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無事に授業参観を終え、わたしは浮足立った気持ちで家路についていた。
先生に応用問題を当てられたのだけれど、ばっちり解くことができた。公爵様もニコニコしてくれていたし、少しは良い所をお見せできたかしら。
そして一大イベントを終えた今、優先順位の第一位にいるのはアルフレッド殿下だ。
(明日、殿下に謝罪しに行きましょう。教科書をダメにしてしまったこと)
今日は何かとバタバタしているし、殿下も朝一番に生徒代表でスピーチをしていたからお疲れだろう。
縮こまった様子でスピーチを読み上げる殿下は可愛らしかったけど、つい昨日目の当たりにした獣のような姿を思い出すと顔が赤くなってしまって、思わず俯いてしまった。
ところが、夕暮れ時の公爵邸の門前に人影を見つける。
その人物はわたしに気がつくと顔を上げ、おどおどした様子でぺこりと頭を下げた。高貴な方らしくない低姿勢。――アルフレッド殿下だ。
「殿下! どうされたのですか、こんなところで」
「そっ、その……。セリアーナ嬢に謝りたくて。昨日のこと……」
「……! えっと。まずはどうぞ、中にお入りください。ずっとここでお待ちになっていたのですか? 帰りが遅くなってすみません」
王子なのだから、堂々と中に入って応接室で温かいお茶を飲んで待っているのが当然なのに。
自らを戒めるように、殿下はずっと立ってわたしの帰りを待っていたみたいだった。殿下の銀色の髪の上に、ぺしょりと垂れた犬の耳が見えたような気がした。
応接室に入ってもらうと、殿下は椅子に座ることなくすぐに頭を下げた。
「ほっ、ほんっっとうに、ごめんなさい。こっ、怖かったでしょう。あんな獣みたいなことして……。嫌われたって仕方がないと、自分でも思ってる。許してもらえるとも思っていないけど、まずはやっぱり謝りたくて……」
ぷるぷると小刻みに震える身体。殿下自分がしでかしたことについて、深く落ち込んでいるようだった。
「殿下、顔を上げて下さい。あの日もお伝えしましたけど、わたくしは大丈夫です。そもそも、わたくしが殿下を押したことが原因でしたし……」
そこまで言って、はてどうして自分は殿下を突き飛ばしたのだっけと記憶をたぐり寄せる。
自分が殿下の頬に触れたことを思い出し、ボフンッと顔が赤くなった。今考えたって、どうしてあんなに大胆なことができたのかまるで分らない。
色んな意味で殿下は被害者じゃないの、と思えてくる。謝るべきはわたしの方だ。
「わっ、わたくしこそ、かっ、勝手にお顔に触れて申し訳ありませんでした。たいへん不敬なことを……」
「いやっ、それはその。全然、好きなだけ触ってくれて構わないんだけど……」
「えっ?」
「あっ! いや。その。僕も気にしてないから、大丈夫だよ」
ぎくしゃくした会話の応酬が続く。
そして殿下は、怖々とわたしに尋ねた。
「せ、セリアーナ嬢は理由を聞かないの? ぼっ、僕の性格が豹変すること、気付いたでしょう。あっいや、僕に興味なんて無いか……ははっ」
恥じ入ったように頭を掻くアルフレッド殿下。
まさか殿下からその話題を出してくれるとは思わなかったから、急に気が引き締まる。
「気になりましたが、なにかご事情があるのだろうと思って、質問は控えておりました」
「あっ、ありがとう……。やっぱり優しいね、君は」
殿下はどこか寂しそうに笑い、「こうなってしまったからには、伝えるのが筋だと思うから」と言って、彼の秘密を教えてくれた。




