訳ありの王子様
「せっ、セリアーナ嬢。このあと予定は空いているかい? その、もしよかったら、お茶でもどうかな?」
「まあ、嬉しいです。ぜひご一緒させてください」
メガネ君ことアルフレッド殿下とは、こうして週に一日程度、お茶をご一緒する関係になった。
王族である殿下は学園に専用の個人部屋を持っている。色とりどりのお菓子や珍しいお茶でもてなしてくれながら、本の話や他愛もない話などして過ごすことが日常の一つになっだ。
殿下は甘いものが苦手だとコルネリア様がおっしゃっていた。だから、このマカロンはわざわざわたしのために用意してくれたんだろう。こそばゆい気持ちになりながらも、さっそく一つ手に取って頬張った。
「美味しいです、殿下。いつも食べきれないぐらいのお菓子を並べてくださって……。準備で負担をおかけしていないか心配です」
季節は春を迎え、わたしは二年生に、殿下とコルネリア様は三年生に進級した。卒業後隣国への大使赴任が決まっている殿下だけれど、第一王子のユージーン様が廃嫡されたことで、王族としての仕事量も増えているはず。わたしとコルネリア様はいつも十七時頃に図書室を後にするけれど、殿下は引き続き黙々と机に向かっている。
本当は、わたしなんかとお茶している時間はないんじゃないかしら。
「いやっ、全然、そんなことはないよ。む、むしろ、セリアーナ嬢との時間があるから頑張れるというか。図書室だって、最近は君がいるから行っているようなものだし……」
殿下は顔を真っ赤にしながら言った。
照れ屋で真面目なところは相変わらずだけど、一つ変わったのは、好意をそのまま言葉にするようになったところだ。
「まっ、まあ。殿下はお上手ですね」
言われ慣れていないので、こちらにまで殿下の熱がうつってしまう。
恥ずかしいやら、嬉しいやら。『友達としてのお付き合い』という状態のはずだけれど、そう思っているのはどうやらわたしだけのような気がする。日に日にわたしたちを眺めるコルネリア様の微笑みは深くなり、「アルフレッド様って、意外とグイグイいく方なのね」とか、「セリアーナ。殿下はきっと素敵な旦那様になりますわよ。やっぱり殿方は一途が一番ですもの」などと外堀を埋めにかかっている。
ほんの数か月前まで実の母と妹に虐げられていたわたしには、推しと王子様に囲まれたこの現実がなかなか受け入れきれない。
それに加えて、新しいクラスでは一気に自分のカーストが上がっていて面食らった。王国で一番の大貴族・ジャレット公爵家の養子になったため、繋がりを作りたい貴族令嬢令息たちが話し掛けてくれるようになったからだ。
空気のような存在感で過ごした一年生の時とは違って、クラスメイトに囲まれててんやわんやしている日々だ。
この幸せも、いつかシャボン玉のようにはじけて消えてしまうんじゃないかしら。
小さな恐怖を心の隅に抱えながらも、満ち足りた日々を送っていたのだけれど――。
事件というものは、いつだって突然訪れるのだ。