとメガネを手で押さえたまま呟いた。
「……じ、じゃあ。セリアーナ嬢の厚意をありがたく受け入れる。ほんとうに、ごめんね」
「ありがとうございます。ふふっ。これからもよろしくお願いいたします」
「――――僕こそ。さっきの言葉は、すっ、すごく嬉しかった」
どちらの自分も変わらない。同じだ。
殿下にとって、それはどんなに大粒のダイヤモンドでも敵わない、価値のある言葉だったという。
「僕はやっぱり、君のことが好きだよ」
そう言って破顔したアルフレッド殿下。
晴れやかで爽やかなその表情は、あちらの殿下かと見紛うほど、自信に満ち溢れていたのだった。




