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「えっ? このお名前……」


 第三王子殿下と、同じ名前??

 偶然……ではないだろう。レオニディス姓は高位王族にのみ与えられるものだから。

 万年筆に手を伸ばしたまま固まっていると、コルネリア様は上品に笑い声を上げた。


「うふふ。セリアーナったら、知らなかったのね? 糊の中和剤を一緒に作ったと聞いたから、てっきり把握していると思っていたわ」


 面白そうに笑うコルネリア様と、恥ずかしそうに目を泳がせるメガネ君、もといアルフレッド殿下。


(いやいやいや! アルフレッド殿下と知っていたら中和剤の調合なんて絶対にお願いできないです!)


 お名前は知っていても、学年は違うしどういう見た目かなんてもっと分からない。お母様とミアによって社交界と無縁な生活をしてきた弊害が、こんなところで露わになるとは。

 無礼を働いてしまったことに憔悴していると、殿下は震え声で切り出した。


「ぼっ、僕もずっと気になってたんです。あなたの名前」


 もちろん女神コルネリア様に対する発言かと思ったのに、なぜだか殿下と目が合った。


「えっ? わたくしに言っておられます???」

「鈍感ね、セリアーナったら。アルフレッド様とわたくしは同じクラスですし、なんなら従妹ですもの。お父様は陛下の弟ですからね。幼いころからの付き合いよ」


 赤面して頷くアルフレッド殿下に、今までで一番面白そうににこにこと微笑むコルネリア様。


(どっ、どういうこと? どこかに隠しカメラでもあるんじゃないかしら??)


 当たりを見回していると、アルフレッド殿下はもじもじしながら話し始めた。


「いっ、いつも一所懸命勉強していて、気がついたら目で追ってました。それに、コルネリア嬢のために勇気ある行動をしているところも、すごいなって。かっ、勝手に僕と似たような性格なのかなって思っていたから、行動力と義理厚いところにどんどん惹かれていって……」

「もしかしたらあなたは気がついていないかもしれないけれど、伯爵家の門の前であなたが倒れていたとき、わたくしとほとんど同時に殿下が駆け付けていたのですわ。ユージーン殿下の件で、家の中で立場が悪くなっているのではないかと心配になったと」

「えっ……。あれは、夢ではなかったのですね!」


 痛みと寒さで薄れゆく意識のなか、最後に見たもの。それは大好きなコルネリア様とメガネ君の顔だった。

 今思えばどうして彼がいたのだろうと違和感を感じるはずなのに。それだけあのときは心身が麻痺していたのだろう。


「殿下は城で手当して保護するとおっしゃったんですが、ボロボロの貴族女性を連れ帰るのは色々とまずいでしょう? 誤解から妙な噂が立ったらあなたも悲しむと思ったから、渋る殿下を説得してわたくしが連れて帰りましたのよ」

「そうだったんですか……」


 急に恥ずかしくなってくる。

 見た目も地味だし、実家は今や没落している。コルネリア様への情熱以外何にも持っていない自分が、アルフレッド殿下によくしていただけるなんて。

 興が乗っているコルネリア様はいつもより饒舌だ。何が面白いのか分からないけど、推しを楽しませられているのであれば、恥をかいている甲斐はある。


「毎日図書室の隅から送られる熱視線を無視するのは、なかなかタフな作業でしたわよ。それにセリアーナ。あなたはずいぶん美しくなりましたわ。悪役令嬢業を始めてから以前より自信がついたように見えますし、表情も生き生きしていますもの。同性のわたくしですらそう思うのですから、もともと好意を抱いていた異性が見たら、どう思うでしょうね?」


 コルネリア様がわざとらしくアルフレッド殿下をチラ見すると、彼は耳まで真っ赤になった。


(ううっ。恥ずかしすぎるわ!)


 さすがに供給過多だ。顔が熱い。逃げ出したい気持ちでいっぱいになったため、無言ですうっと透明になった。


「あっ!? えっ。あっ、やっぱり、嫌ですよね僕なんて!」


 殿下の悲壮な声が響く。


「いっ、嫌じゃないんです、お会いしたかったのはほんとうなんですが、心の準備が……」

「でっ、でも。中和剤を一緒に作ったときは、普通にお話ししてくれたじゃないですか」

「あれは、まさか憧れの人だなんて思わなかったから……っ!」

「あらまあ、セリアーナったら。うふふ」


 おっとりとしたコルネリア様の言葉に、もしかして自分はとても恥ずかしいことを言ってしまったんじゃと顔に汗が吹き出す。

 案の定、アルフレッド殿下も赤面して硬直している。ただでさえ温かい図書室の温度が真夏のように感じた。


「あ、あはは。暑いですね、この部屋」


 眼鏡を外しておでこの汗を押さえる殿下。

 牛乳瓶の底みたいなガラスのうしろからでてきた、溶けた蜂蜜のように甘い瞳に釘付けになる。

 あの日と同じように高鳴る心臓。推しを見るときのドキドキとは違う種類の鼓動に戸惑いを隠せない。


 ハンカチを丁寧にポケットにしまった殿下は、寂しそうに笑った。


「へ、変なことを言って困らせましたね。……僕は父上の命令で隣国の大使になることが決まってるし、ま、万が一、億が一、親しくなれても異国に越してしまうことを考えたら、セリアーナ嬢に申し訳ないことをしてしまう。だから、これでよかったんだ」


 それは自分に言い聞かせるような言葉だったけれど、ちょっと待って。聞き捨てならない単語があった。


「お待ちください。今、なんとおっしゃいましたか?」


 真顔ですっと透明を解除する。いきなり姿を現したため二人は目を丸くした。


「えと、隣国の大使になるって話かな?」

「アルフレッド殿下。わたくしで宜しければ、ぜひお友達から始めさせてくださいませ」

「えっ? いいのかい!?」


 喜ぶ殿下に、にやつくコルネリア様。


「あらあらセリアーナったら、どういう心境の変化かしら? でも、喜ばしいことね。わたくし応援いたしますわ」


 心境の変化? とんでもない。理由はただ一つ。推しのコルネリア様に着いて行くためだ。女神のようなこのお方が立派な殿方を見つけて幸せになる姿を見るまでは、本当の意味で安心できない。


 ――えっ? それは建前で、ほんとうはアルフレッド殿下に恋してしまった照れ隠しなんじゃないかって

 ――否定はしないわ。確かにそういう気持ちはありますから。なぜなら彼と中和剤を作ったとき本当に楽しかったですし、博識な彼の魅力に惹かれました。このまま中和剤が完成しなければいいと思ったくらいだったもの。


 彼が王子でなくとも、好意を打ち明けられなくとも。好きになるのは時間の問題だったと思うから。


 したたかと言われても結構ですわ。

 だって、わたくしは悪役令嬢ですからね。



第一部(完)

次話から第二部が始まります。アルフレッドにいよいよ異変が……!

よろしかったらページ下部の☆☆☆☆☆で応援いただけると大変助かります。

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― 新着の感想 ―
[一言] さてさて、第二部が楽しみですぞ( ´∀` )
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