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王族の魔能は国家最高機密とされ、公には秘匿される。
貴族と違って安易に行使するようなものではなく、神聖な力として崇められる対象だ。
「こっ、今回のことは、僕の魔能に原因があるんだ」
だから、そう切り出されたとき、わたしの全身には緊張が走った。
「僕の魔能はね――、『獅子の目』。えっとその、この目には特別な力が宿っている。聞いたこと、あるかな? この国は獅子王が建国したっていう話」
「はっ、はい。天からこの世界を治めるために舞い降りた獅子王が、清らかな海の女神と恋に落ちて建国されたと」
これは広く国民が知る建国神話で、ここケトゥルフ国の国旗も獅子をモチーフにしたものだ。
「その神話、本当らしいんだ。すっ、すごい話だよね。僕も魔能を測定する日まではおとぎ話のようなものだと思っていたから」
「殿下の『獅子の目』は、神話の獅子王様と関係があるということでしょうか?」
ごくりと息を呑む。殿下は首を縦に振った。
「そうなんだ。これまでに出現例のない魔能だから、僕自身も能力のすべてを把握しきれてはいないんだけど。勇猛果敢で大胆不敵だった獅子王のように、なんかこう、とにかく態度が大きくなってしまうんだ。りっ……理性が薄くなって、より本能に近い行動をとってしまうというか。リミッターが外れる分、すべての能力値が高くなるんだけど、逆に昨日みたいに抑えが利かなくなることもある。それは僕も、ああなって初めて知ったことだけど……」
恥じ入るように言葉尻は小さくすぼまっていく。
理性が薄くなり、本能に近い行動……。その結果があの日の殿下だと思うと、ものすごく恥ずかしい気持ちになってくる。それは殿下も同じだったみたいで、ちょっとした沈黙が部屋に流れた。
「……そっ、それで! 僕は嫌だったんだ。確かに国王になるなら好ましい魔能かもしれないけど、僕には二人の兄がいるから、僕自身が王になる可能性は限りなく低い。それなのにあんな魔能を表に出していたら、いずれ血を見ることになるだろうと思ったんだ。幸い、この特別なメガネをかけていれば魔能は制御できる。どっ、どうやら目が露わになると魔能が発動するみたいだから、遮光や隠遁の魔術加工がされているんだ」
「では、魔能が芽生えてからはずっとメガネを?」
「あっ、ああ。父上と母上も納得してくれたよ。兄弟同士が争うのは見たくないとおっしゃってね」
牛乳瓶の底みたいに分厚くて曇ったメガネには、そういう秘密があったのね。たくさん高度な加工がされているから、デザインにはこだわっていられなかったのだろう。
「あちらの殿下と今の殿下は、お身体の中で共存しているのですか?」
伝わったかしら? と思うような漠然とした言い方になってしまったけれど、殿下はわたしの疑問の意図をくみ取ってくれた。
「う、うん。ほんのわずかだけれど、気配を感じることはできる。切り替わるときは、睡眠薬でも飲まされたかのように、急に意識が飛ぶ感じになって、押し込められてしまう。メガネをかけるとまた意識が浮上する、って言えばいいのかな……」
「そう、なのですね」
明かされた殿下の秘密。
壮大な物語を聞いたような気がして、わたしは呆気にとられていた。
この国を建国したという、伝説上の獅子王の能力を引き継ぐ魔能。透明になれるというわたしの魔能より、よっぽど貴重で高貴な能力だ。
けれども、殿下が豹変する姿を二度も目にしているから、今の話はすとんと胸に落ちた。
「だっ、だから。この間は怖がらせてごめんね。あれ、僕じゃないように見えて、やっぱり僕なんだよ。獅子王だとかと言っても、僕の人格が基本になってるから。僕の浅ましさが強く出ただけなんだ……」
縮こまっていた殿下はいっそう小さくなり、今にも泣きそうなくらい顔をくしゃりと歪めて俯いた。
「この魔能は墓場まで持って行くつもりだった。……とっ、特に君に知られたら、自分が何をしてしまうか分からなかったから。僕はもう、セリアーナ嬢の隣にいたいと思う資格はない。ごめん、ほんとうに」
真っ青な顔で呟く殿下。
その顔には覚悟が滲み出ていて、わたしの胸はぎゅっと締め付けられた。
――殿下は謝罪だけでなく、わたしと距離を置くためにここに来たのだわ。




