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ミニハープがないことに気がついたのは、音楽室へ移動教室をしようとしたときのことだった。
一人一つ与えられるロッカーに入れていたはずなのに、見当たらない。
「おかしいな。確かに今朝、しまったのに」
今日のテストに備えて、昨日持ち帰って練習をした。そして今朝、確実にまたロッカーにしまっておいたはずのに。
ロッカーの中央にはぽっかりと空間ができていて、ミニハープは忽然と姿を消している。
そこそこ大きなものだから一目でないと分かったけど、居てもたってもいられなくてロッカーの中身を廊下に全て出していく。だってあれはコルネリア様からのお下がりだ。わたしにとっては命よりも大切なものなのよっ!!
「セリアーナ様。どうかなさったのですか?」
心配して声を掛けてくれたのはヒョードル子爵令嬢のアリス様だった。
学級委員を務めていて、成績もよく面倒見もいい。去年アリス様と同じクラスだったなら、クラス全員から無視されていたわたしにも声を掛けてくれたんだろうなと思うほど、分け隔てなくお優しい方だ。
今だって、トラブルの気配を感じたのか、ジャレット公爵家の肩書きを目当てにしているような子たちは遠巻きに見ているだけで、誰一人として声を掛けてこない。
去年に比べたら賑やかな学園生活を送れているけれど、わたしの立場は薄い氷の上に立っているような脆いもので、決して盤石ではないことを思い知らされる。
でも、それは仕方のないことだと理解しているつもりだ。学園は貴族社会の縮図。厄介ごとを避け、うまく立ち回っていくことが求められるのだから。
「アリス様。実は、わたくしのミニハープが見当たらないのです。確かに今朝、ここにしまったんですが……」
「まあ、本当ですね。どなたかが間違えたのでしょうか」
一緒に周辺や教室内を探してくれたけれど、やっぱり見当たらない。クラウンの部分にわたしとコルネリア様の記名があるから、間違うっていうのはそもそもあり得ないような気もするけれど……。
大事な大事な神具がなくなってしまった。血の気はすっかり引いていて、背中には冷汗が滲んでいる。ファンとしてあるまじきことになってしまったのに、無情にもチャイムが鳴り響いた。
結局捜索を中断して授業へ向かい、テストは備品のミニハープを借りて事なきを得た。
テストはどうにかなっても、心中は穏やかでない。
(わたしの思い違いで、実はお屋敷に忘れたのかしら?)
そんな一縷の希望を抱いて図書館にも寄らずに帰宅したけれど、やっぱり公爵邸にもなかった。
部屋をひっくり返して探したけれど、本当にどこにもなかった。
夜、帰ってきたコルネリア様に半泣きで報告すると、女神は「あらあら。仕方のない子ね」と優しく微笑んだ。
「ちょうどいい機会だから、新しいものを買いましょう。そもそもわたくしのお古だったんだもの。新品の方が良い音が出るのだから、落ち込まないで」
「ううっ……。わたくしは、コルネリア様のものだったというところに価値を見出しているのです。新品もいいですが、やはり無念の気持ちが拭えません……」
「変な子ね。ほら、もう泣かないの」
「なくしてしまって、ごめんなさい」
「いいのよ。あなたは物欲が無さ過ぎるから、なにか買ってあげられることが嬉しいわ」
コルネリア様はそっとわたしを抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。女神の御力によって、台風のように暴風が吹き荒れていた心がすうっと凪いでいく。
それは至高の体験に違いなかったけれど、やっぱりわたしはミニハープの行方が気になって仕方がなかったのだった。